今日も通常運転 (1/2)
※若干アラバスタ編への捏造あり(主に新聞記事)
※うっかりローが不在
じい、と注がれる視線を感じて、クザンは顔の上に乗せていた新聞をどけ、ついでに目を覆い隠していたアイマスクを押し上げた。
「あー……何か用?」
そうして尋ねて見上げた先には、男が一人立っている。
この暖かな春島には不似合いのコートをしっかりと着込み、汗の一つもかいていないその男は随分と表情に乏しい顔をしていて、まるで珍しい生き物でも観察するように、芝生の上で横になるクザンを真上から逆さに見下ろしていた。
何となく居心地の悪くなるその視線を受け止めて、クザンは軽く眉を寄せる。
もう一度先ほどと同じ言葉を紡ごうとしたその口は、けれど向こうから落とされた言葉によって遮られた。
「それ」
「ん? ああ、これ」
寄越された言葉に、クザンの手ががさりと先ほど自分の上から移動させた新聞を掴まえる。
クザンが触れているそれは、ニュース・クーが売り飛んでいる何の変哲もないただの新聞である。
少し前の日付なのはクザンがそれを自分で購入して島へ持ち込んだからで、同じ内容のものはカームベルトを除けば世界中に配達されているはずだ。
これがどうかしたの、と尋ねたクザンを見下ろしたままで、男がさらに言葉を紡いだ。
「その記事のことで聞きたいんだが」
「…………アラバスタの?」
男を見上げて、クザンの目が怪訝そうに眇められる。
クザンが持っている新聞の一面には、内乱の続いていたアラバスタ王国の内乱が集結したということが記されていた。
何でそんなことを尋ねてくるのかと目の前の相手を見上げたクザンを相手に、男は表情も崩さず頷いた。
「なんでおれに。読みゃあいいでしょうや」
ため息を零しつつぽいと新聞を男の足元に放って、クザンの手が自分のアイマスクに触れる。
「そっちが海軍大将『青雉』だからだが」
そうして改めて目をふさごうとしたクザンの動きが止まったのは、男からあんまりにも当然のことのようにそう言葉が紡がれたからだった。
やや置いて、少しずらしていたアイマスクをもう一度額に押し上げてから、クザンがむくりと起き上がる。
座った状態で男を見やるものの、男の表情には変化がない。
「……あー……なんだ、おれのこと知ってんの」
軽く頭を掻きながらクザンが呟くと、知っている、と男は答えた。
あまりにもはっきりしたその声に、ふうん、と声を漏らしながら、クザンは男を観察する。
ここが海軍本部の置かれたマリンフォードであったなら、一般人が『海軍大将』の顔を知っていても大して不思議でもない。
けれどもクザンが先ほどまで昼寝をしていたこの島はグランドラインの端にある小さくのどかな春島で、『調べもの』の気分転換にクザンが初めて訪れた島だった。
一般人に比べると少々大柄なクザンを珍しげに見上げる島民はいても、正義を担うコートも着ていないクザンを海軍の人間であると判断する者はいない。
時折新聞に顔が載ったこともあるから、もちろん全く知られていないとは言わないが、それにしたってクザンを見下ろしている男は珍しい人間のようだ。
少しばかり潮の匂いがする様子からして、他の島から来た船乗りなのかもしれない。
そんなことを考えたクザンの横で、男がそっと屈みこむ。
その手がひょいと新聞を掴み上げて、軽く汚れを払うようにしながら無造作に広がったそれを折りたたみ、そうしてそのままクザンへと向けた。
差し出されたそれを、座り込んだクザンの手がそっと受け取る。
「アラバスタの内乱が収まったのと同時期に、七武海が一人いなくなっただろう」
「………………ん?」
寄越された言葉に、クザンは男から新聞へ逸れかけていた視線を男へ戻した。
先ほどより近い位置からクザンを見やっている男には、相変わらず表情の変化の一つもない。
「何言っちゃってんの、急に」
問いかけながらクザンがじっと視線を注ぐと、それを受け止めた男が手を降ろして答えた。
「何って、書いてあるだろう、それに。クロコダイルが捕まったと」
放たれた言葉に、クザンの手元がわずかに冷え冷えとした空気を纏う。
男が今口にしたそれは、まだ新聞にすら載せていない筈の情報だった。
