100万打記念企画SSS
※トリップ系一般人(変態認定)とわたあめ大好きチョッパー
「……触らせてくれないか」
「ん?」
小さな島で唐突に寄越された言葉に、チョッパーはぴたりと足を止めた。
きょろりと周囲を見回してから、その手で自分を示しながら、声の主へその顔を向ける。
「おれに言ったのか?」
不思議そうに首まで傾げたチョッパーの目に映っているのは、すぐそばに立っている大人だった。
多分この島の住人なのだろう、春島の春らしい柔らかな色合いの恰好をしていて、取り繕っているのか地顔なのかも分からないが、その顔はとても穏やかだ。
「君に言ったんだよ」
穏やかな声で返事をしつつ、男がそっとチョッパーの傍に屈みこむ。
あまり体が大きくないらしい彼は、屈むとチョッパーとそんなに目線が変わらなかった。
正面から見つめてくるその顔を見やってから、チョッパーがもう一度首を傾げる。
「おれに触りたいのか?」
不思議そうに続けつつ、チョッパーは自分の体を軽く見下ろした。
ヒトヒトの実を食べてからと言うもの、チョッパーが平時過ごしているその姿は、一般的なトナカイとは全く異なるものだった。
目撃した人間に『狸』と言われたこともある。チョッパーはあんなに太い尻尾を持っていないし、立派な角も蹄も生えていると言うのに失礼な話である。
きちんと二足で佇んでいる自分の足先までを見つめていたチョッパーの鼻を、ふわりと甘いにおいがくすぐる。
ひくりと鼻を鳴らしてチョッパーが顔を上げると、いつの間にやら屈んでいた男とチョッパーの間に、柔らかな桜色をした雲のようなふわふわとした菓子が出現した。チョッパーが今まで食べたものの中で一番好きな、『わたあめ』である。
「これをあげるから」
『わたあめ』の棒を掴んで差し出しながら、男がそう言葉を紡ぐ。
どうやら『わたあめ』を代償に触らせてくれと言われていると気付いて、チョッパーは少しばかり怪訝そうな顔をした。それもそのはずだ。人間トナカイを触りたいだなんて意味が分からないし、何より男とチョッパーは初対面である。
「…………お前、誰だ?」
思わず後ろへ足を引きつつ尋ねたチョッパーへ、ナマエだよと男は答えた。
相変わらずその顔は穏やかだが、チョッパーが足を引いたことに少しだけ寂しそうな色をその目に宿している。
もしも目の前の男が犬人間だったなら、切なげにきゅうんと鼻を鳴らしていそうだった。
その様子に逃げようともう一歩引きかけた足を止めて、チョッパーが困ったような顔をする。
「なんでおれに触りたいだなんて言うんだ?」
そうして放ったチョッパーの言葉に、ナマエと名乗った男が返したのは意外な言葉だった。
「生きる目標だったんだ」
「…………ん?」
「こんな訳も分からない場所で生きて行かなくちゃならないなら、一つくらい願いを叶えたかった。神様だって俺の味方をしてくれてるんだと思う。ちょっとでいいんだ、おでことか、頭とか。おなかとは言わないから」
ぐっと拳まで握り、言葉を述べるナマエは真剣そのものだ。
その様子にぱちりと瞬きをしたチョッパーは、それから少しだけ考えて、なるほど、と一つだけ結論を出した。
「この春島、春だもんな」
木の芽時とはよく言ったものである。
残念ながら、チョッパーの手元にはそれに効く薬も無い。
今度作ってみようと心に決めて、そっと帽子を外した心優しい船医の手が、目の前の男へと差し出される。
「それ食べてる間だけだったらいいぞ」
「! ありがとう!」
優しげなチョッパーの言葉にこの上なく嬉しそうな顔をした男は、それからチョッパーが『わたあめ』を美味しく頂いている間、くすぐったいくらい優しげにチョッパーの頭を撫でていた。
「……この、馬鹿! 攫われちゃったらどうするつもりだったの!」
『寄り道』の報告を受けた航海士に激しくしかられ、半泣きになった船医が考古学者に優しく慰められながら諭されるのは、それから船に戻った後のことである。
end
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