エースと遭遇主とペローナちゃん
※『エースくんと遭遇』から始まる遭遇シリーズ
ハロウィン諸島とは、年がら年中ハロウィンを行っているという噂の島だ。
確かに、一日の内にほんの数時間しか日が昇らないという夜の島を照らすのは、丸いカボチャランタンの灯だった。
道行く人々も仮装をしている人間が多く、きょろきょろと周囲を見回したナマエは、自分の頭に乗せた帽子を片手で押さえて側へ視線を向けた。
「変じゃないか?」
「大丈夫だろ」
黒い衣類に身を包み、魔法使いを模した姿で尋ねたナマエに、すぐ傍にいた『狼男』が返事をする。
背中の刺青を見せびらかしたまま、いつもの帽子に耳を付けて、エースが自分の両手を見た。
「おれのコレの方が変だろ。なんだよ、この手袋」
「犬っぽさは出てると思う」
「おれァオオカミなんだっつうの」
むっと口をとがらせては言うものの、何度か脱いでは着けるように促されてきたそれを外すつもりは無いらしく、エースの両手が何かを掴むように動く。
そうすると、狼の足をデフォルメして作られたと思われる手袋の、掌側についている肉球部分がむにむにと動いた。
可愛らしいそれに誘われて伸びたナマエの手が、むに、と黒っぽい毛皮に目立つピンクの肉球を押す。
攻撃を受けて、エースの片手が手袋ごしにナマエの手を捕まえた。
「あ」
「お前、さっきからよく触りに来るよな」
肉球が好きなのか、とどことなく面白がるような声を出されて、好きとか嫌いとかそういう話じゃないと思うんだ、と答えながらも、ナマエは手を下ろさなかった。
なぜなら、掴まれている現在、彼の手は裏も表もしっかりと肉球に挟まれているからである。
むにりと柔らかいそれは、エースの体温が高いせいか温かく、まるで本物のような感触だ。
「一体何で作ったらこんなすごいものが作れるんだ……」
「さァ、おれも作ってもらったもんだからよくわかんねえけど」
ナマエの言葉に答えつつ、マッサージのようにむにむにとその片手をもんでやったエースは、それからぱっとナマエの手を放した。
少し残念そうな顔をしたナマエに笑い、軽くその背中に手の甲を当てて、早く行こうぜ、と町中の方をもう片方の手で示す。
「仮装してたら、菓子がもらえるんだろ?」
楽しみだなと笑顔を深めたエースの横で、そうだな、とまだ名残惜しげな顔をしながら魔法使いが頷いた。
※
「トリックオアトリート!」
子供も大人も声を掛けて、相手から菓子をせしめていく。
途中の露店で食べ物も買い込みながら、そうやって島を楽しんで歩いていたナマエがはたと気付いて足を止めたのは、すい、と目の端を横切るものを見てしまったからだった。
暗い路地の向こうからふわりと泳ぐ半透明な白い何かに誘われるように、その足が路地へと向かう。
「ナマエ? どうかしたか?」
「いや、ちょっと……奥に幽霊がいるような」
「ユーレイ」
急に針路を変えたナマエに不思議そうな顔をしつつ、エースが同じ方へ足を向ける。
その目が同じように進路の先を見やり、暗がりに眉を寄せたエースの手が片方の手に付けたままの手袋を外した。
そして、設置はされているが火のともっていないカボチャランタンへとその片手が伸ばされ、消えていた蝋燭に火をつける。
炎を消した手が設置されていたカボチャランタンを奪い取り、暗がりを確認するように掲げた。
暗い暗い路地の奥、そこへ掲げたカボチャランタンからの光を受けて、また白い何かが蠢く。
「ホロホロホロホロホロ!」
高い笑い声が聞こえて、ぴくりと体を揺らしたエースを他所に、ナマエの眼がきらりと輝く。
その声自体に聞き覚えは無いが、もう一度ゆらりと揺れた拍子に見えた『ユーレイ』とその笑い声で、その正体に気付いたからだ。
「エース、ごめん、籠持っててくれ」
「ん? おう」
町中を歩いて貰った菓子類の籠をエースへ差し出すと、答えたエースが路地の奥へ気を配りながら頷く。
両手を自由にしたナマエがそのまま手を伸ばしたのは、自分が常に持ち歩いている鞄だった。
口を開け、ごそごそと中を探るナマエに気付き、エースの手がランタンを少しだけナマエの方へと寄せる。
明るさの中で目的のものを捕まえたナマエは、紙とペンをそれぞれ両手に持ち、それから視線をエースへ向けた。
その手元のものとその顔で、ナマエの目的にようやく気付いたらしいエースが、少しばかり不思議そうな顔をする。
「そいつがいんのか?」
「そうみたいだ」
勘違いじゃなければ、と嬉しそうな顔をした相手に、何で分かったんだ、とエースはますます不思議そうに首を傾げた。
しかし、まあいいかと一人で結論づけて、そのままナマエより一歩先を歩き出した。
暗い路地の奥には、少しだけ広い空間があった。
もともとは資材などを片付けておく場所なのだろうそこには、うごめく複数の影がある。
