エースくんと遭遇
※異世界トリップ主人公は各地放浪中
※戦争編回避(ティーチが排除され)につき注意
「なあ、お前、ポートガス・D・エース?」
唐突に言葉を寄越されて、エースはちらりとそちらを見やった。
立っていた男が、視線を向けられてにかりと笑う。
明るく見えるその顔は、酷く疲れているようにも見えた。
「誰だ? お前」
首を傾げて訊ねたエースへ、ナマエだ、と名乗った男がエースの傍らへ腰を下ろした。
航海の最中にモビー・ディック号が辿り着いた島で、今は食事時。
船で食べるのとは一味違った味付けの食事が、エースの前のテーブルを埋め尽くしている。
一つのテーブルを占領しているエースの横に座った男に、エースは怪訝そうに眉を寄せた。
店が繁盛していて他に席がないのなら仕方が無いだろうが、昼時とは言え背中に誇りを背負ったエースが居る所為か、店内は程よく空いているのだ。
少しの警戒を持って眇められた視線に気付いて、男が軽く肩を竦める。
「そんなに警戒するなよ。大丈夫、俺はお前より全然弱いから」
「おれのほうが強いって分かってて、何で寄ってくんだ?」
「そりゃ、俺がお前に何かするつもりが無いからだよ。まさか白ひげ海賊団の名を背負ったエースが、見ず知らずの人間を何の原因もなく殴ったりはしないだろ?」
初対面の癖に随分とエースの人となりを知った風な口を利いて、ナマエはぎしりと椅子の背に背中を押し付けた。
気の抜けた自然体の様子に、エースは軽くふうんと声を漏らしてから食事を再開する。
確かに、ナマエの様子に強そうな雰囲気はかけらもない。はっきり言えば、弱いとしか思えない。
もしくは、それを隠せるほどに強いかのどちらかだ。
どちらにしても、今のエースにとっては目の前の食事のほうが優先順位は上だった。
「おれ、マルコ達にあんまり派手に暴れたりするなって言われてんだけど」
「いやいや、だから暴れてもらうつもりも無いよ」
もぐもぐ口を動かして言い放つエースへ、慌てた様子でナマエが言葉を放つ。
口いっぱいに肉を齧りとってからそれを飲み込んだエースは、次なる獲物に手を伸ばしながら言葉を零した。
「それで、おれに何か用か」
「いや、用は何も無いけど」
エースの問いにそんな風に答えて、ナマエは軽く頬を掻く。
「有名人だーと思ったから、ついつい」
「……お前、変な奴だな」
ナマエの言葉に、エースはとりあえずそう呟いた。
確かにどちらかと言えば顔が売れているほうかもしれないが、エースは賞金首、つまりはお尋ね者だ。
それを知っていながらついつい近寄ってきましたなんて、賞金稼ぎ以外にはありえない反応である。
ちらりと傍らを見やりながら食事を続けるエースに、そう言うなよ、とナマエが少し困ったように笑う。
「仕方ないだろ、有名人見つけたの初めてだったから」
「……このグランドラインで、今まで賞金首に会ったことがないって?」
「いやいや、賞金首になら会ったことあるけど」
基本的に走って逃げるけどな、と言い放つナマエの言葉の意味が汲み取れず、エースは口にフォークを咥えたままで首を傾げた。
そのままもむもむ口の中身を噛み締めて飲み込めば、本当によく食べるなァ、と傍らのナマエが呟く。
エースが賞金首だから寄ってきた筈なのに、他の賞金首を差し置いて変なことばかり言うナマエへエースが怪訝そうな目を向けると、それに気付いたのか困ったように笑ったナマエはごそごそと自分の鞄を探り出した。
「えっとー、これじゃない、これじゃない、これじゃない……あった」
「ん?」
ごそごそと荷物を探りながら呟いたナマエがそのまま取り出したのは、どう見てもエースの手配書だった。
金額からして、かなり初期に出回ったものだ。
ぱちりと目を瞬かせたエースのほうへそれを向けて、更に取り出したらしいペンを差し出したナマエが、にかりと笑って言葉を放つ。
「サインくれ」
「…………おう?」
何故海賊にサインなどねだるのだろうか。
よく分からないままに、とりあえずエースは借りたペンで自分の顔の横に名前を書いた。
マルコによく汚いと言われるのたくった字が綴ったそれを見下ろして、ありがとうなと嬉しそうに言い放ったナマエが手配書を仕舞い直す。
やはり、どうやらエースの横に座る彼は変わった男らしい。
更に料理を口へ運びながらそんなことを考えていたエースの傍らから、ナマエが立ち上がった。
「それじゃ、俺そろそろ行かないと。会えて嬉しかった」
そんな風に言いつつ鞄を持ち直して、自分が先ほど座った椅子を戻したナマエは、ああそうだ、と言葉を落とした。
何事かとエースが見上げた先で、エースの顔を見下ろしたナマエが、先ほどと同じ笑顔を向けてくる。
「エースは今隊長なのか?」
「んぐ」
問われて怪訝そうにしながらもエースが頷くと、四番隊にサッチっていないか、とナマエが更に訊ねる。
船のことを探ってくるようなナマエの言葉に、エースの目が少しばかり眇められた。
やはり、ナマエは賞金稼ぎか何かで、実は白ひげを狙っているのか。
少しばかりとがったエースの視線に気付いたのか、別に変な意味はないって、と慌てて口を動かしたナマエが、そのまま言葉を続ける。
「もしかしたらそろそろかもしれないから、注意してやって欲しいと思って」
「……注意?」
