キャンペーン終了のお知らせ(1/2)
※偉大なる航路ご都合主義注意
※主人公は白ひげクルーで無知識トリップ主
※名無しオリキャラがちらっと注意
突然だが、俺は『惚れ薬』なるものを手に入れた。
「……うわー……マジかァ……」
一人になろうと移動した倉庫の一室で、小さく呻き、しげしげと手の上のものを見つめてしまうことすでに十数分。
最近マメも小さくなりつつある俺の掌であっさりと隠せてしまうくらい小さなそれは、ファンタジーなゲームや漫画でよく見るような薬瓶の形をしていた。
ガラス製らしくひんやりとした感触がして、透明な瓶の中にはいかにもなピンクの液体が入っている。
おおよそ一口分のそれが『惚れ薬』だというのだから驚きだ。
どこでそんなものを手に入れたのかと言えば、つい先ほど、いつもは本船にいない『兄貴分』の一人から放って寄越されたものだった。
『面白ェもん手に入れたからお前にやるよ』
扱いには気をつけろよといくつかの注意事項を口頭で言いながら押し付けてきたあの海賊が、なんのつもりで俺にそんなものをくれたのかはよく分からない。
いわく、飲んだ後、最初に三秒以上見つめた相手に『惚れる』。
ただし効力はおおよそ一日から二日。
そしてその間の記憶が消えるなんて言う都合のいい話はない。
つまり、自分が好きな相手に飲ませて相手を惚れさせ、一日やそこらで良い関係に持ち込めたならばその後もうまいことなし崩しに出来るかもしれないという、とんでもなく恐ろしい薬である。
俺が生まれ育った世界とは化学も医学もまるで別物の進化を遂げているこの世界のことだから、『ありえないもの』だと言い切れないのがまた恐ろしい。
他の誰かに渡すのすら憚られる薬品だ。海に捨ててしまった方がいいかもしれない。
「……うう……」
だというのについつい掌の薬瓶を握りしめてしまったのは、『好きな相手』というものが、俺にもいるからだった。
かといって、こんな卑怯なもので相手を振り向かせられるとは思えない。
俺がそんなことをしたところで、効果が切れた途端に違和感を抱くだろうし、仕組んだことが知れたら嫌悪されてしまうだろう。本来なら俺のことを好きになってくれる可能性なんてありえないのだから、気付かれない筈もない。
自覚してから早半年、絶賛諦めようキャンペーン中なのだが、人間の心というのはうまくいかないものだ。
当たって砕けろと人は言うが、それはわずかでも砕けないかもしれないという可能性を希望として抱いているからこそできることなのだ。
今までずっと砕けてきたし、今更期待なんてしちゃいけないものだ。
砕けた後には何も残らない。
そして俺は、出来れば、好きな人から嫌われたり気持ち悪がられたりしたくない。
「……あ」
そんなことを考えて、はた、と一つの名案を思いついた。
これは恐ろしい薬だが、俺のためにもなるとても効果的な使い道が、一つだけ残されているのではないだろうか。
「何してんだよい、ナマエ?」
「ひっ!」
後ろからひょいと肩口に頭を乗せられて、変な声が口から漏れた。
思わず飛び上がってしまって、俺の肩が顎をかすめたらしい相手の方からも痛そうな声が漏れる。
慌てて手にあるそれを握って隠しながら振り向くと、片手で顎を摩りながら怪訝そうな顔をしている相手がそこにいた。
「なんだ、驚かせたかい」
「あ、いえあの、はい、びっくりしました」
すみませんと謝りつつ、空いた手で軽く自分の胸元を押さえる。
口から心臓が出たかと思ったが、俺の掌にはきちんと自分の鼓動が感じられた。心臓はまだ胸の内にあるようだ。
そいつは悪かったと軽く笑って答えたのはマルコ隊長だ。
