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誕生日企画2015(1/2)




「……なあん」

 モビーディック号の上、とある海賊に割り当てられた一部屋で、そんな鳴き声が漏れた。
 鳴き声の主である動物は、誰がどう見ても『猫』と呼べる見てくれをしていたが、極端に大きな体をしていた。
 よく育った虎か何かと見まがうばかりの肢体でベッドの上へと座り込み、巨大な猫はその真剣な眼差しをベッドへと向けている。
 彼の前には、物がいくつか並べられていた。
 歯型のついた古びたペン、あきらかに猫を対象にして使用するのだろう真新しい大きな猫じゃらし、半分ほどかじられた干物。
 どれもベッドの上へ転がすには不似合いなものだが、猫は当然気にした様子もなく、そして不在である部屋の主にはそれを注意しようがない。

「…………どうしよ」

 そして、猫しかいない部屋であるはずだと言うのに、そんな小さな呟きがどこからともなく聞こえてくる。
 それに反応することも無く、しばらく自分の前のものを見つめた後、人間臭くため息のようなものを零した猫は、ベッドの上で四足をついて立ち上がった。
 傍らに放られていた猫の毛まみれのタオルをその口が引き寄せて、転がしてあった三つの品を器用にその中へと転がしていく。
 最後にきちんと包み込み、中身が零れないよう慎重にタオルを咥えた後、猫はそのままひょいとベッドの上から降りた。
 大きな体を存分に使い、閉ざされた扉を前足で開いて通路へ出る。
 そこからそのまま歩き出しても、大きすぎる猫の姿に驚いたり困惑するような面々は、すでにこの船の上にはいなかった。

「お、ナマエ、なんだそれ、弁当か?」

 それどころか、そんな風に声を掛けて笑い、軽く頭を撫でていく者すらいる始末である。
 口に物を咥えているが為に、それらにくぐもった鳴き声を返しながら歩いた猫の体が、するりと一番近くにあった倉庫へと入り込む。
 人が誰もいないことを確認してから、ナマエと呼ばれた猫の足は倉庫の奥の一角へと向かった。
 人ならば這わなくては通れないような棚の隙間へと潜り込み、そこへ自分が咥えてきたものを落とし、更には前足を使って押し込む。

「……んにゃ」

 きちんと仕舞い込んだことを確認して、一つ鳴き声を零した猫は、納得いった様子で頷いてからそのまま倉庫を出た。
 改めて出た通路で、ふと何かに気付いたように鼻を動かして、それからその目が通路の端へと向けられる。
 甲板へとつながる通路の向こう側から漂うのは、潮とそれ以外の香りだ。

「にゃあ」

 誰も聞いていない場所で鳴き声を零して、ナマエの足が甲板へ向けて通路を歩いた。
 途中ですれ違ったクルー達に声を掛けられながら、そのまま甲板へと飛び出した猫が、モビーディック号の甲板の縁へととびつく。

「おやナマエ、そこはちィっと危なくないかい」

 落っこちたら大変だろうと言って笑ったのはワノ国の衣類らしいものを着込んだ男性で、ちら、とそちらを見やったナマエは、しかしそれには返事をせずにもう一度モビーディック号の外側を見やった。
 それに合わせて隣に並んだ男性が、猫と同じ方向へ視線を向ける。

「島についたって分かったのかい」

「なあん」

 久しぶりの陸地を見やって訊ねてきた相手に、猫は鳴いて返事をした。







 ナマエが島へ降りて行った、という報告をマルコが受けたのは昼頃だった。
 昼飯も食わねえでか珍しいねい、なんていうふうにマルコが笑ったのは、彼がこのモビーディック号へと連れて帰った『猫』であるナマエが、随分と食い意地の張った猫であることを知っているからだ。
 ナマエが一匹で島へ降りることはまれにあり、随分と帰巣本能の強いらしいナマエは、必ずあまり時間を掛けずにモビーディック号へと帰ってくる。
 仔猫の頃から船の上で飼い猫をやっているせいか、あまり狩りのうまくないナマエにとって、肉などと言った食事がとれる場所はモビーディック号の上にしかないのだから当然だろう。
 それが分かっているからこそ、報告を受けてもマルコは笑っていたのだ。
 しかしそれも、一晩経っても猫が帰ってこなかったと言う事実が目の前に横たわれば話は別である。

