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委細承知なので(1/9)
おてがみシリーズ
※微妙に名無しオリキャラ注意
※微妙にクザ誕
※麦わらの一味と遭遇
※出血・暴力・身体欠損の表現があります



 海の上を、からからと自転車が走る。
 非現実的ながら、もはや日常の中に組み込まれてしまった超常現象の最中、ナマエはいつものようにその自転車の後部席に座っていた。
 一生懸命自転車をこいでくれているのは、海の上に氷を張って足場を作っている当人と同一人物だ。
 普段ならナマエはその後ろにただ座って、あれこれと世間話をしているだけなのだが、今日ばかりは違っていた。
 後方から、ひゅるるると風を切る音がする。

「うわっ」

 聞こえた音に思わず声を漏らしたナマエは、手に触れている服を握りしめた。
 海原を逃亡する自転車の上、ナマエの後方へだばんだばんと音を立てて海へ落ちていくそれらは砲撃による砲弾ではなく、マグマの塊だ。
 音を聞く度に体を固くするナマエを背中に許して、あらら、と自転車をこぎ続ける男が言葉を零した。

「今日のサカズキは、いつもより随分しつけェな」

「そ、そうですね……っ」

 呆れたように声音を零しながら後ろに大きな氷を張り巡らせるクザンの言葉に、ナマエも頷く。
 そのままちらりと後ろを見やると、いくつも重なりあちこちが砕けた氷を通した遥かむこうに、恐らく軍艦だろう黒い影が見えた。
 そちらから飛んでくるマグマの塊は、それすなわちその船に海軍大将と呼ばれる男が乗っているという証だ。
 ナマエとクザンが揃ってその首に賞金を掛けてからというもの、あちこちで海軍の船が元海軍大将であるクザンを追いかけるようになった。
 そのうちでも追われるととても大変なのが、海軍大将の残り二人のどちらかが乗っている船に出くわした時だ。

『あらら……海軍大将が、そんなに本部を離れてどうすんの』

『おどれがそれを言うか、ふざけた話じゃァ』

 つい先ほども砂浜でそんな言葉を交わして、それからすぐに戦闘が始まってしまった。
 クザンは浜辺をいくらか氷漬けにし、同行者の一匹を逃がしてから降り注ぐマグマをかいくぐって逃げ出していて、ナマエもその腕に掴まれて逃亡した。
 一番先に逃がした超ペンギンは、そのまま海軍の手が届かない海の中を進んでいったはずだ。
 『待ち合わせ』を決めてある島は別の方向だが、後を追いかけて来ている海兵達を撒いてからでなくては意味がない。
 熱で少しばかりちりりと焦げてしまった髪を触って、ナマエの手がそのままそっと自分の肩に触れる。
 いつもだったらそこにある重みが無いのは、つい先ほどの一件で、その荷物がマグマに焼かれてしまったからだった。
 大きな荷物は大体クザンやキャメルが持っているため、ナマエの鞄に入っているのはナマエの私物がほとんどだったのが幸いだ。

「さァて、どうするかねェ」

 いつもより速度を上げて自転車をこぎ、前へと氷を張りながら、クザンが呟く。
 先ほどからいくつか島を迂回しているのだが、かの海軍大将はいまだに諦めるつもりが無いらしい。
 離れた分マグマが届く回数は減ってきてはいるが、どこかに身をひそめる必要があるだろう。

「クザンさん、大丈夫ですか?」

 ずっと自転車をこいでいる相手にナマエが尋ねると、まあこのくらいは平気だけど、とクザンはさらりと答えた。
 しかし、ずっと同じ速度で自転車をこいでなんていられないだろう。

「ちょっとだけご迷惑を掛けちゃうかもしれませんが、島に入った方がよくないですか?」

「あー……そうだねェ……」

 ナマエの提案に、気は乗らない様子ながらもクザンが頷く。
 何かを考えるようにその指がハンドルを握りなおして、それじゃあこっちだ、と紡いだ言葉と共に海の上に張られる氷の角度が変わった。
 目くらましのようにあちこちに大きな氷をはやしていきながら、クザンの足がペダルを踏む。
 自転車がゆるりと曲がるのを感じて、ナマエはあらためて両手でクザンの服を捕まえた。
 それを受けて、ハンドルを離れたクザンの片手が後ろ手にナマエの片手を捕まえて、ぐいと引っ張る。
 そのままナマエの体が少し前に倒れて、ナマエの顔がクザンの背中に押し付けられた。
 わあともぎゃあともつかない声を短く漏らしたナマエをよそに、つかんだその手を自分の腹側に回させたクザンが、ポンポンとその手の甲を軽く叩く。

「ちょっと目くらまししながら行くから、おっこちねェようにしっかり捕まってなさいや」

「は……はい……」

 顔を押し付ける格好になり、顔を横向きにしたところで響いたその声に、ナマエがおずおずともう片手もクザンの腹側に回す。
 ぎゅっとしがみ付くようなその姿勢は、この逃亡生活が始まった頃だったら、自然と出来ていたはずのものだった。
 クザンの後ろから落ちたらナマエは海へ浸かるしかないのだから、自身の安全を考えればその姿勢が最も安心だ。
 けれども最近それが出来ないでいるのは、ひとえに、ナマエ側の事情によるものだった。
 何せ、ナマエは目の前の相手に、恋愛感情を抱いている。
 かといって男同士、口にしたってどうにもならない感情だ。
 言ってしまえば今のこの関係は終わるのだろうと思うと、口にしていいとも到底思えない。
 案の定、意識した途端にじわりと顔が熱を帯びた気がして、どきどきと心臓が弾む速度を速めた気がする。
 しかし今はこれだけ怖い状況にいるのだから、きっとクザンだってナマエがどれほど心臓を速めていたって気にしないだろう。
 勝手にそう結論づけて、それならばとどさくさに紛れて両腕の力を強め、ナマエはぎゅっとクザンに縋り付く。
 案の定、ナマエのそれに動じた様子もなく、ハンドルを握りなおして針路を切り替えたクザンは、先ほどより自転車を進める速度を上げた。







 大きな島に紛れ込んでどうにか人心地つくことができたのは、その日の夕方頃だった。
 何度か島を迂回したのが良かったのか、クザンが島の反対側に張った陽動のための氷に引っかかってくれたらしい軍艦は、そのまま島を通り過ぎて行ったようだ。
 数日潜んでから次に針路をとろうとクザンが取り決めて、ナマエが頷く。

「それで、もう少し遅くなったら、買い物にでも行こうじゃねェの」

「買い物?」

「荷物焼けちまったでしょうや」

 首を傾げたナマエにクザンが言葉を落とす。
 寄越されたそれに、ああ、と声を漏らしたナマエの手が、確かめるように自分の肩に触れた。
 海軍大将『赤犬』の面前から逃げる時に落とした荷物は、振り向いたときにはマグマの餌食になっていた。




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