汝、一切の希望を捨てよ (1/2)
※主人公はヴィンスモーク家の人間で四つ子の弟設定
※有知識転生トリップでヴィンスモーク家ゆえに改造済
※出生に設定あり
※幼少サンジ率の高さとちょっとイチジ率高め
※ほぼ出てこないんだけど前提として外見設定あり(ぐる眉・片目隠れ属性・白髪)
俺には、兄が四人いる。
いや、正確には『兄だ』と紹介された相手が四人いる、というだけのことだ。
その上にはさらに姉がいて、俺達を束ねる国王は『父親』である。
設定としては、という注釈をなんとなくその頭につけてしまいたくなるのは、俺が本来なら死んだはずの人間で、そしてただ生まれ変わっただけであるはずの新たなこの人生が、ファンタジーに満ちたハードモードだからだ。
「ナマエ」
「……兄上」
名前を呼ばれて顔を向けると、わずかに揺れた俺自身の白髪の向こう側に、書庫の入り口からこちらを見やる兄の内の一人がいた。
血統因子をいじられたはずが、国王と王妃の髪色を失わないままの相手へ近寄って、招き入れられるままに書庫へと入る。
すぐに扉を閉じてしまったのは、隙間から中をのぞかれては困るからだ。
書庫の中の一角には、いくつもの本が積まれていた。どうやら、今日の『兄上の秘密基地』はここになったようだ。
またひどいことをされたのか、少しばかり足を庇って歩いた相手が書庫の端へと座り込んで、いざなわれた俺もそちらへと足を向けた。
新しい本を見つけたんだと言葉にして、兄上の目が俺を見やる。
どことなく期待に輝いた、子供らしい、そしてそれゆえにふさわしくない眼差しを受け止めて、俺もすぐそばに座り込んだ。
確かにその言葉の通り、兄上の手には一冊の本が握られていた。
薄くて少し古びているが、大事にされていたのだろうと分かるものだ。
表紙からして子供向けの絵本だろうと判断して、体を相手へ近づける。
「なんの本?」
内緒の話をするように声を潜めて尋ねると、俺と同じく声を潜めた兄上が、微笑みを浮かべて返事をした。
「うそつきノーランドって言うんだ。よんであげようか?」
「うん」
読んでやりたくてたまらないと言いたげなその顔に、望まれた返事をする。兄上はいつもそうやって、俺に本を読み聞かせたがるのだ。
そうか、とわずかに声を弾ませて、兄上の手が絵本を開いた。
俺と同じく幼い手足には生傷が絶えず、本をめくる手にもいくつか手当てがされている。
まめを作ってつぶしたんだろう掌までしっかりと包帯に覆われていて、ずいぶんと痛々しい。
俺の『兄』だという目の前の相手が、いったいどういう目に遭っているのかを俺は知っていた。
助けに入ったことがないのは、そうすれば矛先が自分の方へ向くだろうと考えた、汚らしい打算的な思考によるものだ。
いくら頑強でも、完成された『兄』達の暴力にさらされれば間違いなく俺は怪我を負うだろう。
動けなくなるかもしれない。
そうなってしまえば訓練を受けることだってできないと、考えたら足がすくんで駄目だった。
『ずっと病気でいなかったお前は知らないかもしれないけどな、ナマエ。サンジは落ちこぼれなんだ』
腕を組み、はっきりとそう言った兄の内の一人は、兄弟の中でも特別『父親』に目を掛けられている子供だ。
殴られてぼろぼろになった『サンジ』と言う名の兄はすでに意識を失っていて、興味を失った他の兄二人が離れると、待機していた兵だか研究者だかが連れていく。
不快そうにそれを鼻で笑い、赤い髪を揺らしてこちらを向いた兄が、俺へ向けて言葉を放つ。
『だから、すぐにお前に追いつかれた』
寄越されたその言葉は、まるで『俺のせい』だとでも言いたげなものだった。
いやしかし、事実そうだったんだろう。
『弟』として彼らのそばへ連れてこられて、俺は兄達と同じような訓練を受け始めていた。
改造を施されたという肉体は、メンテナンスさえ怠らなければずいぶんと頑強で、強くならなければならないと言う指令を課せられた俺にしてみれば好都合なほどに、鍛錬を繰り返せば繰り返しただけ強さを手に入れた。
そうしてそのうち、他曰く落ちこぼれているというただ一人に追いついてしまったのだ。
けれどもそんなもの、どうしたらよかったというんだろう。
いつ体がおかしくなるかも分からない俺は、もしも強くなれなければ、失敗作の『俺』達と同じように廃棄される。