何やら仮装の支度をしているらしいそれぞれがまるで死体のような肌色の連中で、そしてその間を白い間抜けな顔の何かが飛び回っていた。
「ホロホロホロホロ! 今夜が最後だ! 今日こそ、この私にとびきり可愛いぬいぐるみを探してこいよな!」
そうして彼らへそう命じてふんぞり返っているのは、飛び交う白いものに少しだけ似た目をしている桃色の髪の女性だった。
赤と白を基調にした衣類に身を包み、長い髪を二つに結っている。頭の上には王冠のようなものも乗っていて、片手に持った赤い日傘は、誰がどう見てもこの島では必要のなさそうなものだ。
やっぱり、とナマエが瞳を輝かせたところで、照らされる灯に気付いたらしい相手が、はた、とナマエ達の方を見やる。
「……な、なんだお前ら! 見世物じゃねえぞ!」
慌てて声を上げた相手が指を差すと、周りを漂っていた白い何か達が動きを止めた。
それと共に全部がナマエとエースの方を向き、ぶわりと勢いをつけて飛び込んでくる。
急な攻撃に眉を寄せたエースがナマエを庇うようにしてそれを避け、そうしてその片手が炎を零すと、あぶられたカボチャランタンがあっさりと焼け落ちた。
じりりと燃えたそれに『ぎゃーっ』と悲鳴を上げたのは、あれこれと衣装を選んでいたゾンビの仮装の連中だ。
白い『幽霊』達もまた炎に慌てたように身を揺らし、追撃をやめてエースとナマエのそばをはなれていく。
「なななな! 悪魔の実の能力者か! こんなところで火ィ出すな! 火事になったらどうするんだ! 馬鹿!」
慌てたように声を上げた彼女が、ぶんぶんと片手を振った。
この島を燃やしたら許さないぞと続いた言葉に、慌ててナマエがエースの後ろから顔を出す。
「ご、ごめんなさい、邪魔するつもりはなくて! エースも火事にするつもりはないし! な!」
慌てながら促すようにぺちぺちと腰のあたりを叩かれて、エースの炎が少しばかり勢いを消す。
可愛らしいオレンジ色のカボチャランタンはすっかり焼け焦げてしまっていて、カボチャの焼ける匂いがふわりとその場に漂った。
それでも炎を完全に消したわけではなく、警戒を解かないエースの横に回り込んだナマエが、両手に持っていたペンと紙を持ち直して前へと差し出す。
「トリックオアサイン!」
「…………は?」
高らかに紡がれた言葉に、慌てていた女性の方から少しばかり間抜けな声がした。
それから、ふよりと宙に浮かんだ体がナマエとエースの方へと近寄り、じろりと見やるエースから距離をとるようにしながら回り込んで、ナマエが差し出している紙を見つめる。
丸い目をぱちぱちと瞬かせ、それからじっくりと紙を見つめた後で、小さな頭がゆるりと傾いだ。
「…………私の手配書じゃねェか」
「そう! サインください!」
それを見やり、ナマエが言葉を紡ぐ。
寄越されたそれに『なんでだ』と当然の問いを彼女がして、それを受けたナマエが『有名人のサインを集めるのが趣味なんだ』と返事をした。
「有名人……そうか、有名人か!」
寄越された言葉ににまりと嬉しそうな顔をした彼女の前で、おかしな様子だがどうやらちゃんと海賊らしい、とエースも判断する。
海に出て、それなりに海賊らしいことをしたなら、次は名をあげたくなるのが世の常だ。
一人で納得していたエースをよそに、手配書と共にナマエが差し出していたペンを受け取ろうとした彼女が、すかり、とその指を空ぶらせる。
その様子に驚いたのはエースだけで、宙に浮かんでいる彼女がああそうかと自分の体を見下ろして、ちょっと待っていろと言って引っこんだ。
その様子を見送ったナマエが、その視線をエースへ向ける。
「エース、火、火」
消しても大丈夫だと思うよと言葉を放ちつつ片手を示されて、少し考えたエースの手が炎を弱めた。
しかしそれでも、燃やしてしまったカボチャランタンの代わりのように人差し指にだけ炎がともる。
灯の代わりのそれが何の燃料もなく燃えて、それを見ていたナマエの口が、あ、と声を漏らした。
「どうした?」
「いや、ほら。さっきはありがとう」
助けてくれただろうと、白い『幽霊』の攻撃から庇ったエースへ向けて、ナマエがそう礼を言う。
エースの灯す炎に照らされた顔は何とも嬉しそうなもので、それを受けて少し視線を逸らしたエースが、それから唇に笑みを浮かべた。
「おう。どういたしまして」
軽く胸を張った狼男に、ナマエの口からも笑い声が漏れる。
「待たせたな!」
やがて何をしたのか戻ってきた彼女は地面の上に足を乗せて颯爽と歩いてきて、妙に可愛らしい筆跡でナマエの出した手配書に名前を書いた。
やり返された『トリックオアトリート』にはナマエがお菓子を渡したのだが、先ほどのエースの炎の熱で溶けていたらしいチョコレートに、とても悲しい顔をされた。
end
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