少し変わった髪型をしていて、胸元に大きな刺青を入れている。体はしっかりと鍛えられていて、何と驚くことに火の鳥に変身できる不思議人間だ。
彼は俺が知る限りでもとんでもなく強い海賊で、俺の命の恩人だった。
この人がいなかったら俺は多分今頃海の藻屑だったはずだし、必死に縋り付いた俺を蹴飛ばしていく非情さをこの人が持っていなかったから、俺は今こうして白ひげ海賊団でクルーをやっている。
偉大なる航路、なんていう名前の太平洋も大西洋もないこの異世界で、いつか帰る方法を見つけるまで、なんていう目的を抱いた俺のことを気にかけてくれて、一緒に『帰る方法』すら探してくれている、とんでもなくいい海賊だ。
そして、俺の意中の相手である。
「何持ってんだよい?」
「あ、あー……えっと、なんかそう、お土産らしくて」
俺が手に持っているものを見とがめたらしい相手に、少しだけ隠すべきかどうか逡巡して、俺はそっと手に持っていた薬瓶を相手の方へと向けた。
桃色の液体が薬瓶に入ったそれをみて、少しだけ瞬きをしたマルコ隊長が、それから首を傾げる。
少しばかり幼い仕草に、可愛いなあとか好きだなあとかそんな馬鹿な考えが浮かんだが、慌てて思考から打ち消した。
「……何だよい? 薬?」
「く! 薬っていうか、ええとあの、疲労回復ドリンクだそうです」
ラベルも無いそれの正体が分からなかったらしい相手に、思わず出たのは嘘だった。
最近俺が疲れてるようだからと気を使ってくれたとか、そんな言葉を並べてポケットへ押し込むと、そうかい、とマルコ隊長が軽く笑う。
「じゃあさっさと飲んだらどうだよい」
「勿体ないんで、もっと疲れたときに飲みます」
「へえ?」
それじゃあもっとこき使ってやらねえとなと言葉が続けられて、やめてくださいと思わず悲鳴を上げる。
俺のそれに楽しそうな顔をしてから、伸びてきたマルコ隊長の手がぽんと俺の肩を捕まえた。
「まあそれより、そろそろ宴の準備だ。さっさと行くよい」
「は、はい!」
楽しそうな言葉に大きく頷いて、促されるままに倉庫から出るべく足を動かす。
ポケットの中が少しだけ重たかったが、気にしないことにした。
※
マルコ隊長はモテる方だと思う。
強いし優しいし戦う姿は男らしい。
俺はまだ見たことが無いが、有名な『海賊』から誘われても断り続けているというのはオヤジと呼んで慕う『白ひげ』を本当に好きだからだろうと分かるし、俺や他の『家族』達に厳しいことを言う時だって理不尽は感じなかった。
もちろん海賊らしいズルさも時々顔を覗かせるが、それはそれで格好いいので卑怯だ。
正直マルコ隊長がどのくらい格好いいかについてはナース達と何度か議論を交わしたことがあるし、これは勘だが、ナースの中にも何人か、マルコ隊長に惚れ込んでいる女性がいる。
彼女達もいい人達だ。
スカート丈は正直もうちょっとどうにかならないのかと思わないでもないが、優しいし強いし頼りになる。
だから、そんな彼女達の中の誰かとマルコ隊長がくっついたなら、それはとても素晴らしいことなのではないか。
相手が女の子なら、マルコ隊長だってぐらっと来るだろう。『家族』の中にはそうやってカップルになっている人達もいるらしい。
これをきっかけにマルコ隊長が誰かと付き合い出したら、さすがに俺だって諦められるに違いない。
次こそは、女の人を好きになろう。
金髪で足がきれいで唇が厚くて優しいお姉さんが、なんとなく今の俺の理想だ。
かといって、正々堂々であることを好む嫌いのある彼女達にこの薬を渡したところで、馬鹿ねと詰られたり頬をつねられたりすることは想像に難くなかった。
だからこそ、俺は勝手をすることにしたのである。
「お酒追加でーす」
「おう、気が利くねい」
