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お世話になります
※『お世話係へ就任』の続編
※主人公はトリップ主で元モブ海賊の奴隷



 人間というのは、案外簡単に壊れるものだ。
 そして、当人は壊れていると気付かないのだからたちが悪い。

「だからお前が責任を取れ」

 きっぱりと寄越された古なじみからの言葉に、シャチはわずかに首を傾げた。
 それを見やった向かいのペンギンはすっかり酔っぱらってしまっていて、シャチとペンギンの間にはいくつもの酒瓶が中身を失って倒れている。
 昨日ついにポーラータング号は新たな島へと到着した。
 無人島だったのは残念だったが、食料や水の補給はかなり容易に行うことができ、ハートの海賊団としては万々歳だ。
 無事を祝う宴は船内で行われて、とっておきの酒を出してきたシャチとペンギンもまたそれに参加したクルーの一人である。
 見回した食堂にはまだ少しばかり人がいるが、すでに船長の姿も無い。
 明日二日酔いしていたらバラして抜いてやると言って去っていったトラファルガー・ローは、どうやら機嫌が良かったようだ。

「この前も、そんなこと言ってなかったかァ?」

 島で見つけた食材で作ったつまみを口にしながら、シャチはそんな風に呟いた。
 つい先ほどの台詞は、ここ最近シャチが何度か向かいの男に言われたものと似ていた。
 『責任』『責任』というが、シャチにはまるで心当たりがない。
 酔うと同じことを言い続ける癖があったのは知らなかったが、それよりも一体何の話をしているのだろうか。
 もう一度首を傾げたシャチの前で、全然響いてねえから言ってるんだ、と唸ったペンギンがその口に食事を運ぶ。

「ナマエのことだ、馬鹿」

「ナマエの? ……あァ、ナマエ」

 放たれた名前には聞き覚えがあり、シャチは一つ頷いた。
 それは、シャチが頼み込んで仲間にしてもらった、一人の海賊の名前だ。
 もともとはトラファルガー・ローに喧嘩を売ったとある海賊の船にいた人間で、恐らくは奴隷として扱われていた男だった。
 どれほどの間船に乗せられていたのか分からないが、満足に食べていなかったのだろう体は薄く、食も細い。
 力もそれほど強くなく、あの日シャチが見つけなければ敵戦と共に海に沈んでいただろうナマエは、しかしあの日見ず知らずだったシャチを部屋に放り込まれた爆弾らしきものから助けてくれた。
 薄いその体には釘やそれ以外のものが突き刺さり、当人は気にしていないが危うく目すら失うところだった。

『馬鹿、お前、何して……!』

 自身の腕にも刺さっていたものをそのままに、慌てて相手の状態を確認するシャチを見上げるその目は朦朧としていて、恐らく相手にあの時意識なんてなかっただろうと、シャチは思っている。
 それでも、無意識だったならなおのこと、力のない手でシャチの腕に触れて、刺さった釘に気付いて眉を寄せた相手が漏らした声も無かった謝罪が、いまだにシャチの目に焼き付いているのだ。
 何が『ごめんなさい』だというのか。庇いきれなかったことか。
 そんな体で、首輪で壁につながれるような扱いを受けていた身で、その首輪を外してやろうとしていただけの見知らぬ海賊相手に、シャチが現れたときあんなに怖がっていたくせに。
 ざわついた胸の内も分からぬまま、シャチはひとまず部屋へ飛び込んできた敵船の海賊を始末して、それから『宝』を一つ船から持ち出すことにした。

『お願いします船長! おれ、ちゃんと面倒見るから!』

 この恩を返すには船に乗せるしかないだろうと、そう思ったからこそ頼み込んで、今はナマエも立派にハートの海賊団の一員だ。
 今日も、酒が不得意だと言っていた彼はあまり酒を飲んでいなかったが、食料確保のために走り回って体力を失ったのか、宴の途中で船を漕いでいたのでシャチが満腹なら部屋へ戻るようにと勧めたような覚えがある。
 今頃はもうぐっすり眠りこんでいるだろう相手を思い出して、おうよ、と答えたシャチはその顔に笑みを浮かべた。

「おれもあいつに助けられたんだしな。なんか苦労してたらちゃんと手助けするし、しっかり海賊にしてやるって」

 心からの言葉をシャチが述べると、向かいのペンギンがどうしてだかため息を零す。
 分かってねえ、と首を横に振られて、シャチはまたも首を傾げる羽目になってしまった。







「ふん、ふふ〜ん」

 適当に鼻歌を零しながら、酒に浸かったゆらりとした足取りで慣れた通路を歩く。
 そうして大部屋にたどり着くと、部屋の中にはすでに酔っ払いたちが大勢倒れていた。
 みんな気持ちよさそうにいびきすら零していて、自分もとりあえず寝てしまおうとシャチの足が寝る場所を探して室内へと入り込む。

