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今日も通常運転 (2/2)
「……何ニヤついてんの?」

 尋ねた先で、別に笑っていないが、と口元を緩めた男が嘘を吐く。
 その両手が何も持っていないことを示すように広げられて、体の力を抜いて見せられ、あまりのその無防備さにクザンは相手を軽く警戒した。
 降参している場合はともかく、そうでない者が明らかに自分へ敵意を向けている相手へ対してそんな風な仕草を見せて寄越すのは、相手の油断を誘うためと決まっている。
 もしかすると、ナマエという名前のこの男は何らかの能力者なのかもしれない。
 東西南北の海はともかく、強者の集うグランドラインは『パラダイス』と言えど悪魔の実の能力者も多い航路だ。
 ロギアもゾオンもパラミシアもそれぞれが恐ろしい可能性を秘めていると、もちろんクザンも知っている。
 警戒する視線を受け止めて、男は口元を緩めたままで肩を竦めた。
 まるで挑発するように、その口が言葉を吐き出す。

「俺に構うより、ニコ・ロビンを見に行った方がいいんじゃないか?」

 放たれたその言葉を聞いた時、クザンは目の前の男を生かして逃がすことを諦めた。
 ニコ・ロビンという名前の彼女のことを知っていて、そしてクザンと彼女の関係を少しでも知っているというのなら、クザンにはその手で目の前の男を始末する義務があるからだ。
 クザンの変化に気が付いたのか、クザンの一番の『秘密』を知っている男の笑みが更に深まる。
 そうして、クザンを『鬼ごっこ』へ誘うようにその身を翻した。







「……本気で、ありえない」

 ぐったりした様子で呟いたペンギンは、潜水した艦内の通路で、珍しくぐったりと座り込んでいた。
 着込んでいる服の端が少しばかり氷づいているのを傍らから見下ろして、屈みこんだナマエがそっとそれを払い落とす。
 優しげにも思える手つきでされるがままになりながら、ありがとうと礼を言ったペンギンは、それから数秒をおいてばしんと目の前の男の肩を叩いた。

「じゃ、ない! 何で海軍大将なんか引き連れて逃げてくるんだ、馬鹿ナマエ!」

 海の中に沈んだ艦内は、冷え冷えと冷え込んでいる。
 それは先ほどナマエを追いかけてきていた男の仕業であり、今潜水艦が浮上できないのもそのせいだ。
 海面を覆ったぶ厚い氷に、目を輝かせたのは航海士たるシロクマだけである。
 島へたどりつき、ログが溜まった最終日、最後の自由行動を開始したナマエは、どうしてか一緒に島へ降りていたローから離れて一人で町へと繰り出していた。
 どこを探しても見つからなかったと怒った顔をしたローが船へと戻ってきて、ナマエ以外のクルー達全員が戻っても帰ってこないナマエに、何人かで探しに行くかとペンギンが提案した時、ようやく走り込んできたのがナマエだった。
 いつになく忙しい様子のナマエに驚いたペンギン達クルーは、今までにないほどの笑顔を浮かべていたナマエにさらに驚いた。
 そして『すぐに出航してくれ』と促してきたナマエがローを庇いながら降り注いだ氷の矢を避けたのを見て飛び上がり、ナマエを追うように陸から跳んできた海兵にこの上なく驚愕したのだ。
 海軍大将『青雉』だと呟いたローの低い声が、今もペンギンの耳にこびりついている。
 ローの機転でどうにか逃げ出すことが出来なかったら、恐らく今頃ペンギン達は全員があの恐るべきロギア系能力者によって氷漬けにされていたに違いない。
 完全に逃げ出せたと分かってから、すぐに笑みをその顔から消してしまった男を見据えて、ごす、とペンギンの手が拳を作って再びナマエの肩を叩いた。

「お前は、二度と、一人で、でかけるな! まいっかいまいっかい、へんなの、つかまえて、きやがって!」

「捕まえるのは向こうだ」

 ペンギン達が海賊であり相手が海軍である以上は正論のようにも聞こえる何ともずれた発言をしてから、そろそろ痛い、と何とも自分勝手な発言をしたナマエが、なおもどすどすと肩を殴りつけるペンギンの腕を掴んで止めさせる。
 もう片手を振り上げたらそちらも掴まれて、攻撃手段をなくしたペンギンは仕方なく、目の前の顔をじとりと睨み付けた。
 けれども、先ほどまでの笑顔などすでに消してしまったナマエの顔は、随分と涼しげなものだ。
、しばらく見ているとだんだん体から力が抜けていき、ペンギンの口から、はァ、とため息が落ちる。

「………………お前、今すぐ船長に謝りに行け。めちゃくちゃ怒ってたぞ」

 勝手に一人になって、勝手に海軍のそれも大将を引っかけて、しかもこの潜水艦まで連れて帰ってきたのだ。
 今までにないほどの命の危険をペンギンは感じたし、他のクルー達もそうだろう。
 しばらくは島に上陸したくない。きっと悪夢を見るに決まっている。
 無事に逃げ出せた後、じとりとナマエを睨み付け、何かを怒鳴りつけようとして飲みこんだローが背中を向けて船長室へと姿を消したのは、つい先ほどのことだ。
 未だかつてないほどの怒りの気配を感じさせていたローを思い浮かべ、そう発言したペンギンへ、善処する、とナマエが答える。
 さすがのナマエでも怒り心頭のローは苦手なのか、と思うと何だか可笑しいような気もしたが、それを笑ってやる元気すらも、ペンギンにはないのだった。

 翌日からしばらくの間、ナマエはこの船で初めて『雑用係』となっていたが、そのあまりにも完璧で余裕のある仕事ぶりに、まるで罰にならないような気がしたのは、ペンギンだけではないはずである。



end



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