『父上』であるらしい国王に明言されているし、研究者達も同じようなことを言っていた。
廃棄されるのだとすれば、当然『俺』は死ぬだろう。
そして、俺はもちろん、死にたくない。
「海って、どんなふうなんだろうなァ」
いつの間にか絵本を読み終えたらしい兄上が、気に入りの挿絵のあるページを広げて言葉を紡いだ。
そこにはうそつきと呼ばれて死んだ男が海の上を行くシーンで、ひどい結末につながるとは思えないほど平和な絵だ。
「壁を登れば、海は見えるよ?」
大海原にあこがれているのかと考えて、俺はそんな風に言葉を紡いだ。
この国は、海の上を行く『国土』を持っている。
高い塔に上ってもいいし、もちろん国を囲む壁を登れば海なんて簡単に一望出来た。
逃れられるのではないかと考えて壁を登って、前から一周すべてが海だった事実に絶望した俺が言うんだから、まず間違いない。
俺の言葉に、そうじゃないんだよと少しだけ眉を寄せた兄上が、その唇を尖らせる。
「見るだけじゃあつまんないだろ。海に入ったり、砂浜で遊んだり、魚を捕まえたりするんだ」
それに壁に登っちゃあいけないんだぞと言葉が続いて、確かに禁止事項だった、と一つ頷いた。
見つかってすぐに連れ戻されて、『海が近くで見てみたかった』と子供のふりをして難を逃れたのは、ほんのつい数か月前のことだ。
誰も俺が『生まれ直した』ことを知らないから、大体はそうやれば通ると学んだ。
早く外に出てみたいなと続いた言葉は子供っぽくて、けれども明らかな憧れがそこににじんでいるように思える。
すぐそばにいる相手が『誰』なのかを考えればそれは当然のことで、だから、俺はそっと囁いた。
「兄上は海が好きなんだね」
いつか海賊になる俺の『兄上』にそう言うと、うん、と答えた兄上がにこりと笑った。
『サンジ』という名の彼はやっぱり、ヴィンスモーク家の人間とは思えないくらい優しく笑うのだ。
※
この世界で目覚めた一番最初は、『生きていてよかった』と思った。
目の前に迫った車のライトも体の強い痛みも息が吸えない苦しみも覚えているし、だからこそ絶対に死んだと思っただけに、体はほとんど動かないが物が見えて息が出来るんだから、『よかった』と、素直にそう思った。
けれども、ここが随分と恐ろしい場所だということを知るのに、そんなに時間はかからなかった。
俺が死ぬ前の人生で読んでいた『漫画』の世界に、ここはそっくりだ。
ましてやメインの登場人物の生家で、漫画でしか目にしていないはずの登場人物達すら目の前に存在しているというのだから、最初はただ単に夢を見ているんだなと考えたほどだった。
けれども、繰り返される訓練と検査と改造で、その考えはすぐに捨てた。
輪廻転生だとかそんなもの信じていなかったが、どれだけ前世で業を重ねれば、何人も作られていた改造人間の内の一人、なんてものに生まれ変わるのだろうか。
国王と今は亡き王妃の遺伝子を使って作り出された同じ世代はみな死にゆき、たまたま生き残った俺だけが成長を早められて半年で育った。
無理をさせた体は、毎日きちんとメンテナンスを受けないとまともに生きてもいけない。
ちゃんと人の胎から生まれた数人の前で『お前たちの弟だ』と紹介されたときは困惑したが、今にして思えば、『下』がいれば落ちこぼれた誰かが発奮するだろうと、そんな打算的な考えもあったんだろうと分かっている。
けれどもその考えすらむなしく、世界は俺の知っている通りに進んでいった。
「有望な息子を……失ってしまった」
白々しく演説するヴィンスモーク・ジャッジの後ろには、大きく引き伸ばされた兄上の写真があった。
将来が望めないとなれば、そうやって死んだ者として扱う。
酷い話だが、他の兵士や姉や兄達と違って、俺は『サンジ』という名の彼が生きていることを知っていた。
いずれどうなるのかも、はっきりと分かっていた。
だからこそ発表がされたその日のうちに、真夜中にこっそりと部屋を出る。
懐に忍ばせたのは最近手に入れた宝の一つで、音をさせないようにそっと胸元を抑えながら、くまなく地下への入り口を探した。
いくつかの牢や小部屋を見かけて探し回って、最後に見つけたのは、地下へと続く細くて長い階段だった。
見張りは見当たらない。今はまだつけていないのかもしれない。