「……ん?」

 そうして、部屋の隅にある毛布に気付いて、シャチは少しばかり怪訝そうな顔をした。
 仲間たちを踏んでしまわないように気を付けて先に進んで、隅のそれの側へ立つ。
 丸くなっているそれは薄手の毛布で、内側に誰かがいることは見て分かった。
 息を殺すようにひそめているのは、相手が起きている証だろう。
 なんとなくそこに誰がいるのか分かって、シャチはその口に笑みを浮かべて屈みこんだ。

「だーれだ?」

 まるで隠れ鬼の鬼役にでもなったような気分で、ひょいと毛布をつまんで引き下げる。
 そうして現れたのは、やはり間違いなくナマエだった。

「あ、シャチさんだ」

 隅に身を縮こまらせるような恰好になっていたナマエが、シャチを見てそんな風に言葉を零す。
 どことなくその顔が安心したように見えて、何してんだよ、と尋ねたシャチの手がナマエからくるりと毛布を剥がした。

「せめて寝転がって寝ろよ、体痛くなるだろ」

「早く部屋に来たから寝てたよ。さっき起きたんだから」

「ふうん?」

 寄越された言葉に適当な相槌を打って、それならなんでこんな端っこにいるんだよ、とシャチは続けた。
 ひと眠りして睡魔がいなくなったというなら、また食堂まで出てくれば良かっただろう。
 ほかの場所をうろついていても構わないし、大部屋から出ないのであっても、こんな端で毛布に隠れてじっとしている理由はない。
 そこまで考えてから眉を寄せて、シャチはちらりと大部屋に転がる仲間たちを見やる。

「なんかされたか?」

 気のいい連中ばかりだが、酔っ払いだ。
 面倒な絡み方でもされたのかと考えたシャチの言葉に、されてない、とナマエは答えた。
 言葉の真偽を確かめるように視線を戻したシャチの前で、ナマエはいつもと変わらない顔でいる。

「へんな夢見ちゃって、起きたら酒の匂いがすごかったから、離れただけ」

 そんな風に放たれた言葉に、へえ、とシャチは頷いた。
 ナマエはあまり酒に強くないようだから、酒の匂いでも気分が悪くなったりするのかもしれない。
 それなら離れるのも道理だと考えがいたり、そして自分の体からも漂っているだろうそれに気付いて、片手が己の口元に触れる。

「わりィ、おれも酒くさいだろ」

 言葉と共に少し身を引いたシャチの服が、伸びてきたナマエの手によって掴まれた。
 そのまま少しだけ控えめに引っ張られて、引き留められたシャチが目を丸くする。

「シャチさんのは、平気」

 それを見上げてそんな風に言い放たれて、服からわずかな震えが伝わる。
 なんとなく触れたナマエの手が少しばかり冷たいのは、シャチが酔っぱらっているからというだけではないだろう。
 いつもと同じ顔をしているはずなのに、ナマエがなにかに怯えているような気がして、シャチは一つ息を零した。
 その体がどかりとナマエのそばに並んで座り込み、ナマエの体を包んでいた毛布を奪い取って広げ、今度は二人でそれに包まる。

「シャ、シャチさん?」

「『さん』はいらねえって言っただろ、そういえば」

 困惑する相手を黙らせるように先ほどから名前の後ろについて回っている敬称を詰って、シャチの体がナマエのほうへともたれかかった。
 シャチと壁に挟まれる格好になってしまったナマエから困惑している気配を感じるが、気にせずシャチの掌が改めて、冷たいナマエの手を握りこむ。
 ナマエは少しだけ逃げ出そうというそぶりを見せたが、シャチの指がわずかに力をこめれば、それ以上の抵抗もない。
 どうにもナマエは、シャチがやることに抵抗をしない人間だ。
 シャチがしてほしいと言ったことは大体やってくれるし、率先してシャチの世話を焼こうとする。
 なんだかそれは特別扱いされているようで少しこそばゆいのだが、シャチがそれをナマエに言ったことはない。
 ついでに言えばシャチにだってナマエは特別な扱いになっているのだが、当人が分かっているのかは確かめたことがない。分かっていようがいまいが変わらないから、それでいいだろう。

「寝て起きたら二日酔いだぜ、きっと」

「じゃあ、後で水持ってきておくよ」

「おー」

 毛布の下で手を握って、そんな言葉を交わしながら、シャチはゆるりと目を閉じた。

『だからお前が責任を取れ』

 酒の席で言われた言葉が、なんとなく耳に蘇る。
 一体ペンギンがどういうつもりでそんなことを言ったのかも分からないが、怖い夢を見たんだろうナマエに寄り添うくらい、お安い御用というものだった。



end


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