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滲む愛はいつだってそこにあったの
※アニマル転生主人公はバナナワニ
※『全てを覚えているから』から続く連作設定
※仔バナナワニな主人公とクロコダイル



 クロコダイルがその島を訪れたのは、自分の船を襲いに来た身の程知らずの海獣を追いかけたからだった。
 小さな島へと乗り上げて最後の抵抗を示した相手を嘲笑して枯らし尽くし、船の出航を部下へと命じる。
 いくらか損傷を受けたという船に舌打ち、さっさと直せと唸ってクロコダイルが歩き出した小島は、木々が倒れ岩が砕け大地がえぐれ、先ほど死んだ海獣が暴れたおかげでずいぶんと酷い有様だった。
 食糧や水の補給には使えそうにない小島などどうなってもいいかと、そんなことを考えて葉巻を咥えて火をつけたクロコダイルの視界で、もぞりと何かが動く。
 それに気付いて視線を向けたクロコダイルは、土の挟間から覗く白いかけらに気が付いた。
 先ほどクロコダイルが殺した獣に踏まれたのか、それともそれ以外の何かが蹂躙したのか、つぶれて割れたそれはどう見ても卵の群れで、そこが何かの巣だったらしいことをクロコダイルへと知らせる。
 その中のうちで、幸運にも傷一つない卵が、ことことと小さく揺れている。すでに亀裂も入り、じきに中身が出てくることは明白だ。
 興味をひかれ、近寄ったクロコダイルの前で、やがて卵が音を立てて割れる。

「…………きゅう」

 高い鳴き声と、短い手足に、長い尾。
 爬虫類であることは間違いないその体は卵の中身だったからかぬるりと湿っていて、トカゲらしからぬ長い鼻先が土に触れ、周囲を確認するように首を振る。
 頭の大きさに対して目が大きいのか、黒く光に慣れていない目をしているのが分かった。
 頭の上には突起が生えていて、左右に端の伸びたそれが示すのは、その動物が何という名前なのかということだ。
 卵から出てきたのは、誰がどう見ても、猛獣バナナワニの子供だった。
 となれば、ここはバナナワニの巣があった島だということになる。
 近海にバナナワニがいるのか、と考え、早めにここを離れるべきだなと算段を付けたクロコダイルのすぐそばで、卵の外が珍しいのか、興味深げに体を動かしていた獣が、何かに驚いてびくりと震えてころりと土の上で裏返しになる。

「きゅ、きゅうっ」

 慌てたように身じろぎながらも、どうにも寝返りを打てないらしい間抜けさに、クハ、とクロコダイルの口から思わず笑い声が漏れた。

「運がいいわりに間抜けな野郎だ」

 言いながら片手を伸ばしてその体を捕まえて、寝返りを打たせてやる。
 自分がどうして元のむきに戻れたのか分からないのだろう、困惑をあらわに周囲を見回した仔バナナワニは、そこでようやくクロコダイルに気が付いたのか、小さな体をのけぞらせるようにしてクロコダイルを見上げた。
 黒いつぶらな瞳がクロコダイルをじっと見上げて、ぱちぱちと瞬きをする。
 爬虫類らしい感情の見当たらぬその眼差しを受け止めて、クロコダイルは少しだけ思案した。
 そうしてそれから、良いことを思いついてその唇に笑みを浮かべ、誰に聞かせるでもなく言葉を零す。

「バナナワニか。『ペット』にゃァちょうどいい」

 今はまだ小さく、可愛らしいとしか言えない見てくれをしているが、海王類すら食料とする獰猛な獣を飼いならせば、それはすなわちクロコダイルの武力の一つになる。
 この大きさから育つには年月がかかるだろうが、計画を進行させる間の片手間で出来ることだ。
 動物というのは本能に支配されている。欲求を満たしてやり、クロコダイルが『上』だと教え込めば、忠実な手足にもなれるだろう。
 何より、巨大で強大なバナナワニを従えるというのは、視覚だけでも十分な圧力があるものだ。
 無理をしているのか、のけぞったままぷるりと震えたその体に、屈んだクロコダイルの片手が伸び、鉤爪でその小さな生き物を引っ掛けて持ち上げる。
 無茶な姿勢をやめた仔バナナワニは、短い手足で必死にクロコダイルの鉤爪にしがみつき、改めてクロコダイルのほうを見た。
 クロコダイルが右手を動かしてその額に近付けても、噛みつくことなく接触を受け入れる。
 それどころか頭を撫でられて気持ちよさげに目を細めた相手に、ふ、とクロコダイルの唇が緩んだ。

