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犬の身の上 (1/2)
※主人公はアニマル転生大型犬雑種で見た目が怖い
※ほんのりと名無しオリキャラ注意




 死んだ筈がよみがえり、しかも体が犬だったなんて、俺がまともな人間だったのだとしたら普通じゃない。
 どうも俺はキュンキュンと生まれたばかりだったらしいが、育ててくれていた親はある日突然いなくなった。
 捨てられたのか、それとも別の理由があったのかも分からないし、俺の兄弟も一人また一人といなくなってしまった。
 一人きりになり、死に物狂いで生き延びながら歩き回り、どうにもここは日本では無く、むしろ俺のよく知る『世界』ですらないんじゃないだろうかと考えだした頃、飢えて死にそうになっていた俺の頭の横にとん、と置かれたのは、長く伸びた杖だった。
 目の端に映り込んだ足先が履いていたのは下駄で、日常的ではないにしても『日本』じみたそれに何となく反応して顔を上げた俺が見つけたのは、和装に身を包んだ随分とでかい男だ。
 目が見えていないらしいことは、その両目の瞼を縦断して額で交わる傷跡を見れば分かる。

『……どうかなさいやしたか』

 何だか映画で見たことがあるようなその姿に呆けていたら、声をかけて屈んできた相手が、その手をこちらへと伸ばした。
 大きな掌を向けられて、思わず逃げ出しそうになったが、腹が減りすぎて身動きの一つも取れない。
 動けない俺の頭の上にぽんとその手を乗せてから、どうしてか相手はぴくりと眉を動かした。

『……おんやァ、アンタさん、お犬さんでいやしたか』

 へへへと軽く笑って、こいつは失礼した、なんて言いながら俺の頭をがしがしと撫でた相手に、俺はとりあえずくうんと鼻を鳴らして応えた。







 飢えて動けなくなっていた俺を拾い、飯を食わせて『飼い犬』にした目の見えない男性は、イッショウという名前らしい。
 俺がそれを知ったのは、誰かさんが俺に向けて自己紹介をしたからだ。
 アンタさんはと問われても、名乗り返した俺の言葉はワンワンとしか響かず、俺の名前はイッショウさんがつけてくれた。
 それがどうしてか『ナマエ』で、俺が犬であるより前の名前と同じだったことには驚いた。すごい偶然だ。
 そしてどうも、俺はこの人を知っている気がする。

「……きゅうん」

「うん? どうかしやしたか、ナマエ」

 鳴き声を零した俺に気付いて、大海原を行く船の上、日当たりのいいデッキ端のベンチに座っていたイッショウさんがこちらへ顔を向ける。
 何も見えない筈のその目を向けられた気がして、俺はぱたりと尾を動かした。
 和装に身を包み、手に持った仕込み杖で足元を確認しながら歩くイッショウさんは、どうやら『悪魔の実』と呼ばれる実を食べた超能力者らしい。
 世界徴兵というものがあって、それで徴兵され今から海軍本部へ向かうところだという事情説明すらも、誰かさんは俺へ向けてしてくれた。
 どれもこれも文字で読んだ覚えのあるそれらに、思い出したのは俺が犬になる前に読んでいた漫画だった。
 俺が元人間であることが事実であるならば、この記憶だって本物だろう。
 しかし、イッショウさんだけなら偶然なのかもしれない。
 けれども海軍本部に『元帥赤犬』やら『大将黄猿』やらがいたら、さすがに信じないではいられない。

『一緒に来やすか、ナマエ。アンタさんが良かったら』

 だからこそ、そんなふうに言ったイッショウさんへ、俺はわんと鳴いた。
 それだけで伝わったらしいイッショウさんは、軽く笑って俺の頭を撫でたのだ。
 今もまた、ただ尾を振って顔を上げているだけの俺の方を向いたまま首を傾げて、伸びてきた手が俺の頭を撫でる。
 充分に食事を貰い、イッショウさんに案外丁寧な手つきで体まで洗われて隅々までピカピカになった俺の毛皮は手触りがいいのか、イッショウさんはよく俺の頭を撫でている。
 優しい手つきにすっかり虜になってしまっている気がするが、いいや、きっと多分気のせいだ。

「わん」

「へい」

 イッショウさん、と呼びかけるつもりで鳴き声を上げると、イッショウさんが何とも抜群のタイミングで返事を寄越した。
 そうしながら更に頭を撫でられて、こちらからもぐりぐりとその掌に頭を押し付ける。
 イッショウさんは他にいる普通の『人間』に比べて随分と体の大きな人だが、その掌に丁度いい大きさの俺も、もしかすると随分と大きいのかもしれない。
 そんなことを思いつつふと視線を感じてわずかに頭を動かすと、俺の視界に入り込んだ小さな影が、びくりと揺れた。
 怯えた顔ですぐそばにいた親の体の後ろへ隠れてしまったのは、小さな子供だ。
 涙すら浮かべた怯え切ったその様子に、機嫌よくぱたぱたと揺れていた尾が動きを止めたのが分かる。
 親の方もこちらをちらちらと気にしながら足を動かして、親子は揃ってデッキから逃げて行ってしまった。
 イッショウさんと共に海軍本部へ向かうことに決めて一週間、彼と一緒に町中を歩いたりすると時々遭遇するその光景に、何とも言えない気持ちになる。
 この体になってから鏡を見たことはないが、ひょっとすると俺はとても凶暴な顔をしているのかもしれない。
 しょんぼりとわずかに耳を伏せると、それに気付いたようにイッショウさんの指が優しく俺の頭を撫でて、それから滑り落ちたその指が俺の鼻先を軽く撫でた。
 口の端から入り込もうとするその指を舌で押し返すと、俺の舌を無造作に軽くつまんだイッショウさんが、すぐにそれを解放して手を降ろす。

「ナマエ、アンタさんが優しいのァあっしが存じておりやすから」

 優しげにそんな風に言われて、きゅうん、と鼻を鳴らした。
 見えていない筈なのに、俺がしょげるとイッショウさんはすぐに気が付く。
 目が見えない代わりに、気配に敏いのかもしれない。

「もう少ししたら飯にしやしょうか、次の島まではまだかかりそうだ」

「わふん」

 穏やかに寄越された問いかけに返事をすると、イッショウさんの顔には楽しげな笑みが浮かんだ。






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