一つ深呼吸をしてから、そのまま地下へと歩き出す。
気を付けたが足音が響いて、それが聞こえたらしい地下の方から、わずかに声がした。
「お父さん……?」
ぐすん、と鼻をすする音がする。声がかすれたのは、ずっと泣き叫んでいたからだろう。
同じように泣きたい気持ちになるべきだろうに、俺の目からは涙も出なかった。
「兄上」
正体を明かすために声をかけて近寄ると、檻の向こう側で身じろいだ相手が、『ナマエ』、と俺の名を口にする。
慌てたようにその手が鉄仮面の間から自分の目元をこすって、強くこすりすぎたのか痛いと小さく悲鳴が上がった。
「な、なんで、こんなところにいるんだ?」
「兄上がいなかったから、探して」
「おれは、だっておれは」
近寄りつつ問いに返事を返せば、小さな両手で鉄格子を握りしめた相手が、お父さんが、と声を歪ませる。
何かをこらえるようにその手が強く格子を握りしめて、痛々しいそれに、そっと俺は手を添えた。
子供になってしまった俺の掌とほとんど同じ大きさの兄上の手は、ずっと地下にいたからか、ずいぶんと冷えている。
温めたくて重ねたが、俺の掌だってそんなに温かいものじゃなかった。
しばらく押し黙り、それからぎゅっと目を閉じて、そして開いた兄上が、わずかに手を動かして俺の手を格子ごと握る。
「訓練なんだ、これも」
はっきりとそんな風に言葉を寄越されて、俺は目を瞬かせた。
戸惑う俺を見上げて、だから大丈夫だぞ、と兄上が言う。
「何にも、怖くなんてないんだからな」
まるで自分をごまかすようなその言葉は、しかしまるで別の意味を含んでいるように聞こえた。
俺の手を握る掌はしっかりと力を込めていて、けれども縋るようなそれでもない。
目元を緩ませている兄上は、顔を覆う仮面がなければきっと、いつものように優しく微笑んでいるんだろう。
「ナマエは怖がりだからな。こんなところまで来るなんて、がんばったな」
優しい声がそんな風に言葉を紡いで、わけが分からず目を瞬かせる。
俺を見上げる相手はまるで何でもわかっているかのような目をしているが、その言葉には果たして納得していいのかどうか疑問だった。
何を怖がるというのだろう。
地下の暗さも、冷たさも、ヴィンスモーク・ジャッジに見捨てられたという事実も、怖がるべきはそれに晒されている目の前の兄上の方だ。
戸惑いながら相手を見つめて、それから手元でちゃりりと小さな音がしたことで、俺は自分が抑え込んでいる胸元の物のことを思い出した。
「兄上、これ」
「これ?」
取り出して差し出すと、俺の手を掴んでいない方の兄上の手がこちらへと伸ばされる。
差し出された小さな掌の上に乗せたそれは、小さな小瓶だった。
中に入っているのは、星の形をした砂粒だ。
いくつか小さな貝殻も入っているそれに、ぱちくりと目を瞬かせた兄上が、それから小瓶をゆるりと揺らした。
「兄上、海が好きだって言ってたから」
二年も『息子』をやっている俺に情が湧いたのか、最近のヴィンスモーク・ジャッジは俺を他の兄達と共に連れて歩くようになった。
作られた『俺』はいつ活動が終わるかも分からないのに、そんな風にされても困ってしまう。
俺と青毛の兄が連れていかれたのは小さな島で、砂浜でふと閃いて拾ってきたものだ。
本当は大きな貝でも持って帰りたかったが、見とがめられるのを避けたかった。一緒に行った方の『兄』は、変わった行動をするとすぐ気にしてつつきに来る。
本当はもっと早く渡したかったが、ちょうどいい小瓶を調達している間に、俺の目の前の兄上は『いないもの』にされてしまった。ひどいタイミングだ。
俺の言葉に、へえ、と声を漏らしてから、兄上はそっと小瓶を握りしめた。
仮面の下の表情は読めないが、そのまま視線がこちらへ向けられて、きゅっと手を握る指に力がこもる。
「ありがとうな、ナマエ」
喜びのにじんだその声に、どういたしまして、と返事をする。
「また今度、なにか持ってくるよ」
「うん! おれも、海に出たらナマエにおみやげを探すからな」
寄越された言葉に、それは無理だよ、とは言えなかった。
結局、俺が兄上と交わしたのは『できない約束』で、俺が兄上に次の何かを持ち込む前に、兄上は檻の中から姿を消した。
羨ましいなと、少しだけ、そんな不謹慎なことを思った。
※
→
戻る |
小説ページTOPへ