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このネタ前提
※白ひげに行くより前の海軍ライフ



 拝啓、俺の家族の皆様。
 お元気でしょうか。





「相変わらず足が遅いねェ〜、ナマエ〜」

「はっ、はっ、はっ」

 返事もろくに出来ないくらいぜいぜいと必死に息を吸い込みながら、俺は視線を上へ上げた。
 へたり込んだ俺を見下ろしているのは、俺の上官殿だ。
 黄色いスーツが眼にまぶしいです。
 あと縦ストライプが眼に優しくないです。

「この程度でへばってるようじゃ、実戦に出すのはまだまだ先だねェ」

 呟いた上官の手が俺へと伸びて、ひょいと人の襟首を捕まえた。
 ぐいと引っ張られて、喉が絞まると気付いて慌てて立ち上がる。
 足はがくがくしているしもうはっきり言って体も重たいしまだ地面に懐いていたいが、呼吸と引き換えに出来るようなものじゃない。

「オ〜オ〜、立てるじゃないかァ〜」

 眼に優しくないスーツの部下に優しくない俺の上官は、どうにか足を踏ん張った俺を見下ろして少しばかり満足げだった。
 それじゃあ次の訓練だねェとまで言われて、どうしようもない絶望感に打ちひしがれたいのを必死にこらえる。
 俺はそのうちこの大将に殺されると思う。
 どうにか抗議したいところだが、俺の口はまだ空気を吸い込むので一生懸命だった。
 本部のこのだだっ広い訓練場をひたすら走らされていたのだから当然だ。
 後ろからシガーンとか言われたりピカピカ光られたりして、足を止めることも出来ずに多分一時間くらいは全力で走ったと思う。
 本当に、ミホークも恐ろしいところに俺を届けてくれたものだ。
 大体、落し物を拾ったら海軍へ、なんてそんな良い子行動をする七武海っていうのはどうなんだ。
 その辺の島に捨ててくれたほうが良かった。
 そうしたらきっと一般人としてゾロと遭遇したりルフィと遭遇したりナミと会ったりする可能性だってあったはずなんだ。
 ガッデム!

「……ぼさっとしてるほど余裕があるんなら、次の訓練は二倍で行こうかねェ〜?」

「申し訳、ありません、大将っ、それは、勘弁してくださいっ!」

 俺がミホークに対して思いを馳せているうちに歩き出したらしい黄猿が、振り向いてとてつもなく不穏なことを言ってきた。
 慌ててそちらを見やって言葉を放ちつつ、もつれそうな足を動かして上官を追いかける。
 サングラスをかけた黄猿の視線が俺を見下ろして、少し猫背のままで足を動かし始めた。
 次の訓練、とか言ってたな。
 次は何だろう。組み手か。剣術か。
 訓練場の端に移動してるから射撃かもしれない。
 そういえば銃とかここに来て初めて使ったよな。あれすごい手が痛い。反動で肩も痛い。
 初めて撃って悶絶してた時、「オォ〜外れなかったんだねェ〜」とか言ってニヤニヤ笑われたのを思い出した。
 的は外したのに何の話かと思ったら、『肩を脱臼しなくて良かったね』という意味だったらしい。
 あの瞬間ほど黄猿を怖いと思ったことは無かった。
 もし射撃でなかったら筋トレかな。まさかまたマラソンとかは言わないだろう、多分。
 俺の上官は俺のことをマッチョに仕立てようと頑張りすぎてると思う。
 マッチョになる前に疲労で倒れそうです。
 誰かもう少し俺の上官に優しさとかそういう気持ちを教えてあげて欲しい。
 青雉に頼むしかないのか。いや前に断られたな。
 なら赤犬か。無理だ。あの人にも優しさ成分は足りていなそうだ。
 そうかセンゴクか。よし、あの元帥しかないな。