「そうそう。正確な時間が俺には分からないけどさ」
「何の話だよ」
「サッチが悪魔の実を手に入れたら」
ぽつりと呟いて、少し考えるようにしたナマエが続きを零す。
「その実を食べる前に殺されるかも」
唐突過ぎる言葉に、エースは目を瞬かせた。
縁起でもないことを言い放ったナマエは、そんなエースを見下ろして困ったように頭を掻いた。
「実は俺、少しだけ未来を知ってるんだ」
頭がおかしくなったかのようなことを言い放つナマエの顔は、けれども真剣だった。
もしも万が一ナマエの言葉が本当なのだとしたら、エースの『家族』に危険が迫っているということになる。
食事の手を完全に止めたエースが、誰がそんなことをするんだ、と問いかけると、ナマエは最初から答えを用意していたような顔をして答えた。
「エースも知ってる奴だと思うよ」
名前は言えないけど、と呟いたナマエにエースが眉を寄せたが、それ以上追求されるのを恐れるように、じゃあね、と言ったナマエは足早に店を出て行ってしまった。
追いかけることも出来ずにそれを見送って、エースはその視線をテーブルの上へと戻す。ホカホカと温かい食事たちが、いじましくエースを見上げている。
頭のおかしい男の戯言だ。そうに違いない。
そう思ったのにどうも頭にその言葉が引っかかってしまったのは、言い放ったナマエの目が、随分と真剣だったからだ。
うーむと唸りながら食事を続けていたエースは、それから目の前の料理に突っ伏して眠り込むまで悩み続けて、起きてからも聞いた言葉を忘れることが出来なかった。
※
「……あれ、エース」
アラバスタで遭遇した男は、エースの姿を見つけてその目を瞬かせていた。
人のサインを手配書に願った、一風変わった彼を見やって、よう、と声を掛けてエースは笑った。
前と違うエースの様子に気付いた様子もなく、近寄ってきたナマエがエースを見上げる。
「こんなところで、どうしたんだ?」
「お前を追ってきた」
不思議そうな問いかけへそうエースが返事をすれば、ナマエが戸惑いをその顔に浮かべる。
相変わらず貧弱なその腕を捕まえて、エースは片手でテンガロンハットを軽く抑えた。
「オヤジがお前に会いてェってさ」
「え?」
「おれが話したからだけど」
不思議そうなナマエを気にせずそんな風に発言して、エースの手がぐいとナマエの腕を引く。
そのまま歩き出したエースに引き摺られて、同じように歩き出したナマエが、エース? と少し慌てたようにエースの名前を呼んだ。
けれどもそれすら気にせずに、エースは港のほうを目指す。隠してあるストライカーに飛び乗って、ナマエをモビー・ディック号まで連れて行くのがエースの役目だ。
「俺、何かしたか?」
どうして自分が腕を掴まれて引っ張られているのかが分からないのか、そんな風に発言したナマエがエースの後を追いかける。
歩きながらちらりと後ろを見やったエースは、何言ってんだよ、と少しの呆れが滲んだ声を出した。
「お前が言ったんだろ、あー、ナマエ?」
たった一度しか会った事の無い相手の名前を呼んでから、エースはにかりと笑う。
サッチが誰かに襲われる、なんて縁起でもないことをあの日エースへ言ったのは、確かにこのナマエだった。
縁起でもない台詞に少し腹を立てて、けれども気になってしまったエースはそれから少しの間、海戦の度にサッチの様子をそれとなく見ていた。
そうして、悪魔の実を手に入れたサッチを、二番隊員であるティーチが襲おうとするところまでを確認したのだ。
サッチを庇ってティーチに刺されたエースが無事だったのは、その体が悪魔の実によって炎に変質するものだったからだった。
怒りに燃えたエースの攻撃はティーチを倒すと同時にサッチの持っていた悪魔の実を灰にして、そのまま海へと返してしまった。
エースよりもずっと昔からモビー・ディック号に乗っていたティーチが、白ひげの顔に泥を塗るところだったのを退けられたのは、ナマエがエースへあんなことを言ったからだ。
そう話したエースに、なるほど会ってみてェなァ、と白ひげが言ったのが三週間ほど前のこと。
すぐさまストライカーで飛び出したエースは、特徴も無い変わった男の足取りを追いかけて、今はこうしてその手にナマエの腕を掴んでいる。
「おれはサッチを死なせなかった」
囁いたエースの言葉に、掴まれていたナマエの腕がぴくりと反応する。
それを受けてナマエの顔を見たエースは、にかりと笑って見せた。
「お前のおかげだ」
そんな風に囁いて、腕を引きつつ足を動かせば、しばらくエースの顔を見ていたナマエが、抵抗するように引っ張っていた腕の力を抜いて、先程より少し歩く速度を早くする。
最終的に隣に並ぶようになって、そのまま足を動かしながら、片腕を囚われたままの男が呟いた。
「……白ひげ海賊団の手配書何枚か持ってるんだけど、サインくれるかな?」
「もらえるだろ、多分」
かの白ひげ海賊団に会いに行くというのに、そんなことを心配するのはグランドライン広しと言えどナマエくらいなものだろう。
相変わらず一風変わった男であるナマエへけらりと笑って、エースはそのままナマエを連れて、ストライカーを目指して足を動かしていった。
end
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