イッショウさんと犬
※『犬の身の上』以下シリーズの同設定
※主人公はアニマル転生大型犬雑種で見た目が怖い
※名無しオリキャラ(モブ)注意
今日はハロウィンらしい。
俺がそれを知ったのは、いい物を持ってきたぞ、と笑顔で言い放った一人の海兵に手を伸ばされたからだ。
体にあれこれと巻き付けられて、わんともきゅうとも鳴かぬ間に作業が終了した。
鏡の中に出来上がったのは、誰がどう見ても地獄の犬だった。
どうやって作ったものか、俺の顔にそっくりな張りぼてが二つ、俺自身の頭を挟むようにして並んでいる。
色もしっかりと俺の毛皮に合わせたもので、うつろな目と裂けた口がとても怖い。
「わう……」
思わず腰の引けた俺をよそに、完成品をしっかりと確認したらしいイッショウさんの副官が、一方へ向けて敬礼した。
「できましたよ、イッショウさん!」
「ああ、こりゃあ男前だ」
すがすがしい笑顔で副官に言われて、俺の方へ顔を向けたイッショウさんがそんなことを言う。
誰がどう考えたって俺のことなんて見えない筈なのに、相変わらず適当なことを言うもんだと首を傾げて、俺はふるりと体を震わせた。
毛皮に覆われた『犬』の姿になって、はや幾年。
何かを『着る』なんて久しぶりだとべろりと舌で鼻先を舐めて、とりあえずイッショウさんの方へと近寄る。尻尾や体や四本の足に毛皮のような何かが巻き付けられているので、俺はすっかりふかふかだ。
「わふん」
向かいで腰を落ち着けて鳴いてみると、俺のそれを聞いてこちらへ手を伸ばしてきたイッショウさんが、剣や杖を握る硬い掌を何故だか間違いなく俺の頭へと乗せた。
そのままよしよしと頭を撫でられて、それからイッショウさんも椅子から立ち上がる。
今日のイッショウさんも、そういえばいつもとは服装が違う。頭に角を生やして、服も黒くぼろぼろで、顔にすら血糊や諸々が塗りたくられていた。いわゆる仮装と言う奴だ。
どうして海兵がそんなことをしているのかと言えば、民間人とは交流を図るもの、だかららしい。
イッショウさんについていくだろ、お前も仮装しようなと言い含められてこんな格好をさせられているが、ハロウィンと言うのはこんな怖い格好をするものだったろうか。
「大丈夫だナマエ、本物みたいだぞ!」
俺の支度を行った海兵が、そう言って親指を立ててくる。
『本物』みたいと言われても困るんだがと視線を向けたところで、イッショウさんが机の上から持ったものをひょいと俺の目の前へ差し出した。
「どうせならナマエが持ったほうがよさそうだ」
楽しそうにそんな風に言われて、わふ、と答えつつとりあえず籠の持ち手を咥える。
籠の中にはキャンディがたくさん入っていて、ふわりと甘い匂いが鼻に届いた。
こんなにたくさんあるのだから、せめてイッショウさんが持っていた方が捌けるんじゃないかと視線を向けた先で、イッショウさんは笑ってその手で杖を伸ばす。
「行ってきやす」
「はい、お気を付けて!」
いつもは大体止めてくる副官に見送られるというのも、なんだか少し不思議な気がした。
※
夜の帳を下ろした町中は、しかし今日がハロウィンと言う日だからか、ずいぶんと賑やかだった。
あちこちに仮装をした人が歩いていて、まだ遅くないとは言え日も暮れたのに子供もいる。
危ないんじゃないかと思ったが、大体は誰か大人が付き添っていた。そういう決まりがあるのかもしれない。
ハロウィンの飾りもあちこちにあって、それにちなんだ商品を並べている店も多くあった。
「カイヘーさん、犬さん、とりっくおあとりーと!」
そんな中を歩きながら、俺が何より困惑したのは、そうやって目の前に幼い掌を突き出してくる存在だ。
瞳をキラキラさせてこちらを見てくる子供と言う存在に、わひゅ、と口で籠を咥えたまま鳴いてみる。
それから籠を差し出すと、ありがとうと声を弾ませた子供が、籠の中から飴を一つ受け取った。
