海賊王生誕祭/マルコ
※トリップ主人公はロジャー海賊団クルー
※捏造少年マルコにつき注意
この世界に来たのは、もう遥かに以前のことだった。
俺が『知っている』のより随分と過去にあたるこの世界で生きていくと決めたのは、いつのことだったろうか。
『元の世界』へ帰ることも出来ない俺がいるのは、俺が『知っている』世界でも有名だったとある海賊団の元だ。
「ナマエ!」
「うおっ」
声を掛けられたのとほとんど同時にどすりと後ろから突撃を受けて、前のめりに体が傾く。
運悪く両手が荷物で塞がっていたので、俺は目の前の柱に額を打ち付けることでどうにか体を支えることに成功した。
何とも酷い音が鳴って、店主が驚いた顔をしているのが視界の端に入る。
すぐに姿勢を戻してから、気遣わしげな店主に大丈夫だと会釈して、俺はちらりと後ろを見やった。
「……やっぱりマルコか」
「ナマエ、ひさしぶりだねい!」
ついさっき俺に突進攻撃を仕掛けてきた犯人が、俺を見上げてにかりと笑った。
何とも明るい顔で『デコが赤くなってるよい』と言われて、誰のせいだとそちらへ言葉を投げる。
けれどもマルコのこれはいつものことだったので、一先ず俺はその場から移動した。さすがに、店先で話こまれては店主だって迷惑だろう。
腰に抱き着くようにしている少年を引きずって、店と店の間にある隙間に足を踏み入れる。
それから荷物を足元へ降ろして改めて体を向けると、俺を見上げたマルコが、にんまりと笑っていた。
「久しぶりだな、元気にしてたか?」
その顔を見下ろして問いかければ、当然だろい、と胸を張って言葉を寄越される。
子供らしいその仕草に少しだけ口元が緩んだのを自覚しながら、そうかと俺は頷いた。
目の前にいるこの子供は、いつかは『不死鳥』と二つ名をつけられる海賊だった。
初めて会った時はとても小さく、いつだったかは迷子になって涙目にもなっていたことのあるマルコは、しかしもう随分と大きくなった。
まだ十代の後半に差し掛かるかどうか、というくらいだろうに、すでに身長は俺の肩を超えそうだ。
この分だと、成人する前に身長も抜かれてしまうんじゃないだろうか。
『この世界』には高身長が多いとは言え、何とも不条理なものを感じる。
「それよりナマエ、今日はオーロ・ジャクソン号を見なかったよい。船を降りたのかよい?」
そんなことを考えていた俺へ向けて問いかけて、マルコが軽く首を傾げた。
その目が期待にきらめいているように見えるのは、俺の気のせいじゃないだろう。
ひょいと持ち上げた右手の指で、軽くその額をはじく。
何ともいい音が鳴って、よいっ、と短く声を上げたマルコの頭が後ろに少しばかり傾いだ。
「物理的には下船してるが、ロジャーのところから離れたつもりは無い。残念だったな、マルコ」
上から言葉を落とせば、痛くも無いくせに両手で額を抑えたマルコが、少しばかり唇を尖らせる。
「まだ、なんにも言ってねェよい」
「言うつもりだったろう」
呟かれたので、そう言い返して肩を竦めた。
ロジャー海賊団に拾われて、ロジャーの元で生きていくと決めたのは、もう随分と前のことになる。
レイリーや他の連中と違って何のとりえも無ければ秀でて強くも無い俺を、会うたび『自分のところへ来ないか』と勧誘するのなんてこの小さな海賊くらいなものだった。
どうやら懐かれてしまったようなのだが、いまだにどうして俺にそれほどこだわるのかも分からない。
もはやいっそただの冗談なのではないかとも思ったが、ああそうだなと笑って返事をしてみたら危うく白ひげ海賊団で歓迎会が開かれるところだったので、冗談でもないらしい。
『悪い癖を出すな、真摯な勧誘には真面目に応えるものだ』とレイリーにもしっかり怒られたので、あれからははぐらかすことも曖昧に頷くことも無く、俺はきっぱり毎回断ってきた。
