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きっかけはほんの少し
海賊王生誕祭/マルコより前の話
マルたん2015の子マルコルート→ロジャークルー設定ともなんとなく同じ設定
※主人公はロジャー海賊団のクルーで何気にトリップ系海賊



『ニューゲートの野郎と飲み比べをすることになった!』

 笑顔でそう言い放たれて、どう考えても勝ち目のない戦いじゃないか、と出ていきかけた言葉をナマエは飲み込んだ。
 目の前の船長とかの『白ひげ』ではまず体格が違う。同じだけ酒を飲んだとしても、どちらがより酔っぱらってしまうかは明白だ。
 しかし、何かを賭けるでもなく、純粋に飲み比べを楽しみたいというのなら、横から水を差すのは野暮というものだろう。

『なるほど。やるからには勝ちますよね。頑張ってください』

『おうよ!』

 船長に拾われて海賊になって数年、見た目はともかくとしてすっかり海賊としての心を宿したつもりのナマエが激励すると、ロジャーはそう言って笑った。

『何なら酌はお前ェがやるか?』

『船長、酌する人にも飲ませるじゃないですか。俺、船長と同じ酒は飲めませんよ』

『ばァか、海賊がそんなへたれたこと言うなよ』

 けらけら笑うロジャーとそんな会話を交わして、ナマエ達がたどり着いた勝負の舞台は、酒宴にもってこいな、とある有名な酒所の港町だ。
 買い付けられた酒はほとんどすべてが火酒で、少し舐めただけで胃が灼けたナマエはすぐに酒瓶を置いた。誰かが奪っていったが、ほんの少ししか飲んでいないので問題はないだろう。
 敷かれた丸い敷物の上、酒樽を並べ終え、それぞれ横に酌をする仲間を付けて向かい合った偉大なる賞金首二人が、やがて宣言通り飲み比べを開始する。

「うわ……すごいな、相変わらず」

 水か何かだと思っていないかと尋ねたくなるほど酒を飲みほしていく船長二人に、ナマエの口から思わず言葉が漏れる。
 横で聞いていた仲間が『まったくだ』と頷き、そうしてそれから新たに開けた酒瓶を寄せてくるのを笑って断ったナマエは、つまみにふるまわれていた串焼きを手にして一等地を譲り渡した。
 飲まないのかと尋ねられて、さっき少しだけ舐めたとそちらへ答える。
 ナマエがあまり酒を好まないことを知っている仲間は、それにそうかと軽く頷いて、ナマエにあっさりと手を振った。
 別れを受け入れて、横に侍らせたクルーの背中を豪快に叩く船長を横目に、ナマエもそろりと移動する。
 歩きながら行儀悪く串焼きを平らげて、ごみを捨て、次は何を食べようかと歩いていたナマエは、ちらりと足元をよぎった何かに驚いて足を引いた。

「おっと」

「うぶっ!?」

 ほんの少しもナマエの足はかすらなかったが、ナマエの動きに驚いたらしい相手が地面に顔から倒れこみ、小さく悲鳴を上げる。
 慌てて見下ろしたナマエは、倒れているのが小さな子供であることを認めて瞬きをした。
 いくら酒で有名な港町であり、夜も町中が明るいとは言え、民間人の子供が歩くには少々遅い時間だ。
 それに何より、ロジャー海賊団と白ひげ海賊団が訪れた港町では、あちこちを歩いている顔ぶれのほとんどが賞金首だ。
 商魂たくましい店主はともかく、子供を外に出す親がいるとも思えない。
 何か悪いことをしでかしたクルーがいて、そちらから逃げてきたとでも言うのだろうか。

「大丈夫か、坊主?」

 声を掛けながら屈みこみ、ナマエはひょいと子供の服を掴んで持ち上げた。
 起こしてもらいながら、地面で打ったらしい顔を小さな手でこすった子供が、よい、と声を上げる。
 くりくりと丸い目が少し眠たげに瞼をまとったままでナマエを見やり、その顔立ちと、よく見れば特徴的な髪形をしているその子供に、ナマエはそれが誰なのかを理解した。
 ロジャー海賊団と白ひげ海賊団、船長同士の気が合うのか合わないのか、よく顔を合わせては何だかんだと勝負を挑み交わしている。
 そのうちの最中で、幾度か目を引いた小さな相手だ。

「……なるほど、まあそれなら大丈夫か」

 どこからどう見ても『白ひげ』の仲間である子供に、ナマエの口が安堵の息を零す。
 それを見上げた子供が少しばかり不思議そうな顔をしたので、悪い悪い、と言葉を落としてその体を手放し、ナマエの手が土汚れのついた小さな膝から汚れを払った。

