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マルコとごはん
このネタ前提
※エース白ひげ入り後くらい



 一昨日探索に行ったログの発生しない不可思議な島での報告書が完成して、他の隊長格へ回覧させるように手配させたときにはもう昼食時だった。
 昨日から書類にかかりきりだったのだ。午後はゆっくりしようと考えて、とりあえず食事を取ろうとマルコが食堂へ向かったのは、ごく自然な流れである。
 そして、その場にあった光景に、マルコは自分の食事時間をせめてあと半時間ずらしてしまえばよかった、と後悔した。

「マルコ、今日は初めて会うな」

 そんな風に言って笑いながら食事を取っているのは、随分前に海軍から寝返って白ひげ海賊団へ入ったナマエだ。
 その手が持っているスプーンが、皿の上のピラフを口へ運ぶ。
 いたって普通の食事風景であるナマエの隣には、最近になってようやく見慣れ始めた物体があった。

「…………それは、生きてんのかい?」

「当然じゃないか。これはエースの癖だろ?」

 ナマエの隣で、ほかほかと湯気も立っている熱そうな山盛りのピラフに顔を埋めているのは、少し前にようやく白ひげ海賊団入りをした新入りだった。
 ずっと食堂で食事をとらなかったエースがここで食事をするようになったのは、エースが白ひげに入ると決断してからだ。
 だからこそマルコも他の隊長格たちも知らなかったのだが、エースにはおかしな癖があった。
 それが、この食事途中で眠り込んでしまうというものだ。
 急にスイッチが切れるように眠ってしまうので、大概の場合本人はそのまま料理に顔を突っ込んでいる。
 マルコも最初にそれを見たときは、誰かがエースを狙撃したか毒でも盛られたかと思ったものだ。
 初めてその癖が披露されてざわついた食堂で、落ち着き払っていたのは元スペード海賊団のクルー達とナマエだけだった。
 恐らく、ナマエはエースの癖を最初から知っていたのだろう。
 サッチがマルコに気付いて視線を送ってきたのに返事を返しながら、ナマエの向かいの椅子を引いて腰を下ろし、マルコは軽くため息を吐いた。

「起こしてやりゃどうだよい」

「あと24秒したら起こすよ」

「24秒?」

「もし眠ったら、180秒経ったら起こすって約束しているんだ」

 時計も見ずにさらりとそんなふうに答えたナマエは笑顔だった。
 そして、どうやら起こすことに備え始めたらしいナマエが、傍らにおいてあった二つのうち、減っている形跡のないコップの水を自分が持っている白いタオルに半分ほど零した。
 濡れることも厭わず自分の膝の上で軽く手の中の物を絞ってから、改めて開いて形を整え、その視線がタオルからエースのほうへと向けられる。

「エース、180秒経った」

 声を掛けながらその手が軽くエースの体を揺さぶると、奇妙な唸り声を零したエースがむくりと体を起こした。
 ライスで飾られたその顔で、ぷは、とその口が息を零す。

「あー……寝てた」

「ぐっすりだったな。ほら、顔拭け」

「おう、さんきゅな、ナマエ」

 ナマエの手がエースの顔へタオルを触れさせて、自然な様子でそれを受け取ったエースが自分の顔をごしごしと拭き始める。
 二人のやり取りを眺めて、マルコは少しばかり眉を寄せた。

「相変わらず、ナマエは面倒見がいいねい」

「そうか?」

 マルコの言葉に、ナマエが首を傾げた。
 自覚がないとでも言うつもりかと、マルコの目に呆れが滲む。
 ナマエは面倒見がいい。
 元々世話好きな性分らしく、頼まれごとは断らないことが殆どだ。海軍にいた頃は随分とこき使われていたのだろう、時計を見なくても感覚で時間が分かるらしく、それもかなり正確だ。
 寝る間も惜しんで働いて、時々驚くほど突発的に短い仮眠を取るところを、マルコは目撃している。
 そうして、このモビーディック号に乗るクルーのうちでエース以外の全員が知っているのが、ナマエがエースを特に気に掛けているという事実だった。
 他のクルーは、なかなか白ひげ海賊団入りを了承せずオヤジを狙っていたエースが心配なんだろう、と言っている。
 けれども、マルコは知っているのだ。
 ナマエがこの船に乗っている理由はたった一つ、エースと『出会う』為だ。
 ナマエ自身の口から聞いたのだから間違いない。