だと言うのにへこたれないマルコは、どうやら図星だったらしくさらに口を尖らせて、非難がましく俺を見上げた。
「オヤジだって、ナマエなら歓迎するって言ってたよい」
かの白ひげにそう言われるなんて、随分と有り難いことだ。
まあ、マルコが望むなら、とその言葉の前にはついていそうなものだが。
俺が返事をしないで見下ろせば、少しだけこちらを見つめてから諦めたように息を吐いたマルコが、それからそっと額に当てていた両手を降ろした。
まだ俺より小さい左手がそのまま俺の右手の袖の端を捕まえて、それからその目が下へ置いた荷物へ向けられる。
「にしても、今日は買い物がいっぱいだねい。船は遠くに停めてるのに、買い出しかよい?」
「ああ、今日は俺と他の何人かだけで買い出しに来てるんだ」
話を逸らしたマルコに頷きながら、俺はマルコに掴まれたままの手を動かした。
マルコの手を連れてコートのポケットへ手を押し込み、中からメモを捕まえて引っ張り出す。
途中で俺の袖を手放したマルコの掌はポケットに留まり、もう何も入っていないポケットの中をもぞもぞと漁り出した。
「何してるんだ」
手癖の悪い子供に笑ってメモをもう片手に持ち直して、改めてポケットに手を入れる。
人様のポケットの中で暴れるマルコの手を軽く捕まえると、俺の手の中で動きを止めたマルコの指が、俺の指に絡みつくような動きをした。
仕方なくそれを受け止めてやりながら、広げたメモの中身を確認する。
白い紙に文字を記したそれは、今は恐らくロジャーの注意を逸らしているだろうレイリーが、俺に書いて寄越した買い物メモだ。
他のクルー達も同様に何枚か貰っていて、一番非力な俺が一番少なかったとは言え、随分な量だった。
中身を一つ一つ目でなぞり、買い漏れが無いかを確かめる。
書かれている通り酒も手配したし、食材もある程度は買った。ケーキはコックが作ると言っていたから問題ない。個人的な贈り物は、前の島で買ってある。
「……ん、よし」
「うたげでもするのかよい?」
「ん?」
人のポケットに左手を突っ込んだまま尋ねてきたマルコを見やると、マルコが不思議そうに俺の顔を見上げていた。
まあな、とそちらへ返事をしてから、ふと上から覗けるマルコの襟ぐりから、白い包帯が見えているのに気が付く。
「……マルコ、怪我したのか?」
珍しいな、と続けて、俺はじっと少年の顔を覗き込んだ。
マルコは、俺が『知っている』通り、ゾオン系悪魔の実の能力者だ。
不死鳥なんて呼ばれる姿に変化できるその体は、大概の怪我を癒してしまう。
ロジャーと白ひげが楽しそうに喧嘩を始めて、クルー達総出で海戦を行う時も、無茶な戦い方をしているマルコを何度か見たことがあった。
小さな体をめいいっぱい使って戦うのは構わないが、ロギア系とは違って痛みだって感じるだろうに、マルコは怪我を厭わない。
そしてその目論見通り簡単に傷を治すはずの体に包帯を巻いていると言う事実に、首を傾げる。
俺の言葉を聞いて、ああ、と声を漏らしたマルコが、右手で自分のシャツを前に引っ張った。
大きく開いた襟ぐりから見えたのはやはり白い包帯で、怪我でもしているのかとそれを見つめた俺の前で、服の中に指を押し込んだマルコが、包帯の一番上を軽く引っ張る。
「いれずみ」
そうして落ちた言葉とともに覗いたそれに、俺はぱちりと瞬きをした。
驚いた俺を見上げて、マルコは随分楽しそうに笑う。
「おれも、もう一人前だよい」
囁くマルコがくつろげたその白い包帯の隙間から見えたのは、確かにマルコの言う通り、『刺青』だった。
俺が『知っている』未来のマルコが、その胸に大きく刻んでいたものと恐らく同じだ。