「ナマエ〜? ……二倍だねェ……」

「へ!?」

 黄猿の優しさ先生を選定していたらいつの間にかこっちを見下ろしていた黄猿に死刑宣告を受けて、俺は硬直した。





 体が重い。

「ちゃんとお食べよォ」

 どうにか今日の訓練が終わって、疲労困憊でぐったりしている俺の向かいに座った黄猿が、料理を乗せたトレイを自分の前に置いてそう言った。
 俺の前にも、黄猿が持ってきたのと同じプレートが乗ったトレイがある。
 俺と黄猿がいるのは、本部内にある食堂の一つだ。
 俺をここまで引きずってきた黄猿は、周りからのざわざわとした雰囲気など気にした様子も無く食事を始めている。
 多分、大将クラスがここへ来るのは珍しいんじゃないだろうか。
 そう思ってはみるが、今一実感は無い。だって俺がミホークにここへ連れて来られてから、俺の向かいには常にこの人か赤犬か青雉が座っているのだ。
 超VIP待遇。まったく嬉しくない。
 ついでに言えば体は疲れ切っていて、むしろ食べるより眠りたいくらいだった。俺はエースになりたい。料理なんてものともせず眠りたい。
 とはいえ今日の食事は上官の奢りなので、その目の前で食事を残すわけにも行かず、俺は食事を取ることにした。やっぱりエースじゃなくてルフィになりたいな。もう食べながらでいいから眠りたい。
 英語が共通文字なだけあって、食事もどちらかといえば洋風だ。そろそろ白米と箸が恋しい。
 軽く手を合わせていただきますを言ってから、食事を始める。
 ゆっくり食べれば、吐かずに食べられそうだ。

「ナマエはノロいねェ……」

 じりじり自分の疲れ切った体をだましながら食事を取っていたら、先に食事を終えてトレイを片付け食後のコーヒーまで嗜んでらっしゃる上官殿が、俺のほうを見やってどこか呆れたような声を出した。

「慌てて食べると吐きそうなんです」

 それへ返事をしながら、じっくりじっくり食事を取る。
 冷めてもうまい飯とはすばらしい。さすがプロだ。

「美味しいかァい?」

 作った人でもないくせにそんな風に言って、黄猿が俺を見下ろした。
 それをちらっと見上げて、美味しいですと返事をする。
 そうかいそうかいと笑う黄猿はどこか満足そうだが、いやいやお前が作ったものじゃないだろうと誰かこの男に突っ込んでやってくれ。俺には無理だ。

「あらら、お二人さん、お揃いで」

 黄猿に時々話しかけられながらどうにか食事を進めていたら、真上から声が落ちた。
 黄猿と揃ってそちらを見上げれば、青いシャツに白いベストの青雉が、その手には小さく見えるトレイを片手に立っていた。
 そしてまた周囲の海兵さんたちが遠巻きにそれを見ている。分かってる。青雉がここに来るのも珍しいんだろう、分からないけど分かってる。
 カタリと音を立ててトレイを置いた青雉は、どうしてか黄猿の隣じゃなくて俺の隣に座った。
 でかいから圧迫感がある。まぁ、黄猿の横に座られたらそれはそれで面接受けに来たときみたいな気分になるからいいか。

「クザン、今日までにサカズキに出す書類があったろォ〜……? ちゃァんと出したんだろうねェ?」

「いやぁ、ちょっと腹ァ減っちゃって」

 黄猿の言葉に青雉がさらりと答えて、俺はサボり癖のある大将を見やりつつちょっと身を引いた。
 またサボってきたのか。
 赤犬が怒るから止めて欲しい。
 マグマ人間が怒ると被害は周辺にも及ぶのだ。どうしてもサボるというなら、あの人の怒りも取りこぼしの一つも無く一身で受け止めて欲しい。
 少し椅子をずらして体を引いた俺に気付いたのか、青雉がせっかくあけたスペースを寄せてくる。

