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キャンペーン終了のお知らせ(2/2)


「…………手違い!!」

「手違い?」

 思わず上げてしまった声に、マルコ隊長が怪訝そうな声を出した。
 その体にぐっと片手を押し付けて、どうにか距離をとろうと体を後ろへ傾ける。

「いや、違うんです、マルコ隊長、それはあの、勘違いでっ!」

 なんて恐ろしい事態だと、俺は必死になって言葉を重ねた。
 薬のことを聞いてすぐに一度頭に過って、そして最後に待っているのは破滅だけだと認識した状況だ。
 どうやらマルコ隊長は、あの薬の効果が出ているらしい。
 対象は俺だ。

「おれがお前を好きだってのが、勘違いだって?」

 そりゃあねえだろよい、と呆れたような声を零したマルコ隊長が、わずかなため息を俺の向かいで零す。

「振るんならしっかりそう言って振るのが礼儀だろい」

「いや、振るとか、そういう以前にですね……!」

 慌てて言葉を紡ぎつつ、俺はマルコ隊長の手を自分の肩から引きはがす努力をした。
 しかし、マルコ隊長には俺のことを逃すつもりがないのか、いまだにしっかりと俺の肩を掴んでいる。少し痛いくらいだ。俺も結構鍛えてきたつもりなのだが、やはりマルコ隊長にはかなわない。
 どうしよう、なんていう焦りが背中を冷やして、俺はばくばくと心臓が跳ねるのを感じた。
 マルコ隊長が俺に抱くその感情は、ほんの少しの時間で消えてしまうようなものだ。
 夢から覚めたマルコ隊長の反応が恐ろしくて、受けることなんて出来る筈もない。

「……おれが嫌いかよい」

 だというのに、暗闇から落ちるマルコ隊長の声がとても寂しそうで、もはや悲鳴も上げられなかった。
 安易に薬を使った自分を殴りたくても、過去には戻れない。
 どうしようかとぐるぐる頭の中で考えて、は、と俺は短く息を吸い込んだ。
 そうだ。マルコ隊長のこれは、一日や二日で消えてしまう感情なのだ。

「か……考える時間をください!」

 それならばと、ひねり出した言葉はなんとも良い選択のように思えた。
 時間を置けば、マルコ隊長の中の『俺を好きな気持ち』は消えてしまうだろう。
 その後はそ知らぬふりでもしておけば、マルコ隊長だってわざわざ墓穴を掘りには来ないに違いない。
 時間? と尋ねてくる暗闇の中の相手に、はいと答えて首を上下に振る。相手には見えないだろうが、俺の肩を掴んでいるマルコ隊長なら俺の様子も感じ取れるはずだ。

「その、きゅ、急なことですごくびっくりしたので! えーっとあの、二日……いや三日! 三日くらいください!」

「……ずいぶんと長くねェかよい」

「せっかちですよマルコ隊長!」

 落ち着いて考える時間が必要なんですよと悲鳴じみた声を上げて、暗闇の中で目を凝らす。
 俺の言葉に、少し間をおいてから、マルコ隊長がため息を零した。
 その手の力がようやく緩んで、俺の肩が解放される。

「…………仕方の無ェやつだよい」

 三日だな、と念を押してくる声に、こくこくとまた頷く。
 しかし、これは相手に伝わらないだろうということにもすぐに気付いたので、はいと言葉で返事もした。

「流されちまえばよかったのに。大体、おれが拾ったんだからおれのモンになるのが当然だろい」

「なんてことを……!」

 暗闇の向こうの相手がなんとも酷いことを言うのに身を引くと、冗談だよい、となんとも冗談じゃない声音を零したマルコ隊長が言葉を紡ぐ。

「三日以上は待たねえよい」

「はい!」

「受けるんでも振るんでも受けるんでも、ちゃんとその口で返事しろよい」

「はい!」

「受けた時は、好きな女のことは諦めろよい」

「は! ……い?」

 何か不思議なことを言われた気がして、相槌のように返していた返事に戸惑いが滲む。
 俺のそれを聞き、は、とわずかな笑い声を零したマルコ隊長が、俺の頭に軽く触れた。
 それからそのまま頭を掴まれ、ぐいと引き寄せられながら顔をひねられて、首が変な風な音を立てた。