アラバスタの内乱を引き起こした『王下七武海』の『サー・クロコダイル』は討伐され、その身柄はインペルダウンへと収監されている。
クロコダイルを倒したのはグランドラインへと踏み込む前からあちこちで騒ぎを起こしていたとある『海賊団』だが、それを公表したくない海軍と政府によってその手柄を『海兵』の二人へと移されて、もうじき小さな記事を載せて公開される予定だ。
あのアラバスタにいた海兵達と海軍の上層部は当然ながらそれを知っているが、一般人が知るにはまだ早すぎる。
だというのに、アラバスタからは随分と離れたこの島にいる男が、なぜそんなことを知っているのか。
もしや、『サー・クロコダイル』が作っていた組織とのかかわりでもあるというのか。
一気に『ただの一般人』から『不審者』へと変わった男が、クザンからの鋭い視線を受け流して、軽く首を傾げる。
まるで人を馬鹿にしたかのようなその仕草の後で、膝を伸ばして改めて立ち上がった男が、クザンとの距離を一歩分あけた。
「確か、ロングリング……ロングランドだったと思うんだが」
「何が?」
「こう、地続きにリング状の島があっただろう」
くるりと指先で宙に輪を書いてから、もう行ったか、と男がクザンへ尋ねる。
その地名は、確かにクザンの次の『目的地』だった。
空島へ行ったと思われるとある『海賊団』が、今の航路で戻ってくるのなら恐らくその島の近海であるはずだからだ。
しかしなぜ男がその地名を口にするのかと、言葉の意味を測り兼ねてクザンがその顔を見上げると、それを見下ろして勝手に判断を下したらしい男は、行ってないんだな、と呟いた。
そこがクザンの『目的地』であるとも確信している様子の男に、ますます怪訝そうな顔をしてから、軽くため息を吐いたクザンがゆらりと立ち上がる。
上背のある海軍大将に見下ろされて、男はさらにもう一歩足を引いた。
たった二歩、クザンが一歩足を踏み込めば簡単に無かったことにできる距離しか開かずにクザンを見上げる男の顔は、随分と余裕を感じさせる無表情だ。
焦りや驚きと言った感情が無いのではないかと思うほど淡々とクザンを見上げる男を見下ろして、あー、とクザンは声を漏らした。
「……お前さん、名前なんてェの?」
「ナマエ」
「そ。じゃあナマエ、ちっと大人しくしなさいや」
あっさりと答えた男の、本名か偽名かも分からぬ名前を呼んで、クザンは新聞を握りしめていない方の手を目の前の相手へ向けて伸ばした。
ゆるりと動いたその手が空を掻いたのは、その動きを見やった男がさらに数歩足を後ろへ引いたからだ。
「なんで逃げてんだ」
佇んだまま、伸ばした手もそのままにクザンが問えば、氷結人間に触れられて喜ぶ馬鹿はいない、と男がたやすく口を動かす。
海軍大将『青雉』を知り、その能力ですら正確に知っているらしい『一般人』らしからぬ男に、クザンは面倒そうにため息を吐いた。
目の前の相手がどういった人間であったとしても、この男を無視しておくことはできそうにもない。
連行しその『秘密』を吐かせなくてはならない、と考えると、少々面倒臭いような気もした。
殺していいのなら今すぐ氷漬けにしてしまえばいいが、情報を吐かせるとなるとそうもいかない。かの天才ベガパンクも、まだ死体から情報を引き出す技術などは開発できていないのだ。
こんな平和な島では尋問もままならないだろうし、命あるうちに連れて帰らなければならないとなると軍艦を呼び寄せる必要もある。
そうなると確実に上司がクザンのサボりに気付いて怒鳴りにくることだろうし、あの『海賊団』がロングリングロングランドへ辿りつくところを待ち構えるのも難しくなるかもしれない。
新聞を握りしめたままの片腕をぱきぱきと凍らせて、氷結してしまった新聞を更に強く握りしめて粉々に砕き落としてから、自由になったクザンの右手が冷気を纏ったままで軽く開かれる。
おれから『逃げきれたら』見逃してもやるけどなァ、なんて不真面目なことを考えながら、あきらかな冷徹さを持って見下ろしてくるクザンの視線を受け止めて、男がわずかに口元を緩めた。
何かを楽しむようなその笑みに、クザンは軽く首を傾げる。
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