「腹減ってちゃなんにもできないし。ねェ? ナマエ」

「武士は食わねど高楊枝というありがたい諺をクザン大将に進呈します。痩せ我慢して頑張ってください」

 何を阿呆なことを言ってるんだと思いつつ言葉を放つと、こりゃ手厳しいと青雉が笑った。
 その手が自分のトレイ上のプレートからポークビッツをフォークで転がして、俺の皿の上に落とす。

「あ!」

「育ち盛りなんだから、もう少し食べなさいや。大きくなれないよ?」

 ころころと更に落とされ、俺は自分の皿の上に絶望を見た。
 あともう少しで自室ベッドの上だったというのに、俺の白い皿の上では見事に青雉の皿上からのポークビッツ群移住が完了している。
 吐けと言うのか。俺に吐けと言っているのか青雉。
 苦しいし悲しいしで肩を落とした俺の向かいで、やれやれとため息を零した黄猿が手を伸ばしてきた。
 その手が俺からフォークを奪って、その先で次々突き刺したポークビッツを残らず俺の皿から攫っていく。

「クザン〜」

「ん? むがっ」

 そうして掛けられた声に反応したと思ったら、青雉が何だか変な声を出した。
 視線を向ければ、伸ばされた黄猿の手が持っていたフォークが、しっかりと青雉の口に突き刺さっている。

「っあー、びっくりした! ボルサリーノ、急に口にぶち込むこと無いじゃないの」

「ナマエはもうおねむなんだから、手間増やしてんじゃないよォ〜」

 おねむってなんだ。俺は子供か。いや確かにもう眠りたいけれども。
 そうなの? とか呟きつつ、返却されたポークビッツを食べたらしい青雉が、俺のフォークを自分のトレイにおいて、先ほどポークビッツを落とすときに使用したフォークを俺のトレイへと乗せた。
 ありがたくそれを受け取って、残りをそっと口に運ぶ。
 黄猿が仕事の話を始めて、自分の食事を始めながら青雉がそれに応じた。
 そんな二人の横でどうにか食事を進めて、最後のひとかけらのパンを口へ入れる。
 もぐもぐとそれを食んでいた時、どかん、と少しばかり大きな音がして、俺の横に座っている青シャツの大将がぴくりと体を揺らした。

「クザン!! おどれ、今日と言う今日は許さん!」

 低く大きな声のした方を見やれば、そこにいるのはどう見ても赤犬サカズキだ。
 ごくり、と息を呑むついでにパンを飲み込む。
 うわ、怖い。ちょっと足元が焦げている。止めてくれ。

「あーらら、怒ってる」

「そりゃ怒るよォ〜。わっしが代わりにブチ殺しときゃあ良かったかねェ……」

「え、そっちも怒ってんの?」

 なんかのんびりと黄猿と青雉が会話しているが、そんな場合じゃないだろう。
 その証拠に、食事していたはずの海兵さんたちはばたばたと慌てて食堂から出て行っている。ちゃんと食事は取れたんだろうか。
 赤犬が覇王色の覇気を使えたなら俺は確実に失神していたと思う。
 そう思うほどに鋭い視線が俺の横の大将を見やり、ついでのように俺へも向けられた。

「またおどれか、ナマエ」

「ご、ごご誤解です。俺は何もしていません」

「サカズキ、そんなナマエ睨むなって。おれ達一緒に飯食ってただけなんだからさ〜」

 青雉の発言に、赤犬がさらに怖い顔をした。
 いやいや、俺が誘ったわけじゃないんだ。
 この人勝手に座りました。俺はサボりに無関係です。
 心の内で必死に弁明したけどそれは届かず、なぜか今日も俺まで怒られた。正座一時間だった。
 赤犬は理不尽だ。
 黄猿も、もう少し助けたりしてくれていいと思う。
 そしてどうか俺を寝かせてくれ。
 そうでなかったら明日休みをください。





 拝啓、俺の家族の皆様。
 お元気でしょうか。

 俺は死にそうです。


end


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