「エース、そろそろ食べ終わらないと、甲板掃除に間に合わないんじゃないのか」

「んあ! そうだった!」

 自分の食事を終え、言いながらエースの手からタオルを取上げたナマエに、慌てた様子でエースが自分のスプーンを掴んだ。
 そのままばくばくと目の前の料理を食べ始めたエースを見て、ナマエがほほえましいと言いたげに目を細める。
 嬉しそうで楽しそうなその様子に、言いようの無い不快感を感じて、マルコはふいとエースとナマエから目を逸らした。

「ほらよ、マルコ」

 そこでタイミングよく近寄ってきたサッチが、手ずから運んできたトレイをマルコの前に置いた。
 今日の昼食メニューであるらしいピラフが、丸く盛られて皿の上に乗せられている。
 短く礼を言ったマルコは、コーヒーも淹れてやるよと恩着せがましく言ったコックコートのリーゼントが去っていくのを見送ってから、その手でひょいとスプーンを掴んだ。

「ごちそーさまでした!」

 マルコが食べ始めた丁度その時、がたんと音を立ててエースが立ち上がる。
 皿の上は綺麗に片付けたエースへ、片付けは俺がやっておくよ、と告げたナマエも立ち上がった。

「マジで!? さんきゅな、じゃあ行ってくる!」

「迷子にならないようにな」

「ならねェよ!!」

 そんな会話を交わして、走っていくエースをナマエが見送る。
 それからその手が自分の皿と共にエースの顔を拭いたタオルとエースが食べ終えた食器を持ち上げて、エースが汚したテーブルをタオルの綺麗な面で丁寧にふき取り、そのまま返却口のほうへと歩いていってしまった。
 一人でテーブルに残されたマルコは、気にしていないそぶりでナマエの背中から目を逸らし、自分の前にあるピラフを齧る。
 朝食を抜いてしまっていたから空腹であるはずなのに、あまり進まないのは、何故だか口の中が苦い所為だ。
 馬鹿馬鹿しい、とため息を零したマルコがさっさと料理を片付けてしまおうと大きく口を開けてピラフを頬張ったとき、カタン、と向かいで音が鳴った。
 何とはなしに視線を向けて、マルコが目を丸くする。

「……ナマエ?」

「ん?」

 先ほどエースの皿を片付けに行ったナマエが、どうしてかマルコの向かいに座っていた。
 その手には二つのカップがあって、コーヒーが満たされたそのうちの一つがマルコのほうへと寄せられる。

「………………午後の雑用に行かねェのかよい?」

 渡されたコーヒーをちらりと見やりつつ、マルコは尋ねた。
 ナマエは頼まれごとを殆ど断ることの無い男だ。
 タイムテーブルは正確で、殆どの場合においてそのスケジュールは秒刻みでぎっちりと詰まっている。
 だから、いつだって忙しくしている。
 そして用事が無ければエースについていくはずなのだから、任されている雑用が無い、というわけではないだろう。
 マルコの言葉に、食休みしてからいくさ、と告げたナマエが自分の分のコーヒーを啜る。

「後回しに出来るようなものばっかりだし」

 落ちた言葉は、おおよそナマエらしくないもののようにマルコは感じた。
 マルコが『それは明日に回せばいいんじゃないのか』と言いたくなるような作業だって『出来るものは出来るうちにやりたいんだ』とその日のうちにやってしまうのが、マルコの目の前に座る男のはずだ。
 わずかな違和感を感じるマルコを気にした様子も無く、ナマエは肩を竦める。

「それに、一人で食べるより誰かと一緒に食べたほうがうまいだろ?」

 更にはそんな風に言うものだから、まるで先ほどの自分が見透かされたように感じて、マルコは眉間に皺を寄せた。
 何となく、面白くない。
 そう感じはするが、それは不快な感覚ではないようだった。
 どちらかと言えば照れくさいような分類だ。
 だが、ただ食事に付き合わせるだけなのに、そんな風に感じる自分がよく分からない。

「…………物好きな奴だよい」

 悔し紛れに呟いたマルコの言葉に、そう言うなよ、とナマエが笑った。



end


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