「いっ」

 痛みに呻く俺を気にせずに、ちゅ、となんともわざとらしい音を立てた口づけが、頬のあたりに送られる。

「三日だ」

 待っててやると言葉を落とされて、俺の頭を解放したマルコ隊長は、そのまま倉庫の扉を開けた。
 暗闇に慣れつつあった目に通路の光が眩しく、思わず目を眇めた俺の視界で、マルコ隊長がさっさと通路に出て行ってしまう。
 倉庫の中でそれを見送る形になった俺は、先ほど柔らかいものが触れたあたりにそっと片手を押し当てた。
 マルコ隊長は、好きな相手にはキス魔になるのかもしれない。
 これはまるで知らなかった情報だ。俺の作戦がうまくいっていたらそこいらじゅうで恋人のナースとキスを繰り広げていたのかもしれないと考えると、それはそれで胸が痛い。

「…………あ、しまった。口にも一回くらいやってもらえばよかった……」

 嵐が去ってみるとそんな惜しむ気持ちがやってきて、俺はぽつりとそんなことを呟いた。
 しかしまあ、効果が切れた後に顔を合わせることを考えると、しなくて正解だったような気もする。
 男にキスしたなんてマルコ隊長のプライドが許さないかもしれないし、俺の想いまでばれて『仕組んだこと』だと知られたらやっぱり嫌われる。
 マルコ隊長が軽蔑の目を向けてくるところを想像して、勝手に一人で体が冷えた。
 震えた手の力が緩んで、ずっと抱えていた酒瓶が掌を滑り落ちる。

「いった!」

 ごつ、と落ちたその酒瓶の底が俺の足の甲を直撃して、天罰を食らわせた。
 足を押さえてしばらくうずくまった俺の視界が滲んだのは、それがとんでもなく痛かったからだ。







 恐るべき日から三日が経った。
 途中で薬の効果が切れたはずだが、その間のマルコ隊長は、今までと何も変わらずに俺と接してくれていた。
 薬の効果中のことは記憶から消えないと聞いていたが、そのことだっておくびにも出てこない。
 もし何か言われたら『酒が入ってましたもんね』と笑って流すと決めていたのだがそれも無かったので、マルコ隊長は『なかったこと』にしたいんだろうと俺は判断した。
 しかし仕方ない。男に告白してキスを迫ったなんてこと、マルコ隊長だって忘れたい出来事のはずだ。
 それなら俺だってそれに倣って忘れておく方が、大人の対応というものだろう。
 結局、俺の恋心はそのままだ。諦めようキャンペーンはまだまだ継続していかなくてはならないらしい。

「ふあ……」

 今日も遅くまで仕事をして、あくびをしながら通路を歩く。
 明日は朝早くから食事の仕込みの当番だ。疲れたし早く眠りたい。
 そんなことを考えて足を動かしていた俺は、大部屋に続く通路を歩き進んで、そしてぴくりと体を揺らした。
 なぜなら、先日のあの倉庫のすぐそばで、マルコ隊長が壁に寄り掛かるようにして立っていたからだ。
 腕を組んだ相手が、ちらりとこちらを見る。

「マ……マルコ隊長……?」

 どうしたんですかそんなところでと、へらりと笑いつつ伺ってしまったのは、マルコ隊長の顔がいつになく厳しいものだったからだった。
 怖い顔をされる理由はなんとなくある。
 薬のことが知られてしまったんだろうか。
 悪戯にしたって度が過ぎたものだった。怒られる覚悟はしなくてはいけない。想いにさえ気づかれなければ、嫌われたりはしないと、思いたい。

「どうしたじゃねェよい」

 近寄った俺に向けてそう言い放ち、マルコ隊長が組んでいた腕をそのままに、こちらへ向けている左手の指をひょいと立てた。
 人差し指と中指と薬指がわずかに揺れて、戸惑って見つめた先で、マルコ隊長が言葉を紡ぐ。

