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鬼狩りの唄 (2/5)



 何度も言いつのり、どうにか俺がただ居合わせただけだという説明に納得した後、『どんきほーて・どふらみんご』と名乗った海賊は無遠慮に俺達の家へと上がり込んだ。
 『海賊』というのはあまり聞かないが、『賊』と名乗るのだからその蛮行も当然のものなのだろうか。

「ちょっとお待ちください! 履物!」

「ああ?」

 土足で畳に上がろうとする相手を慌てて引き留めると、何やら怪訝そうな声を寄越される。
 必死になって履いているものを脱ぐように言うと、その場で履いていた洋靴を脱いだ相手が室内へと入り込んだ。
 かなり大きいせいで、天井が低く見える。
 そのことに関心していると、ちらりとこちらを見たらしい『海賊』が、俺へ向けて言葉を放った。

「おい、飯」

「は、はい、ただいま」

 何とも命じ慣れた様子に思わず返事をしてしまい、仕方なく俺も家へと入る。
 今まで飯炊きなどしたことが無いのか、わざわざ後ろからじろじろと見ているので、視線がとても気になる。
 俺の頭が肩にも届かぬ大男なので、足りるのかも心配だ。

「どうぞ」

「おう」

 急きょあつらえた食事を運ぶと、頷いた相手が少しばかり首を傾げた。
 その手が箸を捕まえて、片手で持ち直す。
 何とも慣れぬその様子に、俺は目の前の相手が外国人であることに今さら思い至った。
 相変わらず目の色はおかしな眼鏡のせいで見えないが、身の丈も髪色も、俺達とは違っている。着込んでいる衣類も洋装だし、間違いなくそうだろう。
 箸にあまりなじんでいないらしい相手に、申し訳ありません、と一つ詫びた。

「匙が無くて……俺は気にしませんから、どうぞ、手づかみでも」

「フッフッフ! このおれにそんなことをさせようってのか」

 笑ったはずなのにいらだった様子で言いつつ、その手がつい、とわずかに動く。
 箸一膳が、どこからともなく現れた糸によってまとめられ、そしてその先で折り重なった糸が形を作っていく。
 最終的に少し大きな匙になってしまった箸に、俺は目を丸くした。
 思わず身を引いて、相手をじっと見つめる。

「貴方は……」

 『鬼』の一文字が頭の中によぎったのは、人を喰らい続けた連中は、そのうち異能に目覚めるからだ。
 けれども、日のあたる場所に座っている相手は、俺の様子にフフフと笑ってそのままでいる。

「なんだ、悪魔の実の能力も見たことがねェのか」

「あくま……のみ?」

「それは知らねえって顔だなァ」

 そうだとするとここは、とぶつぶつと言葉を零す相手は、どうやら何かを考え込んでいるようだ。
 どうやら、このお人はおかしな力を持っているらしい。糸で匙を作るなんてとても便利だが、それ以外にもいろんなものが作れるという事だ。外国人は皆そうなのだろうか。そんな馬鹿な。
 相変わらず身を引いたままの俺の前で、ひとまずと言った風に匙を使って食事を始めた『どふらみんご』殿は、俺の作ったものを口に運んでから、へえ、と声を漏らした。

「ワノ国料理ってところか。まあ食えるな」

 何とも失礼な発言だが、そのまま食事を続けていく相手をじっと見つめてから、やがてそっと息を吐いた。
 自分の膳を自分の方へと引き寄せて、俺も食事を始めることにする。

「お口に合ったなら良かった。食べ終わったら、町の方へと案内します。日が暮れる前に行かなくては」

「町?」

「ええ、そちらからいらしたのでしょう?」

 どうやって高い場所から降ってきたのか知らないが、この家に来るにはあの町を通るのが一般的だ。
 逆側の街道はそのまま谷へと続いているが、最近落石で道が塞がれたと聞いている。
 俺の言葉に、何やら不思議そうに首をかしげてから、『海賊』殿が口を動かした。

「おれァ、町から来た覚えはねェな」

「え?」

「ああ、そういや……落っこちたか」

 何かを思い返すように一人で呟いて、それからその目がきょろりと周囲を見回す。
 その手が匙を置き、食事半ばで改めて、その唇から問いが落ちた。

「ここはどこだ?」

 どうしておれがここにいる、と尋ねられても、それは俺には答えようのないことだった。






 どうやら、『どふらみんご』殿は『どこか』で落ちたらしい。
 『海』に落ちたというのだが、それならうちの庭に現れる筈もないのだから、にわかには信じがたい話だった。
 そうして、帰る場所も分からない。
 『どれすろぉざ』も『ぐらんどらいん』も、『おうかしちぶかい』も『かいぞくおう』も、俺にはついぞ聞いたことのない言葉だ。
 ここはその『ぐらんどらいん』の底なんじゃないのかと彼は言ったが、この国この山この家が海の底にあるだなんておかしな話は聞いたこともないし、あの空の青が海の色だなんてことは無いだろう。

