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十年一日 (1/2)
※人から猫へ転生してる主人公とマルコ
※仔猫→成猫
※とても微妙に名無しオリキャラ有



「み、み」

 高い鳴き声を上げながら、小さな仔猫が船のへりに爪を立ててよじ登っている。
 少しばかりおぼつかない動きで後ろ足を持ち上げようと努力しているのを見やり、仕方ねェなとため息を吐いたマルコは、そのまま仔猫へと近付いた。

「お前も降りるつもりかよい、ナマエ」

「みあ」

 声を掛けつつひょいと掴まえて目の高さまで持ち上げると、驚いたように鳴き声を零した仔猫が、その目をぱちくりと丸くしながらマルコを見やる。
 突然掴まれても暴れることなく、ただ少しばかり不思議そうな顔をしている仔猫を、マルコは見つめた。
 ナマエという名前のその仔猫は、ついひと月あまり前、マルコがとある島で拾った仔猫だった。
 拾ったと言うよりも、噛みついてきたのを連れて帰った、というのが正しいのかもしれない。
 飢えて死にかけていた仔猫が足に噛り付いてきたと話したら、『獲物の匂いがしたんじゃねェのか』と笑われたのはあまり面白くはない思い出だ。
 幻獣種とはいえ、『鳥』の動物系能力者であるマルコを嗅ぎ分けたらしい仔猫は、マルコが気まぐれにやった世話ですっかりマルコに懐き、そして今はこのモビーディック号で飼い猫として生活している。
 片足で踏んだだけで死んでしまいそうな小ささの、仔猫らしいあどけない愛らしさを振りまくナマエをひょいと己の肩へ乗せると、ナマエがもぞもぞと身じろいだ。
 柔らかな毛皮が頬を軽く撫でる感触を放っておいて、マルコがそのまま歩き出す。

「お前一人で、船から降りられるわけねェだろい」

 そう言いながらマルコが見やったのは、つい一時間ほど前に着岸した陸地だった。
 モビーディック号という大きな船を隠す『海賊御用達』であるらしい入り組んだ入り江には、しっかりと海水が満ちている。
 ナマエが今よじ登ろうとした場所の先に渡し板が掛けられているわけでもなく、そのまま跳べば小さな仔猫が海に落ちてしまうことは分かりきったことだった。
 風呂を嫌がらないナマエが泳げるのかどうかをマルコは知らないが、それよりもまず、こんな小さな生き物が水に入っては、波の下の生き物の口に入るだけだと言うことくらいは嫌でも分かる。
 マルコ達にとってはただの食用の魚たちも、ナマエにとっては恐るべき強敵となる筈だ。
 それとも腹の中から食らいつくして出てくるつもりなのか、と少し恐ろしい考え方をしてから首を横に振って、マルコの足が辿り着いたのは船の端から垂れている縄梯子の傍だった。

「お、マルコ、お前も降りるのか?」

 ちょうどそこにいたサッチが、笑ってマルコを見やる。
 飛んできゃいいのに、と言いながらも気にした様子なく小舟へ降りていくそれを見送って、マルコもひょいと船の上から小舟へと飛び降りた。

「みっ」

 急な上下運動に、肩の上の仔猫が慌てた声を出す。
 間違っても落ちないように片手を添えてやりながら、とん、と軽やかに小舟へ降り立ったマルコに、うおあ、と間抜けな声を出したサッチが慌てて振り向いた。

「何してんだ、馬鹿」

「うるせェ、さっさと出せよい」

 端にロープの結わえてある小舟の上で、そう言い放ったマルコが端へ座る。
 マルコが横暴だとわざとらしく文句を言いながら、しかし気にした様子もなく両手でオールを握ったサッチは、『あれ?』とその後で首を傾げた。

「ナマエも連れてくのか?」

「島に降りてェんだとよい」

 問いに答えて、マルコの手が自分の肩にしがみ付くようにへばりついている仔猫を引き剥がす。
 胡坐をかいた膝の上に乗せると、戸惑うように周囲を見回した仔猫は、それから三角の耳をぴんと立ててその顔をサッチへ向け、みい、と鳴き声を上げた。
 仔猫特有の高くて細い鳴き声を何と受け取ったのか、あいよ、と返事をしたサッチが軽くその両手を動かし始める。