「三日だ」

「………………えっ」

 そうして放たれた言葉に、俺は思わず身を引いた。
 三本の指を立てたままのマルコ隊長が、お前が待てって言ったんだろい、と眉を寄せて言葉を紡ぐ。
 どことなく不満そうなその顔に、さらにもう一歩足を引こうとすると、素早く伸びてきた手が俺の腕を捕まえた。
 ぐいと引っ張られてはかなわず、マルコ隊長のすぐそばに引き寄せられる。

「返事を寄越せって言ってんだよい」

「へ、返事って、あの、その」

「なんだ、もう一回言われたいってのかい」

 仕方のない奴だと言葉を落として、マルコ隊長が俺の顔を覗き込む。

「おれァ、お前が好きだ。だからおれのモンになれよい」

 一字一句違わず、あの時と同じ言葉を紡がれて、さらにわけが分からなくなった。
 もうあれから三日が経つのだ。
 薬の効果というのは切れているんじゃないだろうか。
 それともまさか、あの薬の効果というのはもっと長いものだったのか。
 戸惑いと恐ろしさに腕が震えて、俺のそれに気付いたらしいマルコ隊長が、少しだけその目を伏せた。
 けれどもそれから、すぐに視線が戻される。

「あんな薬まで使って落としたい相手ってことは、見込みがねェんだろい。だったらおれにしとけばどうだよい」

 さらりと寄越されたその言葉の衝撃は、計り知れないものだった。
 体が固まり、瞬きすら忘れた俺の前で、おれが飲んじまったのは悪かったが、とマルコ隊長が言葉を紡ぐ。
 薬、というのはつまり、あの日俺が飲み物に混ぜた『惚れ薬』のことだろうか。
 何故それをマルコ隊長が知っているんだろうかとか、分かっていて飲んだのかとか、いろんな疑問が頭に浮かんだ。
 しかしそれよりも、さらにわけの分からないことがある。

「飲んだ、のに……効かなかったんですか」

 あの薬を飲む前も飲んだ後も、効果が切れただろう今になっても、マルコ隊長の態度はいつも変わらなかった。
 様子がおかしかったのはあの倉庫での一件くらいだ。
 効かなかったのだとすれば、どうして俺に『好きだ』なんて言ったんだろう。
 薬なんて持ち出した馬鹿な俺を懲らしめるためだろうかと考えればそれがしっくりくる気がして、身勝手なことに胸が痛い。
 だけどこんなの、自業自得だ。

「効くわけねェだろよい、あんなもの」

 俺の腕を掴んだままで言葉を放ったマルコ隊長に、やっぱり、と顔を伏せる。
 そんな俺の横で、マルコ隊長が言葉を続けた。

「惚れてる相手にもう一回惚れたところで、何も変わらねえよい」

「………………………………え?」

 あっさりと、何かとても重要で理解不能なことを言われた気がする。
 戸惑いのままに顔を上げると、マルコ隊長がこちらの顔を覗き込んでいた。
 真剣な眼差しに射抜かれて、瞬きをする。

「ナース達の誰に飲ませるつもりだったんだか知らねえが、おれの方が大事にしてやるから、おれにしろよい。なァ、ナマエ」

 男相手に優しく落ちてくるその言葉に、じわじわと現実感が押し寄せてきた。
 俺の腕を掴んでいる感触は本物で、目の前には間違いなくマルコ隊長がいる。
 その目は俺のことを真剣に真っすぐに見つめていて、そしてその口が俺の名前を呼んでいる。
 思わず動いた手が自分の頬を引っ張っていて、痛みにすぐに手を離した。

「……何やってんだよい」

「いや、あの、夢かと思って」

「へえ」

 片手で痛む個所を軽く摩って答えた俺に、マルコ隊長が適当すぎる相槌を打つ。
 俺の腕をつかんでいない方の手が俺の掌の上から俺の頬に触れて、俺の顔を掴んで上向かせた。

「もう少しマシな確かめ方にしろよい」

 そうして言葉と共に、その顔がこちらに近付いてくる。
 思わず目を見開いたところで、もはや逃げられない。
 まだ返事もしてないのにとか、悲鳴すら出せなかった俺は後で必死になって抗議した。

「顔に書いてあっただろい」

 しかしながらとても嬉しそうな顔でそんな風に言われては、両手で自分の顔を隠す以外の選択肢はなさそうだった。



end



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