「……行くあてがないのであれば、暫くはこの家にいらっしゃいますか」

 思わずそう尋ねてしまったのは、寄越される言葉を端から否定していくうちに、相手が黙り込んでしまったからだった。
 不機嫌と言うよりは落ち込んでいるような、焦りに似た気配を感じる迷子の彼が、その顔をこちらへ向ける。

「ここはテメェの家だろう、見ず知らずの不審者を住まわせていいってのか?」

「確かに俺の生家ですが、俺はもうすぐ仕事に出なくてはならないので」

 まだ鎹鴉は来ていないが、恐らくもうそろそろだろう。今までもそうだったのだ。

「それに、ここには盗まれるようなものなどありませんから」

 山の上にあるここには、山賊すらも寄り付かない。かつての『鬼』の噂は麓まで届いていて、人でない者からの攻撃を恐れた人々は山に入らないからだ。恐らく話を流したのは鬼殺隊だろうと、俺は思っている。
 俺の言葉に少し考えてから、やがてため息を零した『どふらみんご』殿は、断る、と短く零した。

「え?」

「断る、つったんだ。こんなわけの分からねえ状況で、動かなくても『何とかなる』なんていう都合の良い話はねェ」

 世界の理を口にする相手に、確かにそうですね、と一つ頷く。
 そうだとすれば、帰り道を探しに行くのだろうか。
 明らかに目立つ外国人が一人旅をするだなんて、それはそれで心配だ。

「……それではやはり、町まではご一緒しましょう」

「まあ、かといって行くあてもねェからな。テメェについていくか」

 心配して言葉を紡いだ俺に対して、そんな風に言葉が重ねられた。
 思わず目を丸くしてしまった俺の向かいで、フッフッフ、と笑った『どふらみんご』殿が湯呑を掴む。
 ぬるくなった茶をごくりと飲み下す様子を見つめてから、は、と息を吸い込んだ俺は、慌てて首を横に振った。

「いけませんそんなこと、危険なんですから!」

「おいおい、なんだナマエ、『危ない』お仕事をしてんのか?」

 似合わねえなと笑う『どふらみんご』殿は、どう考えても鬼狩りを知らない様子だった。
 鬼殺隊は政府に認められてもいないのだから、それも当然だ。
 刀を目立つ持ち方で運べばそれだけで通報されてしまうような、こんなご時世、俺だって師に拾われていなかったら知らなかっただろう。
 少し迷ったが、嘘だと鼻で笑われることを覚悟して口を動かした。

「俺の……俺の仕事は、化け物退治です。人を喰らう鬼を殺す、それを生業としています」

「オニ?」

 なんだそりゃあ、と少しばかり怪訝そうに声を漏らして、『どふらみんご』殿が胡坐をかいた膝の上に肘を置く。

「倒せなければ喰われてしまう、そんな仕事です」

 俺の師も鬼に喰われました、と言葉を続けて、痛みに堪えるように拳を握った。
 俺の師は『鬼』に喰われた。
 これは紛れもない事実だ。

「とても強い方でしたが、それでも勝てなかったんです。貴方のような大きな体で隠れられるような場所がそうそうあるわけはないのですから、同行に頷くわけには」

「フ! ……フッフッフッフッフ!」

 そちらを見ながら言葉を重ねていると、思わず、と言った風に噴き出した相手が、それから更に笑い声を零した。
 先ほどから思っているのだが、どうにも特徴的な笑い声だ。目を閉じていても誰が笑ったか分かりそうである。
 そんな笑い声にすら特徴のある外国人が、おれの心配か、と言葉を零す。
 はい、とそちらを見ながら答えると、ほんの一瞬の間の後に、唐突に相手の体が膨らんだ。
 否、膨らんだのではなく、こちらへ迫るように移動してきたのだ。

「!」

 湯呑が倒れる音を聞きながら、慌てて後ろへ下がって逃げを打つ。
 けれどもそれを逃がさず伸びてきた長い腕が俺を捕らえ、俺の腕をねじりあげながら、俺の体を畳へと押さえ込んだ。

「うぐ……っ」

「それで、誰を心配するって?」

 楽しげに言い放つ『どふらみんご』殿は、とんでもなく力が強い。
 体が畳にめり込みそうで、圧迫感に骨が軋んだ。
 そのことに眉を寄せて、すう、と息を吸う。
 腹に力を込め、全身に血が巡るよう意識して、相手に抵抗できるよう集中した。
 体が熱を持ち、湧き出た力で無理やり相手の手を振りほどく。

「おっと」

 そのまま起き上がり、相手を押しやろうとしたが、しかし『どふらみんご』殿に対峙したところで体が動かなくなった。

「あ……!?」

 ぎり、と軋む体を慌てて見下ろす。うっすらと光をはじくものが、俺の体を畳に縫い付けている。
 それが糸だと分かり、慌てて視線を『どふらみんご』殿へと戻した。

「どうだ?」

 これでもおれの心配をするかと、そんな風に尋ねて、相手が首を傾げる。
 どれだけ力を込めようとも、呼吸を使おうとも千切れぬ糸に、俺はやがてわかりましたと頷くことしかできなかった。



 


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