「マルコくんからも一言あってもいいと思うなァ、おれ」

「どうせついでだろい」

 笑って寄越されたふざけた台詞に、マルコはただ肩を竦めただけだった。







 降り立った陸地をある程度歩いて辿り着いた港町は、随分と活気に満ちていた。
 わいわいがやがやと騒がしい雑踏の中を、マルコがそのまま歩いていく。
 相変わらず、ナマエはその肩に乗ったままだ。
 少し安定感が足りないようだが、マルコの上着には余分なポケットなどついておらず、サッシュベルトに入れてやるのも少し違うだろうと判断したが為にそのままである。
 その代わり普段よりゆったりと歩きながら、マルコは肩に乗っている仔猫の様子を窺った。

「……みーい」

 時々マルコの耳元で鳴き声を零しながら、きょろきょろと忙しなく周囲を見回すナマエはどことなく興奮した様子だ。

「楽しいかい」

「みっ」

 マルコが声を掛ければ、それにこたえるように鳴き声が寄越される。
 マルコが片手で掴まえられるような大きさの頭に入った脳みそで、ナマエはどうも人の言葉を理解している様子だった。
 言葉で叱ってもきちんと反省する様子であるし、言葉でだけ褒めてもとてつもなく嬉しそうな顔をする。
 猫というのは大概がそう言うものかと思ったのだが、以前他の猫を飼っていたことがあるというナース曰く、ナマエは賢い部類であるらしい。

「こんな人の多いとこじゃァ踏まれちまうから、お前はおれの肩から降りんなよい」

「みい」

 そんなことを思い出しながら告げたマルコに、応えたナマエの尾がぴんと立った。
 それと共にその目が何かを発見し、歩むマルコに合わせてその頭が動く。
 明らかに一点を見ている様子に気付いて、道端で足を止めたマルコも、同じ方向を見やった。
 そして、そこにあった『干物屋』の軒先に、魚の干物があると気付いてわずかに眉を寄せる。

「……ナマエ?」

「にい」

「まさかとは思うが、腹減ってんのかい」

 思わずマルコが問いかけてしまったのは、ナマエの食事がつい一時間ほど前に終わっていることを知っているからだった。
 マルコの足に食らいついてきただけのことはあり、ナマエはとてもよく食べる仔猫だ。
 食べ物に対する執着も強く、腹がはち切れるのではないかと心配になるほど食べ物を口にする。
 途中で食べ物を取り上げれば『奪われた』と感じてか攻撃すら仕掛けてくるため、最近のナマエへの食事は、最初から量を加減されたものだった。
 仔猫が欲しがっても簡単に餌付けしないようにとモビーディック号内に伝令したのは、他でも無いマルコだ。
 つい一時間前だって随分と食べていたし、その腹を真ん丸に膨らませていた筈だ。

「みーい」

 ちらりとマルコが見やった先で、甘えた鳴き声を零したナマエが、すり、とその体をマルコの顔へとすり寄せてくる。
 少しばかりくすぐったいので、その柔らかな毛並みに覆われた尾がマルコの頭に擦り付けられているのは明らかだった。
 何甘えた声だしてんだよい、と呆れた声を零して、マルコの手がひょいと仔猫を肩から掴み上げる。

「みっ」

「たくさん食ったってすぐにでかくなれるわけでも無し、胃袋がはち切れて死んじまうほうが早ェだろい」

 だから我慢しろ、とマルコが正面へ持ってきた仔猫の顔を見つめて言うと、ぱち、と丸くて大きな目がマルコを見つめて瞬いた。
 ぱたぱたとその耳を揺らして、それから少しばかり考えたらしい仔猫が、ゆるりと小首を傾げる。

「みーい?」

 鳴き声を零して、その尾がするりと自分を掴んでいるマルコの手に絡む。
 きらきらと期待に輝く目を向けられ、眉間にしわを寄せてしばらくそれを眺めていたマルコは、それからやがて小さくため息を零した。

「……お前、分かっててやってるだろい」

 仕方のない仔猫へ向けて言いながら、マルコの足が干物屋へと向かう。
 さすがに大きな魚の干物を買って与えるわけにはいかず、マルコが目をつけたのは、その隣に置かれた小魚たちの詰め合わせの小袋だった。

「親父、そこの小魚の詰め合わせ、一袋」

「あいよ」

 そうして声を掛けた先で、どうしてか海賊へ微笑ましいものを見るような目を向けた店主は、マルコの求めた商品をマルコへと差し出した。
 何だか居心地の悪いものを感じたが、小分けにして渡した小魚をナマエが満足そうに食べていたので、その違和感を無視することにする。

「外でもやるのかよ、それ」

 どこかで見ていたらしいリーゼント頭の『兄弟』が、合流した時に笑いながらそんなことを言っていた。







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