「おれに従うなら生かしておいてやる」

 どうする、と尋ねはしたが、もとより手元のこの仔バナナワニに選択権などないのだから、意味のないことだっただろう。







 小さなそのバナナワニに、クロコダイルはナマエと名付けた。
 便宜上の呼び名が必要だと考えただけの適当な名付けだったが、仔バナナワニはしっかりと自分の名前を覚えたらしい。
 クロコダイルの掌に乗る程度の大きさしかなく、脳みそなど本当に小さなものだというのに、さすがに大きくなる生き物にはそれなりの知性がある。

「きゅ、きゅう、きゅ、きゅ」

 高い声で鳴き続けているのももしかしたらクロコダイルに何かを話しかけているつもりなのかもしれないが、生憎とクロコダイルは鰐語を修めていない。
 なんだ、と視線を向ければ、クロコダイルが用意させた巣箱の端によじ登ろうとしながら、小さなナマエがその目をクロコダイルへ向けていた。
 今はいけ好かない海賊に会いに行く前の休憩時間だ。わざわざ近寄ってやるのも面倒で、葉巻をふかしながらその様子を眺めていると、クロコダイルが近づくつもりが無いと分かったらしいナマエがまた鳴き声を零す。
 そうして、ついにその体が巣箱の壁を乗り越えて、べちゃりとそのまま床へと落下した。
 いくら毛足の長い絨毯が敷かれているとはいえ痛かったのだろう、きゅうともぐうともつかない鳴き声を零して身をよじったナマエが、少しの間動きを止める。
 見ていた限り首や体があらぬ方向に曲がったわけでもなさそうなので、クロコダイルは座ったままでその様子を眺めていた。
 大きな怪我をしたなら獣医を呼びつけるだけのことだが、多少の怪我なら雄であるナマエの勲章や経験になれど、大騒ぎするようなことでもない。

「……きゅっ!」

 やがて痛みから立ち直ったナマエが、奮起するように鳴き声を上げる。
 そうしてその体が絨毯の上を這い、クロコダイルの予想よりも早くクロコダイルのほうへと近づいた。動きからして、先ほどの落下で何処かを痛めたりもしてはいないようだ。

「どうした、ナマエ」

 一人掛けのソファに座ったまま、足を組んで頬杖をついたクロコダイルが、葉巻の煙と共に言葉を落とす。
 ナマエはたしかに獰猛なバナナワニだが、つい先日生まれたばかりの幼い体だ。
 例えばその口が人間を噛んだとしても手首すらかみちぎれはしないだろうし、もとより悪魔の実の能力者であるクロコダイルに、覇気すら使えない動物の攻撃など通じはしない。
 だからこその余裕で見下ろしたクロコダイルのつま先までやってきた小さなバナナワニが、その顎をとすりとクロコダイルの革靴の上に乗せた。

「きゅーう、きゅ」

 上目遣いにクロコダイルを見上げて、仔バナナワニが鳴き声を零す。
 自分の見た目がかわいらしい鰐であることを分かっているかのようなあざとさと甘えるような声に、ふん、と鼻を鳴らしたクロコダイルの足が少しばかり前へと動いた。
 顎の下を通り、その体の下へ差し入れるように足を移動させても逃げなかったナマエの体が、そのままクロコダイルの靴の上へと乗り上げる。
 そのまま踵をついてつま先を上げれば、ずるりと滑った幼い体がクロコダイルの服へとたどり着いた。

「構われたいなら登ってこい。ここまでな」

 足を組んだままのクロコダイルが、言葉と共に自分の膝を軽く叩いた。
 きゅう、とどことなく困ったような鳴き声を零した仔バナナワニが、それからもぞりと身じろいで、やがて急斜面となったクロコダイルの足を登り始める。
 人語をきちんと理解しているのかは分からないが、人の足をよじのぼる仔バナナワニにクハハと笑い声を零したクロコダイルは、そのままナマエを好きにさせていた。

「…………きゅう……」

「なんだ、根性の無い野郎だ」

 三度も途中でずり落ち、ついには拗ねてしまった小さなバナナワニを捕まえ、膝へ乗せて撫でてやったのは、ひたむきに構われようとしてきた相手に満足したクロコダイルなりの褒美である。
 恨めしげに見上げていたくせに、撫でられただけであっさりと流されて気持ちよさげに体を伸ばしたナマエという名のクロコダイルのペットは、なんとも単純で可愛らしいバナナワニだった。



end


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