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Un dono di Dio
※『Sei il mio dio』から続く連作と同じ設定
※トリップ主じゃない主人公は元奴隷でテゾーロのもの



 おれの世界の中心は、今やテゾーロにとって替わった。
 テゾーロはおれにとっては幸運の象徴で、おれの胸の忌々しいものを星で飲んでくれた所有者だ。テゾーロが『いい』と言うことなら、なんだってできる気がする。
 そんな相手にこうもぎろりと睨みつけられるのは、何というか心臓に痛い。

「……テゾーロ?」

 どうしたんだろうかと名前を呼びつつ身じろぐが、部屋に入ってすぐに絡みついてきた黄金で床へ縫い付けるように囚われた体はほとんど動かなかった。
 おれの体にはテゾーロが振りまく金粉も染み込んでいるから、こんなことをしなくても好きな時に動きを止められるはずだというのに、どうしたんだろう。
 戸惑いながらも、不思議に思って見つめていると、やがてソファへ深く座ったおれ達の『星』が、ゆるりとため息を零した。

「……ナマエ」

「はい」

 厳かな声音で名前を呼ばれて、大人しく返事をする。
 その指がくいとおれを招き、その動きに合わせてさざなみを起こした黄金たちがずるりと床を這った。
 押されたおれの体も床の上を滑って、そのままテゾーロの前まで引っ張られていく。
 両手も両足もその下に金が入り込んでいるようで、こすれる感覚すらない。
 やがて床へへたり込むような恰好のままテゾーロの前まで連れていかれたおれは、ソファの上に座ったテゾーロの足と足の間に置かれた。
 体を前に傾かせたテゾーロの顔が、ほとんど真上にある。
 両耳につけた星でちかりと光を弾きながら、身じろいだテゾーロの手が、おれの顔に触れた。

「いつからだ?」

「え?」

 戸惑い声を漏らしたおれの唇に触れたテゾーロの親指が、ぐいとそのまま口腔に入り込む。
 驚いて、それでもテゾーロを噛むなんてできるはずもなかったおれが口を開くと、我が物顔で侵入してきた太い指が、そのままぐり、とおれの舌を撫でた。

「生まれつき、じゃあないだろう」

 尋ねられた言葉の意味を考えてぱちりと目を瞬かせてから、おれはテゾーロがおれの舌のことを言っているんだということに気が付いた。

「へお、」

 言葉を発しようとして、舌を押さえつける指に邪魔をされ、間抜けな声が出る。
 そのことが少しだけ恥ずかしくてすぐに話すことをやめたおれをよそに、ずるりとおれの口から指を抜いたテゾーロが、改めてその手でおれの顔を捕まえた。
 顔を覗き込まれ、答えるようにと促されて、今度は自由になった舌をしっかりと動かす。

「テゾーロと会うよりずっと前に、ちょっと」

 あの『飼い主』は、おれをいたぶるのが好きだった。
 決定打が何だったのか知らないが、気付けばおれの口は食べ物の味を伝えなくなっていた。
 正直なところ、何を食べても味が分からないという状態は、あの酷い飼われ方の時はある意味適応とでもいうべきものだったと思う。味が分からなければ、苦しまなくて済むこともある。
 食事の楽しみなんて忘れて久しいし、不便も無いから言う必要性も見られないことだった。
 そういえば最近、海賊船から徴収した『宝』の中に物珍しい果物があって、みんなで食べたとき、どんな味だと聞かれてうまく答えられなかった覚えがある。
 テゾーロもおいしいと言っていたから問題ないだろうと思って、『よくわからないけどおいしい』と答えたおれの誤魔化しは、うまく通じてはいなかったようだ。

「舌が残ったまま感覚だけを失うとは、珍しいこともあるものだ」

 おれへ向けて言い放ち、だが、とテゾーロが言葉を続ける。

「それならお前は、このおれに嘘をついていたのか」

「嘘?」

「おれが与えた食べ物を、『うまい』と言っただろう」

 うなるように言葉を寄越されて、ゆっくりと瞬きをする。
 確かに、何度かそういうことを言った気がする。
 テゾーロが『うまいか』と聞けば、おいしいと答えるのはこの世の道理というものだ。

「嘘……」

 おれ自身には味が分からないのだから、確かに感想には『嘘』が入り混じっていたかもしれないが、もしおれの舌が正常だったとして、出されたものが恐ろしくまずい何かだったとしても、おれは同じように答えたに違いない。
 そんなことを考えて、でもこれはただの言い訳になるんだろうかと考えたおれを見下ろしたテゾーロの目は、とても冷えている。
 鋭さのあるその眼差しには『不愉快』と記されていて、ごめんなさい、と幼すぎる謝罪が口から洩れた。
 もしや、おれはテゾーロに見限られたんだろうか。
 じくりと癒えたはずの胸元が傷み、刻まれた星に触れたくても体を覆う金がそれを許さない。
 おれの体は頭以外の殆どすべてが金に覆われてしまっていて、もしも今テゾーロが望めば、同じように金で出来ている床へ沈んで何処かへ連れていかれることは簡単なことだった。
 グラン・テゾーロの最下層にある金の墓場に落とされて死ぬならまだいいが、戦艦から外へ捨てられてしまうかもしれない。
 恐ろしさに、ふるりと体が震える。
 おれの怯えは顔にも現れたのか、おれを見下ろしたテゾーロが、わずかにその目を眇める。

「おれが恐ろしいか、ナマエ」

 その口が囁く声と共にずるりと体に触れる金がうごめき、おれの耳殻を撫でる。
 そのまま耳を覆われて、音を奪われたおれは、テゾーロを見上げたままで口を動かした。

「テゾーロに捨てられるのが、一番こわい」

 紡いだ本音は、骨を伝わっておれの鼓膜を震わせる。
 けれどもおれは、拾われたあの日から、テゾーロのものだった。
 所有物が持ち主に縋りついたとしても、持ち主の意思でそれは簡単に無視できる。
 おれがどれだけ望んでも、テゾーロがおれを『いらない』と思えば、おれにはその手元に居続けることすらできないのだ。
 おれの吐き出した言葉はきちんと届いたのか、おれの顔を見下ろしていたテゾーロの眉が、わずかに動く。
 それと共におれの顔まで黄金が這い上がり、目や鼻をふさぎ、口の中に冷えたものが入り込んだ。
 ぞろりと口の内側を撫でられ、先ほどのように舌が押さえつけられた。
 口から呼吸は出来ているが、そのうち口も覆われてしまうのだろうか。

『その状況でもそう言えるのなら、お前もずいぶんと壊れた男だ』

 体のもはやすべてを黄金で覆われたおれの耳に、黄金から伝わったテゾーロの声が届く。
 気に入らないが、と続いた言葉の恐ろしさにびくりと体が震えて、それが分かったのかテゾーロが笑った気配がした。

『だが、まあ、いい』

 直して使うのもたまになら、と言葉が続いたのと同時に、ついに口まで黄金でふさがれる。
 酸素を得られず気を失ったおれが、壊れたはずの舌が黄金に覆われてわずかに『味』を感じることができるようになっていると知ったのは、たぶんそれから一日が経過した後のことだ。
 おれの前に並べられたたくさんのケーキ達は、どれもこれも『甘くて』おいしい。
 驚きながらも手の止まらないおれを見て『やはり好きだったな』と満足そうに頷いたテゾーロは、おれの持ち主どころか神様だったに違いない。



end


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