離れていた船が本船に合流したことを祝う宴では、いつも通り甲板の上は人が入り乱れていた。
今日はナース達もあちこちで輪に入っている。マルコ隊長の向かいにも数人いた。
彼女達がひざ掛けをしているのは、短いスカートのままで座ったのに俺が思わず思い切り顔を逸らしてしまって、それに気付いたマルコ隊長が笑って用意させたからである。
下っ端らしく甲斐甲斐しく給仕をしていた俺が酒の入ったグラスのトレイを差し出すと、狙い通りマルコ隊長の手が俺が持ってきたグラスの内の一つを手に取った。
ありがとうと口にしながら手を伸ばしてきたナース達も可愛らしいカクテルグラスを手に取っていき、空になったトレイを手にしたままマルコ隊長の近くに腰を下ろす。
ごくりと水を飲む音が耳に届いて、おいてあったグラスを手に取りながら、俺はちらりと側を見やった。
マルコ隊長は、俺が運んできた酒をおいしそうに飲んでいる。
それを確認して、それから向かいに視線をやった。
ひざ掛けをしている三人のナース達は、そろいもそろって系統の違う美人ばかりだ。
三人が三人とも本船にいるナースで、俺の勘が正しければ、間違いなくマルコ隊長のことが好きだったはずだ。
見守る愛もあるのよと微笑んでいたのは茶髪の彼女だったが、マルコ隊長の方が惚れ込んだなら、それを無下にすることだって無いだろう。
それにしてもよく食べてよく飲む人達だ。追加の料理も持ってきた方がいいだろうか。
「あいた」
そんなことを考えていたら、ぺちりと軽く頭を叩かれた。
思わず見やれば、マルコ隊長が酒の入ったグラスに口を触れさせたままでため息を零している。
「人の方ばっか見てねェで、お前もちゃんと食って飲めよい」
「た、食べてます」
「嘘つけ」
全然減ってねえよいと唸られて、慌てておかれていたフォークを手に取った。
それから確かにそれほど減っていない取り皿を持ち上げると、それを見たナース達がくすくすと笑う。
そうよこれも食べなさい、なんて言いながらひょいひょいと残り少ない大皿の上の料理を重ねられて、慌てて両手で取り皿を持ち直した。
「こ、こんなに食べられないです!」
「あら、大丈夫よ。海賊は体が資本だから」
それはまるで『大丈夫』の理由になっていない。
しかし、早く食べないと落としちゃうわよとまで言われては、片手で慎重に皿を持ち直しながらフォークを使う以外の選択肢は俺にはなかった。
そして、食べても食べても皿の上に置かれて行く料理に、なんだかこういう蕎麦があったよな、なんて懐かしいことを少しばかり思い出した。
※
宴の最中、マルコ隊長の様子は変わらなかった。
そういえばあの薬はどのくらいで効果が現れるものだったのかを聞いていないと思い出して、自分のうっかりさに少しばかり笑う。
ひょっとしたら、酒や他の食べ物の中に、薬の効果を無効にする成分でもあったのかもしれない。
それなら、俺が勝手にひっそりと行っていた作戦は、人知れず失敗したということだ。
結局諦めようキャンペーンは継続なのかとため息すら零しつつ片付けを手伝ったのは、ほとんどの人間が酔いつぶれた夜遅くだ。
俺達と一緒に飲んでいたナース達も引き上げてしまっていて、マルコ隊長ももう自室だろう。下っ端は下っ端らしく最後まで残っていたので、俺と他の数人で皿を片付けて、甲板をきれいにする。
「よーし、よく頑張ったな。ありがとうな、お前ら」
これはお駄賃だと笑ったサッチ隊長が小さい酒瓶を一つずつくれたが、酒はあまり飲まない方だ。
中身をちゃぷりと揺らして、いつか帰った時の土産にするためにしまっておくか、それとも誰かにあげてしまおうかと考えながら大部屋に戻るために通路を歩いていた俺は、倉庫の傍を通ったところでそこの扉が開いていることに気が付いた。
