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突発リクエスト1
このネタから場面はお任せで




 ナマエが大怪我をした。
 それがどうしてかをマルコは知っていた。
 だって、その目で見たからだ。

「ナマエ、入るよい」

 声を掛けながら扉を叩いて、返事も待たずにそれを開く。
 安静にしていろと言われて無理やりベッドに寝かしつけられている狭いその部屋の主は、呆れたような顔でマルコを見やった。

「マルコ、ノックの意味って知らないのか?」

「知ってるよい。別に、構わねェだろい」

「いや、まァ、いいけど」

 さらりと言いつつ寄ってきたマルコをベッドに寝転んだまま見上げるナマエの顔には、小さな笑みがある。
 大怪我をしてから、もう二日だ。
 つんとしたアルコールのにおいに塗れて、痛々しいほど包帯を巻きつけたナマエは、マルコが知っている今までで一番晴れやかな笑顔を浮かべている。
 どこか楽しそうなそれを見下ろしていたマルコは、椅子に座り、ナマエが片手に持ったままだったものに気がついた。

「それ、どうしたんだよい」

「ん? ああ、ただの新聞だよ。ほら」

 言い放ち、ナマエの手ががさがさと片手でその新聞を広げてみせる。
 確かに、それは新聞だった。
 何の変哲も無い。
 マルコが聞きたいのは、どうしてナマエが今日の日付の新聞を持っているのかと言うことだ。
 ナマエの部屋の窓が開いているわけでもなければ、今の時刻が朝と昼の間であることも変わりない。本来なら今頃、ナマエが手にしている新聞は隊長格が何人かで回し読みしているはずだ。
 これだけの大所帯だ、同じ新聞をいくつか買っているのが殆どだから別段困らないはずだが、何だか気になって発言したマルコの視線の先で新聞をベッドの上に広げて、寝転んだままのナマエが小さく笑った。

「エースが持ってきてくれたんだ。暇だろうって」

 どこか嬉しそうなその言葉に、マルコの目が少しばかり見開かれる。
 エースと言うのは、しばらく前に二番隊の隊長に就任した、火拳の名を持つ青年だ。
 新聞なんて好んで読むとも思えないのに、もしや彼はわざわざ、自分のところに回ってきた新聞をナマエへ届けたというのだろうか。
 なるほど、ナマエが笑顔を浮かべているはずだ。
 マルコは納得した。
 何故なら、ナマエはどうしてか、エースがこの白ひげ海賊団に入ったときから、エースのことをお気に入りだからだ。
 『この船に乗っていないと会えない奴がいるから』なんてふざけた台詞を吐いて白ひげ海賊団に入ったナマエは、恐らくきっと、エースに火拳の二つ名がつくその前からエースのことを気に入っていたのだろう。
 エース自身は会ったことが無いと言っていたし、ナマエも『エースとは初対面だ』と言っていたが、実際のところエースが覚えていないだけなのだろうとマルコは思っている。
 だって、これほどの執着と好意を示しているナマエが、エースと初対面のはずが無い。
 そんな風に思えば小さな舌打ちがマルコの口から漏れて、ベッドに寝転んだままのナマエが少しばかり不思議そうな顔をした。

「マルコ? どうかしたのか」

「……何でもねェよい」

 問いかけられても、マルコにはそうとしか答えられない。
 何故なら、自分がどうして苛立っているのかもよく分からないからだ。
 マルコの返事に、そうか? とナマエは不思議そうに首を傾げた。
 けれども、それ以上追求するつもりはないらしく、がさがさと片手を動かして新聞を広げようと動かす。
 その動きの鈍さに、手を伸ばしたマルコはナマエから新聞を奪い取った。

「あ」

「……片手で、広げて読めるわけでもねェだろい」

 そんな風に言いながら、ナマエが片手で持ちやすいように新聞を長方形に折りたたむ。
 几帳面に見出しを調節してから新聞を差し出したマルコに、ありがとう、と笑ったナマエが片手でそれを受け取った。
 ナマエの左手は、しっかりと固定されていて、今はまったく動かせない。
 けれども胸を庇ったその腕が無かったら、ナマエはきっと今ここにはいなかっただろう。
 あの日の光景を思い出し、マルコの眉間には少しばかり皺が寄った。
 マルコと同じかそれ以上に古株で、今は船倉の独房に放り込まれているマーシャル・D・ティーチこそが、ナマエをこんな目に遭わせた人間だった。
 話によれば、ティーチが欲しがっていた悪魔の実をサッチが手に入れて、ティーチはそれを狙ったらしい。
 そうして、不穏な『夢』を見たから気になっていたのだというナマエがその現場に居合わせて、サッチを庇ってティーチを倒した。
 悪魔の実を食べてしまったティーチは、それゆえにナマエが海軍を辞める際に失敬してきたのだという海楼石の手錠によって無力な人間と化してしまっている。
 ナマエの言っていることがどこまで本当なのか、マルコには分からない。
 ナマエはいちいち不可解だ。エースと初対面のフリをしたことも、用意周到に海楼石の手錠を用意していたことも、サッチを助けることが出来たことも。
 まるで全部を知っていたような顔をして、ナマエは今もベッドに寝転んでいる。

「……あ、そうだ、マルコ」

 どこか晴れやかに見えるその顔を眺めていたマルコへ、自分で見出しを眺めていたナマエが手に持っていた新聞を差し出した。
 飽きたのかと寄越されたそれを受け取りながら、何だよい、と尋ねたマルコへ、ナマエが笑う。

「暇だったら、それ、少し音読してくれ」

「…………別に暇じゃねェよい」

「だってせっかく見舞いに来てくれてるじゃないか」

 そこに座ったら俺を構う義務があると、まだ二日しかベッドの上にいないくせにそんなことを言って、ナマエはぱたりと手を下ろした。
 手が疲れたと笑うナマエに、嘘つけよい、とマルコがじとりと視線を向ける。
 海軍の中でも厳しい部隊にいたというナマエが、五分やそこら腕を持ち上げていたくらいで疲れるはずが無い。そんなにも貧弱だったら、今頃ナマエはマグマで消し炭のはずだ。
 それでも、マルコの手はがさりと先ほど畳んだばかりの新聞を広げた。
 そうしてそのまま、いくつか書かれた記事を軽く流し読む。

「いいニュースだけ頼むよ」

「……うるせェ奴だよい」

 ベッドの上から寄越された注文に、仕方無いやつだとため息を零しながら、マルコはとりあえず当たり障りの無いのどかな記事を探すことにしたのだった。



end


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