そのまま素早く俺の傍から離れていくが、こちらに怯えて逃げて行っている、といった様子でもない。
町へと繰り出してからまだ一時間も立たないが、何度も見た光景だった。
「…………わう?」
どういうことだと困惑した声を漏らした俺の横で、イッショウさんがわずかに笑った。
「こりゃまた、ずいぶんと不思議そうだ」
「きゅうん」
「簡単なお話でさァ、ナマエ。今日ははろうぃんてェお祭りでやしょう」
あっしもこの格好だと片手を自分に添えたイッショウさんに、確かにそうだけどと鼻を鳴らす。
ハロウィンだから、仮装をするのはもっともな話だ。
そして俺だって怖い首を二つ生やされている。
しかし、おかげさまで怖さも三倍だと思うのだ。
もともと俺は人が近寄ってこない程度には怖い顔をしているし、俺が人間側だったら絶対近寄りたくない犬だ。それが三つ首だなんて、恐怖でしかないだろう。
よく分からないと首を傾げようとしたら左右の首が揺れて、傾きかけたそれに慌てて姿勢を戻す。
「こんな鬼が横にいるんだ、ナマエのほうが怖くねえのも道理ってもんで」
「わうん」
その『鬼』と言うのはまさか自分自身のことなのかと、俺は相手へ鳴き声を向けた。
確かにイッショウさんの今日の仮装では角が生えていて、顔も怖く見えそうな化粧をされているが、にじみ出る雰囲気がとてつもなく優しげだ。
どこが怖いというのか全然分からない。迷子になった夜道で出会っても、鼻を鳴らして近付く自信が俺にはある。
「あ! すごい、あの犬さんあたまがみっつあるよ!」
人間だったら怪訝そうな顔をしたに違いない俺の耳に、そんな風に声が届いた。
ぴくりと耳を揺らした俺が視線を向ければ、親の手を放して近付いてきた子供が、やっぱりきらきらとその目を輝かせている。
彼女も仮装しているが、小さい体にどれだけ怖い要素を盛ったところで、ただ可愛らしいだけだ。
「ねー、この犬さん、アメくれる?」
「へェ、ナマエに言ってくださりゃあお渡ししやすとも」
「じゃあ、トリック、オア、トリート!」
イッショウさんの返事に嬉しそうな顔をして、小さなその手が俺へ向けて差し出された。
先ほどと同じく返事をして籠を差し出せば、籠から飴を手に入れた子供が『ありがとう』を口にする。
「犬さん、すごいねえ、すっごくこわい!」
真正面から酷いことを言われた気がするが、こちらを見る子供の顔に怯えは無い。
間近で見る楽しそうな子供の顔に、やはり戸惑う俺を置いて、彼女はそのまま離れていった。
それを見送り、仮装したたくさんの市民を眺めてから、視線をイッショウさんの方へと戻す。
俺の視線に気付いたのか、片手で杖を使って歩き出しながら、イッショウさんがその口に浮かべる笑みを深くした。
「はろうぃんてのァ、なかなかいいお祭りだ」
どことなく嬉しそうな、楽しそうな声音に、ぴす、と鼻を鳴らす。
ぱた、ぱたとさっきから後ろの方で小さく音が立っている。
俺の気持ちを代弁するかのように、俺自身の意識を無視して尻尾が動くのも、もう慣れた。尻尾の飾りが飛んでいかないよう祈るばかりだ。
そうやって歩いているうち、また市民が近寄ってきて、俺やイッショウさんに声を掛け、俺の咥える籠から飴を貰って離れていく。
何度も同じやりとりをして、いつの間にやらたくさん入っていた籠の中身も減りだしていた。
がさりと口にくわえた籠を揺らして中身の高さを整えていると、それが聞こえたらしいイッショウさんが、ふむ、と軽く声を漏らす。
「あとしばらく配ったら、休憩がてら補充に戻りやしょう」
「わう」
寄越された言葉に同意を込めて鳴きながら、イッショウさんの隣で石畳を踏んでいく。
爪が石畳を擦る音すら弾んで聞こえたものだから、余計に楽しくなって困ったものだった。
end
戻る | 小説ページTOPへ