「あれ?」
中の灯はついていない。
誰かが開けっ放しにしたのかと考えながら、そろりと中へ入り込む。
「すみませーん、誰かいますか?」
閉じ込めたら悪いだろうと考えて声を掛けながら、真っ暗な倉庫の中を伺うように少しばかり奥へ進むと、唐突にバタンと扉が閉じた。
「え!?」
驚き、慌てて振り向いた俺の目には、何も映らない。
それでもどうにか目を凝らしてしまうのは、扉の隙間から入り込むわずかな灯があるからだ。
気付かなかったが船が揺れて扉が閉じたんだろうかとか、そんなことを考えながら恐る恐る闇の中で来た道を戻って、扉の方へと手を伸ばした。
けれども、硬い扉の感触があるはずの俺の掌に、何か少し柔らかいものが触れる。
柔らかいけどみっしりしていて、ついでに言えば少し温かいそれが、どうにも俺と扉の間に立ちはだかっているようだ。
さっきはこんなものなかったのに、と戸惑いつつ少し指を滑らせた俺のすぐ近くで、ふは、とわずかに笑い声がする。
「さすがにくすぐってェよい」
「……!? マルコ隊長!?」
落ちた声を俺が聞き間違える筈もなく、驚きのあまりその名前を呼んでしまった。
とすれば俺は相手のどこを触っているのか。多分腹のあたりだとは思うが、この滑らかな感触は人の肌のそれだったのか。
弾かれたように手を引き、なんでこんなところにとか、扉を閉めたのはこの人だったのかとか、いろいろと考えてうまく言葉の出ていかない俺の体に、マルコ隊長の手が触れる。
闇の中、ぐっと肩を掴んでくるその掌が熱くて、体が引き寄せられた事実に目を瞬かせていた俺の鼻先に、柔らかい何かが触れる。
「っ!?」
「おっと、間違えた」
酒の匂いのする吐息がすごく近くで感じられて、しかし何より本能的な危機を感じた俺が自分の口元を片手で覆ったのと、今度は手の甲に柔らかい感触が触れたのはほとんど同時だった。
これは何なのか、考えるまでも無いが、ぺろりと手の甲を舐められて確信し、な、と焦りの滲んだ声が出る。
「な、なな、なにしてるんですかマルコ隊長!」
「何って………………キス?」
「きす!!」
あっさりと答えを寄越されて、声が裏返った。
どうして、マルコ隊長が俺にキスなんてしようとしているのか。
しかも今の狙いはどう考えても唇だった。そんなところになんて、さすがにふざけてはやらない。人工呼吸も今は必要ない。
混乱の滲む俺の声音に、そういや順序があったねい、と言葉を零したマルコ隊長が、どうしてだか俺の肩を掴むその手に力を込める。
「あー……まァ、あれだ。ナマエ」
「は、はい?」
「おれァ、お前が好きだ。だからおれのモンになれよい」
放たれた言葉は、なんとも傲慢で海賊らしい。
しかし、喜ばしいはずのその発言にわずかに目を瞬かせた俺の体が震えたのは、喜びからではなかった。
宴の最中で、酒を飲んでいたマルコ隊長を思い出す。
何度目かの時に俺が運んだその杯には、あの薬が入っていた。
飲んだ後誰かを見つめればその人に惚れるなんて言う触れ込みの、危険な惚れ薬だ。
向かいには美人のナースが三人もいて、きっとそのうちの誰かを見るだろうと思っていた。隣に座ったのだって、万が一にも相手の視界に入らないようにするためだ。マルコ隊長は面倒見が良くて優しいから、向かい側にいたら俺を見るかもしれないと思ったのである。
『人の方ばっか見てねェで、お前もちゃんと食って飲めよい』
しかし、マルコ隊長のあの言葉は、俺の方を見ていなければ出てこない言葉じゃないだろうか。
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