全てを覚えているから
※微妙に成り代わり感有
輪廻転生だなんて言葉を信じるつもりは無かったが、どうやら俺は生まれ変わったらしい。
一番最初に俺が『俺』という自我を得たのは、暗かった『そこ』から、壁を必死でけ破って外へと這い出た時だった。
吸い込んだ空気は埃っぽく、明るさに眩みかけた目で必死にぱちぱちと瞬きをして、それから小さく声を漏らす。
「……きゅう」
うう、と唸ったつもりだった俺の口から漏れた可愛らしくも人とは思えない音と、そしてうまく立ち上がることが出来ず四つん這いという恰好でしかいられない自分に戸惑い、きょろ、きょろと周囲を見回す努力をしたところで俺が見たのは、自分とほぼ同じ大きさらしいいくつかの白い塊だった。
丸いそれらは全部がつぶれてしまっていて、中に入っていた何かが染みだして土の上へと染み出ている。
どうやら卵らしいが、その隙間から見える小さな前足が爬虫類のそれに見えて身を引いた俺は、視界に入った自分の体も同じようになっている、と気付いてびくりと体を揺らした。
慌てて身動きをした拍子に体がころりと裏返ってしまって、じたばたと必死になって暴れる。
「きゅ、きゅうっ」
一体何なんだと慌てている俺の体が、上から何かにガシリと掴まれた。
「運がいいわりに間抜けな野郎だ」
ふわ、と漂った嗅いだことのないにおいを伴わせた声が、そんな風に上から落ちる。
それと共にころりとひっくり返され、慌てて身じろいで周囲を確認すると、いつの間にか目の前に黒い柱が立っていた。
何だこれは、とゆっくりと見上げていって、そこに巨人が佇んでいると言うことを認識する。
煙を零す何かを口に挟み、とてつもなく海賊っぽい鉤爪を片腕に着けたその巨人は、どうも男であるようだ。
まだ慣れていない視界ではうまくその顔が認識できないが、こんなに大きな『人間』なんて、見たことが無い。
もしや俺は夢でも見ているのだろうかと思ったが、両足を置いた真下の土の湿り気や冷たさは、まさしく現実のそれだった。
どうすればいいか分からず固まっている俺をしげしげと見下ろして、『巨人』が言葉を落とす。
「バナナワニか。『ペット』にゃァちょうどいい」
言葉と共に身をかがめてきた『巨人』が、その鉤爪で器用に俺を引っかけて持ち上げた。
冷たい金属の感触を腹部に感じながら、高い場所へ連れてこられた事実に焦って出来る限りその鉤爪へしがみ付いた俺へ、相手が顔を寄せてくる。
こちらを見据える眼差しを見つめ返して、あれ、と俺は瞬きをした。
どこかで、この顔を見たことがある気がする。
しかし、こんな『巨人』に知り合いはいないので気のせいだろうか。
俺を鉤爪の上へと乗せたまま、じっとこちらを見つめた『巨人』は、もう片方の手も俺の方へと近付けてきた。
どうしてだか砂を連想させる匂いのする指先が俺の額のあたりに触れて、軽くそこを擦る。
不意打ちの接触に驚いたが、指先から与えられる気持ちよさに俺が目を細めると、目の前で『巨人』の口が動いた。
「おれに従うなら生かしておいてやる」
どうする、と初対面で言ってのけたその『巨人』に、俺は『きゅう』としか鳴けなかった。
※
ナマエという名前を俺に与えた『巨人』は、クロコダイルという名前だった。
それを聞いて一番最初に連想したのは巨大な鰐だったが、どう見ても『人間』の形をしている相手へ重ねていいものとも思えない。
それから、そういえばそんな名前の漫画のキャラクターがいたな、なんて思った後で、俺は自分を連れて何とかという名前の船まで連れて戻った男がその『キャラクター』とそっくりだと気が付いた。
毛皮を好んでいるらしい服装も、片腕の鉤爪も、顔に走る傷跡もだ。
もしやもしやと思って見つめていた先で、なにがしかの報告に来た他の巨人が『クロコダイル』の機嫌を損ねたらしく、伸ばした右腕で掴んだ相手をみるみる『枯らして』しまった『クロコダイル』に、俺はこの『巨人』が当人であるらしいと確信した。
『漫画』の世界に生まれ直しただなんてとてもおかしな話だが、そうとしか考えられない俺の頭がおかしいのだろうか。
それからどうやら、俺がとても小さな生き物になっているらしい、ということも分かった。
クロコダイルは俺を『バナナワニ』と呼んだから、恐らく鰐だろう。
鰐の子供というのがどういう大きさでいるのが一般的かなんて俺は知らないが、とりあえず俺はとても小さくて、クロコダイルはとても大きい。
「どうした、ナマエ」
じっと見つめていた俺の視線に気が付いたのか、部屋の外にしなびた『巨人』を放り出して椅子へと戻ったクロコダイルが、低い声を漏らしながらちらりとこちらを見下ろした。
きゅ、と声を漏らしつつ、とりあえず改めて目の前へと視線を戻す。
俺は今、少し柔らかい布やらの詰められた木箱らしきものの中にいる。
そして皿が置かれて、その上に生肉らしきものを乗せられた時点で、間違いなくクロコダイルが俺を『飼う』つもりであるらしい、ということは分かった。
しかし、俺が元人間であると知らないとはいえ、生肉は無いんじゃないだろうか。
味付けをしてほしいとかそういう我儘なことは言わないが、せめて焼いてくれてもよくないか。
衛生面が色々と気になってどうしようもない。
じっと見つめたってどうにもならないと分かってはいるが、どうすることもできず目の前のものを見つめる俺の傍で、椅子に座ったクロコダイルがわずかに身じろぐ。
「……おれの船に虫は乗ってねェ、それで我慢しろ」
そうして寄越された低い声に、きゅ、と小さく鳴き声が漏れた。
まさか、俺の食事は『虫』になる可能性があるというのか。
それは調理済みなんだろうか。
いやまさか、もしかして生餌である可能性もあるのか。
慌てて視線を上げると、すでにこちらから視線を外しているクロコダイルが、新たな葉巻に手を伸ばしている。
慣れた仕草でマッチを擦る様子を見つめて、少しだけ考えた後、俺は大きく口を開けた。
がぶ、と噛みついた柔らかな生肉が歯にまとわりつく感触を感じながら、はむ、はむと口の中で向きを変える。
生肉の何とも言えない味が口の中に広がったが、それに嫌悪感があまり湧かなかったのは、口に物をはさんだ瞬間に自分が空腹であることに気付いたからだろう。
一息にそのまま飲みこんで、くふ、と小さく息を吐いて柔らかな布の上へと体を転がす。
「クハハハハ、いい食いっぷりだ」
気に入ったとでも言いたげに寄越された声に、ぱた、と尾を軽く振ることで答えた。
そうだろう、いい食いっぷりだろう。
だから虫は勘弁してほしい。
俺のそんな願いが届いたのか、それからクロコダイルが俺へ用意する『食事』は、基本的に生肉だった。
とても嬉しかった。
end
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