「転ばない程度に走らないと危ないぞ」

「そっちがびっくりさせるのがわるいのよい」

 生意気な口をきいて唇を尖らせた子供が、むっと眉を寄せている。
 はいはいそいつは俺が悪かった、とナマエがさっさと謝ると、おとこがそんなカンタンにあやまるもんじゃないのよい、と今度は非難が寄越された。
 なんとも面倒臭い子供に思わず笑って、ナマエがひょいと立ち上がる。

「それで、どっちに行こうとしてたんだ?」

「オヤジがかつとこみにいくのよい。マルはちっちゃいから、まえにいかなきゃみえないのよい」

「自分の小ささを分かってるのは偉いこった」

 こいつは大物になるなァ、と一人で頷いて、ナマエは自分が今しがた離れた方を見やった。
 最初にナマエが座っていたのは勝負がよく見える一等地だったが、そこはすでに数人の海賊たちで占拠されていることだろう。
 ついでにいえば、足元の子供と同じく勝負の行方を見守ろうと、あちこちから海賊達が移動してきている。
 先へ進む前に屈強な男たちの間で小さな子供がつぶされる様を想像して、ナマエはふるりと首を横に振った。

「……どうしたのよい?」

「いや、あの混んだ中に入ってくのはまずいぞ。絶対ひどいことになる」

「ちょっとくらいいたくたってヘーキよい」

 ふふんと子供は胸を張ったが、そういう問題ではないだろう。
 死にはしないだろうが前に進めなくなる可能性しか目に浮かばず、少しばかり考えたナマエは、無遠慮にその両手を子供へ伸ばした。

「よい?」

 先ほどよりしっかりとその体を掴んでひょいと持ち上げると、されるがままに持ち上がった子供が不思議そうに首を傾げる。
 抵抗を示さない子供を自分の目の高さまで持ち上げて、お前な、とナマエの口からはあきれた声が漏れた。

「もう少し抵抗とかしないのか。攫われるぞ」

「しまにはいっぱいカゾクがいるのよい。ぜったいたすけてくれるよい」

 だから大丈夫だと、『家族』と呼んだ仲間達への信頼をにじませた子供の言葉に、ナマエは軽く肩をすくめた。
 確かに子供の言う通り、ナマエが子供を持ち上げたところから、背中に何人かの視線が突き刺さっている。
 じっくり見ているわけではないが、明らかに意識を向けられているとわかるそれは、なんとも厳しいものだ。
 しかし、助けに来ようという様子もない。危険がなければ自由にさせるということだろう。
 それなら『前』に連れて行ってやればいいのにとも思うが、そこまでの世話焼きはいないのだろうか。

「……よっと」

 来たなら押し付けていくだけのことだが、それもなさそうな『白ひげ』の連中にもう一度ため息を零したナマエは、子供をそのままもう少し持ち上げた。
 細い体を自分の首の後ろに回して、足で肩を跨がせる。

「よい!?」

 驚いたように動いた手がナマエの頭を後ろから掴み、相手が後ろに倒れて落ちないようにと細い足を両手で掴むと、状況を飲み込んだらしい子供の体重が前にかけられ、顎がナマエの頭にのせられた。

「かたぐぐまよい!」

「肩車な」

「たかいよーい」

 嬉しげにキャッキャと笑い声を零されて、やれやれと息を零す。

「回り込んで連れてってやるから、それまで大人しくしてろよ」

「わかったのよい!」

 ナマエの言葉に子供が頷いて、ぐりぐりと小さな顎に頭を攻撃された。
 それほど痛くもない攻撃に軽く笑って、ナマエの足が露店を冷やかすように回り込んで一番の盛り上がりを見せる方へと戻る。
 時々露店の食べ物を買い込んで、頭の上の子供にも分けてやりながら進んだナマエが子供をおろしたのは、すっかり出来上がった船長二人が、笑いながら新たな酒を注いでいる時だった。
 戻るまでの時間の間に何があったのか、空樽が転がる横に、酌をしていたはずのクルー二人と、それから他に数人の海賊が沈んでいる。

「……まずい」

 ちらり、と船長が自分のいる方を見たと気付いたナマエは、近くにいた見覚えのある『白ひげ』のクルーのそばへ子供を寄せ、『じゃあな』と子供に一言置いてすぐさまその場を逃げ出した。
 呼び止めようとした子供の声が聞こえたが、それでとどまっては生き死にに関わるという冷静な判断を下したナマエは足を止めない。
 結局、酌をして酒を飲まされたクルー達の屍が増えていき、勝負はあいまいに終わったというのがその夜の流れだった。

「ナマエ……このやろォ……」

「船長、酒くさいです」

 二日酔いのゴール・D・ロジャーに『逃げたな』と絡まれて、ナマエは大変面倒くさい思いをした。
 やがて『白ひげ』海賊団の小さな一人から執拗な勧誘を受けはじめ、適当な返事をして『悪い癖を出すな』と副船長に叱られたのは、また別の話だ。



end


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