「……それじゃ、ちっと行ってくるよい」

「ああ、おれらは西側に行ってくらァ」

 船の上、そう一声を掛けたマルコへ頷いたのは『家族』達だった。
 それへ頷いて、マルコの両腕が青い炎をまとわりつかせる。
 見る見るうちに火の鳥へと姿を変えたマルコは、それからそのまま明け方の青空へと飛び立った。
 大きなモビーディック号が小さく見えるほど高くまで舞い上がり、軽く旋回しながら島の上を見下ろす。
 今回立ち寄った島はいわゆる無人島で、そこらじゅうが緑で覆われていた。
 獣の姿を隠す緑に眉を寄せつつ、マルコの目がしっかりと青空の中から島を見つめる。
 一日経ってもナマエが帰ってこないだなんて、今までを考えてみるとあり得ない話だった。
 ナマエは『猫』のわりに賢いのだ。
 もしや『帰れない状態』になったのではないかと考えれば、いてもたってもいられないのは当然だった。
 恐らく他のクルー達も同じだろう、モビーディック号が島の周りに添いながらゆるりと旋回していくのが、随分と遠くに見える。
 どこかにいるナマエの注意が引けるように高い声を零しながら、マルコは飛んでいた高さを低くして、空の上から『猫』を探す。
 途中途中で遭遇する獣に威嚇をされればやり返し、そうして更に羽ばたいたマルコが木々の狭間から一瞬覗いたものに目を見開いたのは、それから一時間ほどしてからのことだった。
 ばさ、と大きく羽ばたいて空中で停滞し、そのまま真下へと降下する。
 炎を纏った生き物が森へと降りてくる事実に驚いたかのように、あちこちで小動物が逃げ隠れ小鳥たちが飛び立ったが、今のマルコには関係が無い。

「ナマエ!」

 体の半分を人の姿にしたところでその名前を呼びながら、マルコは大地の上へと降り立った。
 生い茂る木々の向こう側から注ぐたくさんの木漏れ日が、マルコの降り立った場所を照らしている。
 そこは柔らかな芝のような草が生えた一帯で、そしてその大きな木の根元に、一匹の猫が横たわっていた。
 『猫』と呼ぶには少々大きすぎる気がするが、しかしその大きさこそがマルコにそれを『ナマエ』だと気付かせた要因だ。
 少し体の汚れたまま、目を閉じた相手に慌てて近寄って、屈んだマルコの手が猫へと触れる。

「ナマエ、おいナマエ、大丈夫かよい」

 声を掛けながら軽く揺さぶると、ゆるりと猫が目を開いた。

「……ん、なあん」

 軽く鳴き声を零した猫が、それから間抜けにも大きくあくびをする。
 その上でごろりと草の上で寝返りを打ち、マルコの体に脚を乗り上げるようにしてから、再びその目が閉じられた。
 甘えるようにしながら目を閉じた相手に、しばらくその様子を窺って、マルコの眉間に皺が寄る。

「…………寝てんのかよい」

 どう考えても安らかな寝息を零している獣に、マルコの口からは舌打ちが漏れた。
 それから、とりあえずナマエの体を撫でまわしてみる。
 滑らかな体は少し汚れているが、外傷はまるでないようだ。
 腹の方も随分と膨れているので、島の中で何かを食べたのかもしれない。生きたままの魚や動物が狩れないことを考えると、適当に果物などを見繕ったのだろう。
 マルコが降り立った場所は島の東側の随分と中心部で、奥まった場所に来てしまったが為に一晩をここで明かした、というのが事の真相のようだ。
 そこまで理解したところで、マルコが大きくため息を零す。
 がくりと脱力しながら、ひとまずその手が自らの服のポケットを探った。
 そしてそこから取り出した小さな電伝虫で、モビーディック号へ向けて念波を送らせる。

『こちらモビーディック号』

「マルコだ。ナマエが見つかったよい」

『おおマジか! 大丈夫なのか!?』

 受話器を取ったサッチが、そんな風に声を上げる。
 それに『ああ』と返して、マルコは何とも厳しい顔で口を動かした。

「寝てる」

『…………まあ、外傷が無くてよかったな』

 きっぱりとしたマルコの声と表情を伝えたらしい電伝虫の向こう側で、サッチが微妙な顔をしている。
 それを手元の電伝虫から読み取って、全くだよいと答えてから、マルコは溜息を零した。




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