いつかは刺青をいれるのだとは知っていたが、まだ子供に分類される年齢のうちからあんな大きなものを入れていたとは思わなかった。
痛くなかったか、と尋ねれば、まだ俺より背の低いマルコが、痛くなんてねェよい! と胸を張って嘘を吐く。
『元の世界』であったような玩具のシールならともかく、ちゃんとした刺青をこんなに大きく入れて、痛くないなんてことはあり得ないだろう。
全く、意地っ張りなことだ。
「我慢して偉かったな、マルコ」
優しげに聞こえるように言葉を落としながら、メモを左側のポケットへと放り入れた後で、左手でマルコの頭を掴まえた。
特徴的なその髪ごとよしよしと頭を撫でてやると、少し頭も揺れたのか、うああああ、とマルコが変な声を出す。
「や、め、ろ、よい! 酔うだろい!」
「海賊がそんなへたれたことを言うなよ」
ただちょっと頭を揺らす勢いで撫でただけなのに、ポケットから逃げ出していった左手と残りの右手で頭に触れていた掌を引き剥がされて、置いてけぼりにされた右手をポケットから出しながらそう意見した。
そういう問題じゃねェよいと唸ったマルコが、俺の左手を捕まえたまま、改めて俺を見上げる。
「それで、そっちは何のうたげをすんだよい?」
返事を聞いていないと言われて、俺は自分が話を逸らしてしまったことを思い出した。
別に隠すことでも無いので言葉を紡ごうとして、ふと思いついて開きかけた口を閉じる。
そのままじっと視線を注ぐと、俺の顔を見上げているマルコの顔が、だんだんと怪訝そうなものへと変化した。
まだ子供のそれに近い手が、ぎゅっと俺の左手を握る。
「…………ナマエ?」
「……なあマルコ、モビーディック号は港にいるのか?」
問いへの返事の代わりに尋ねると、不思議そうな顔をしたままで、マルコはこくりと頷いた。
相変わらず素直に返事をくれるが、俺が一応よその船の人間だと言うのを忘れてはいないだろうか。
そんなことをちらりと考えたものの、別にその情報を悪用するつもりも無いので口にはしないでおく。
この島はそれほど海賊に忌避感も無いようだから、きっとモビーディック号はいつものように堂々と停泊しているんだろう。
その様を思い浮かべながら、そうか、と一つ頷いて、俺は改めてマルコを見下ろした。
「それじゃ、そっちの船長殿に聞いてみてくれないか?」
「何をだよい?」
「実はな……」
こちらを見つめるマルコへ向けて、俺は提案を口にした。
渡されたメモには記載などなかったが、ロジャーは派手なことが好きだし、このくらいのサプライズはレイリーの許可が無くても構わないだろう。
俺の言葉に不思議そうな顔をしたマルコが、俺の提案を聞いているうちに目を丸くして、何かを思案するように少しばかり瞳を揺らす。
「…………そしたら、おれ、ナマエの横に座っててもいいかよい?」
ほんの少しの思案の後にそう尋ねられたので、よく分からないが頷いた。
するとマルコの手がぱっと俺の手を放して、その体が俺から離れる。
「オヤジに聞いてくるよい!」
ここで待ってろい! と言葉を放ち、大きく両手を広げたマルコの体が青い炎に包まれた。
その場に現れた青い火の鳥が、ばさりと羽ばたき、そうして空の彼方へと飛んでいく。
輝く尾を引きながら港の方へと飛んでいった火の鳥を見送って、俺はやれやれと息を吐いた。
「若いやつは元気だなァ」
本当に、どうしてあんなに懐かれているのかは分からないが、まあ、悪い気はしない。
あの分だと、すぐに戻ってくるだろう。
酒好きの白ひげが誘いを断るとも思えないので、来るゴール・D・ロジャーの誕生祝いの宴は、随分とにぎやかなものになるに違いなかった。
end
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