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誕生日企画2015(2/2)


「とりあえず、寝たまま連れて帰るから……」

『あーいや待て待て』

「ん?」

 寝ている猫を抱えて飛ぶことは難しくても、担いで連れて帰るくらいは簡単に出来るはずだ。
 そう考えてのマルコの発言を、サッチが遮った。

『危険な生き物がいそうにないなら、少しそっちで休んでこいよ。お前あんまり寝てねェだろ』

 そしてそう言い放ったサッチに、マルコはわずかに目を瞬かせる。
 それを電伝虫が伝えたのか、何だおい目ェパチパチさせる電伝虫怖いな、と笑ったサッチが、それから更に言葉を続けた。

『こっちはこれからうるさくなるから、船から離れてた方が休めるぜ』

「うるさくって……」

『ナマエが見つかったんだ、今日は『予定通り』にしねェとな』

 笑った電伝虫が漏らしたサッチの言葉に、マルコがわずかに不思議そうな顔をする。
 それを見てさらに笑ったらしいサッチは、帰るなら昼頃にしろよとだけ言葉を紡いで、そのまま一方的に通話を終了させてしまった。
 手の上で沈黙した小さな電伝虫を見下ろしてから、仕方なくマルコもそれを自分のポケットへとしまう。

「……『予定』ねい」

 何かあっただろうか、と少し考えてみるものの、まるで何も浮かばない。
 しかしサッチがああいうのなら、少し休んでいってもいいのだろうか。
 そう考えて周囲を軽く見回したマルコは、それから自分の膝の上に後ろ足の片方を乗せている猫を見下ろして、その眉間のしわを深くした。
 その手がするりともう一度猫の頭を撫でて、それからごろりとその体がその場に横たわる。
 その際に脚を放り出す格好となったが、ナマエの目は覚める様子もない。

「……起きたら説教だよい」

 目の前の『猫』の顔へ向けて言い放ったマルコの目がそっと閉じられたのは、それからすぐのことだった。
 






「にゃあ」

 鳴き声と共にたしたしと額を軽く叩かれて、マルコは眉間に皺を寄せた。
 寝ているマルコにそんなことをしてくる者など、マルコは一匹しか知らない。

「……ん、もう少し寝かせろよい、ナマエ……」

 そんな風に言いながら額に触れた相手の前足を掴まえ、軽く引き寄せてやろうとしたところで何かがもそりとマルコの頬をくすぐった。
 随分と甘い匂いのするそれに気付いて、マルコの目がゆっくりと開かれる。
 寝起きのぼんやりとした視界に入り込んだのはマルコを見下ろしている大きな『猫』の姿だったが、その猫の体のあちこちについた花びらに、マルコはぱちりと瞬きをした。
 それから、だんだんとはっきりしてきた頭で起き上がったところで、もさり、とマルコの体の上から何かが落ちる。
 膝の上へと落ちたそれらを見下ろして、マルコは困惑した。
 何故なら、マルコの体の殆どを、花が覆っているからである。
 この島で群生している固有種なのか、今まで見たことも無い花びらの形をしている。それぞれの茎には一つから二つの葉がついていて、どれもこれもクローバーによく似た四葉が付いているが、それらがマルコの知っている植物でないことは花から見て一目瞭然である。
 ふわりと漂っている甘い匂いは間違いなくその花々から放たれているもので、不快ではなくとも酔いそうなそれを軽く嗅いだ後、マルコの視線が傍らに座る猫へと向けられた。

「……ナマエ、これお前が持ってきたのかい」

「なあん」

 尋ねたマルコへ返事をするように、花びらまみれの猫が鳴く。
 間違いなくそうだろうと判断して、マルコはひょいとその手で一輪を摘み上げた。
 猫の手でどうやって摘んできたのかは分からないが、随分と状態のいいものばかりだ。
 ナマエの花びらまみれの様子からするに、かなりこの花の茂っている場所が近くにあるのだろう。
 そんなことを考えながらしげしげと手元のものを見つめたマルコの傍で、ナマエがひょいとマルコの上から落ちた一輪の茎をその口で咥える。
 それをそのままマルコの手の上へと落とされて、マルコの片手がそれを受け取った。

「なあん」

「……なんだい、おれにくれるって?」

「にゃあ」

 意図を確認するべく尋ねたマルコへ、ナマエは鳴きながらまた一輪、零れた花をマルコの上へと乗せた。
 こんなにたくさんあっても困るよい、なんてそれへ笑ってから、マルコの手が一輪だけを持ち直す。指先で軽く四葉をくすぐって、その上の花を揺らした。

「一つで十分だ、ありがとよい、ナマエ」

「にゃあ」

 言葉を放つと、猫は納得したように鳴き声を上げて、落ちた花を一つずつマルコの上へと運ぶという作業を止めた。
 それを見やりながら体を動かして、マルコの目が空を見上げ、木漏れ日の向こう側に太陽がいるのを確認する。
 登り切っていないのか傾ぎ始めたのかは分からないが、恐らくは昼頃だ。
 ほんの数時間寝ただけだが、朝方よりはずいぶんとすっきりしている。
 そのことに軽く息を吐いてから、マルコは改めてナマエを見やった。
 不思議そうに首を傾げた猫が、にゃあとマルコへ向けて鳴き声を零す。
 それを見ながら猫の方へと体を向けて、マルコは花びらを体中にまとわりつかせたままで胡坐をかいた。
 恐らくはじわじわと怖い顔になっただろうマルコを見て、ナマエの尾がぶわりと膨らむ。
 怯えたように身を引きかけたのを許さず、『ナマエ』とマルコがその名前を呼ぶと、びくりと身を震わせながらも猫が動きを止めた。

「おれが何で怒ってるか、わかるかい」

 マルコは尋ねるが、もちろん猫が返事を寄越すわけがない。
 それから小一時間、花塗れの海賊に叱られた花びらまみれの大きな猫は大きな図体をしょんぼりとしおらしく縮めていたが、船に戻ったところですぐさま元気になった。
 甲板の上に料理が立ち並んでいたのだから当然だろう。
 目を丸くしたマルコへ『家族』の一人が『誕生日おめでとう』と言いだしたことで、マルコはようやく今日という日の日付に気が付いた。
 全くの偶然だったに違いないが、どうやら今年のマルコの誕生日プレゼントの一番乗りは、猫が贈った一輪の花になったようだった。



end



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