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本日も絶好調(2/2)




「だあああナマエー!」

 潜水艦の上から黒髪の彼を見つけて、シャチは大きな声でその名前を呼んだ。
 それを受けて、不思議そうな顔をした彼が、律儀に一段一段鉄製のはしごを踏みながら甲板へと上がってくる。

「どうかしたのか」

 問いかけてきた相手に、どうかしたかじゃねェよ! とシャチは声を上げた。

「お前、あれどうしたんだよ……!」

「? あれ?」

「あれだよ、あ、れ!」

 上がってきた相手へ掴みかかりながら甲板の端を指差したシャチに、ナマエの視線がそちらを見やる。
 シャチが指差した先には、何故か悪い噂の耐えない海賊団船長であるキッドと、その片腕である殺戮武人の姿があった。
 すぐ傍には死の外科医と名高いトラファルガー・ローもいて、お互いにお互いをにらみ合ったままで一歩も動く気配がない。

「……何をしにきたんだ?」

「お前を勧誘にだ……」

 呟いたナマエに、答えたのは近くへ寄ってきたペンギンだった。
 異様な光景に身を引きつつも、もしも戦いなどになったならすぐに加勢できるよう、他のクルー達もそれぞれが甲板にいながら武器を構えている。
 そんな状況であるというのに、キッドやキラーには怯えも焦りも見当たらなかった。

「おい、ナマエ」

 ちらりと帰ってきたナマエを見やったローが、こっちへ来い、とばかりにナマエの名を呼ぶ。
 それを受けて、シャチの腕を自分から剥がしたナマエがローのほうへと近付くと、じろりとローの視線がナマエを見やった。
 仮眠の途中で無理やり起こされたのか、いつもより酷い顔をしているローの横で、ナマエは無表情に彼を見やり、それからキッドとキラーを見やる。

「お前、こいつらに会ったのか」

「会った」

「それで?」

「何も」

 問われた言葉にナマエが返すと、おいおい、とキッドが笑って肩を竦める。

「お前がおれの仲間になるように、こうして『穏便』に譲り受けられるよう頼みに来たんじゃねェか」

 寄越された言葉に、ああ、とナマエが声を漏らした。
 それを聞いて、勧誘されたのか、と不満げな顔のローが尋ねる。

「された、が」

「筋を通すためにこうして船長へ交渉しに来たわけだ、トラファルガー」

 さっきも言っただろうと言いたげなキッドの言葉に、ローが軽く舌打ちする。
 その目でじろりとキッドを睨んでから、大きな刀を片手に持ったまま、空いた片手が中指を立ててキッドへと向けられた。

「残念だが、俺は自分のモンを人にくれてやるほどお優しい海賊をやってねェ。とっとと帰れ」

「ハッ 帰れと言われて、そうやすやすと帰ると思うか?」

 ローの言葉に鼻で笑って、キッドの片手がゆらりと持ち上げられる。
 それにあわせて、潜水艦の甲板にある手すりが、まるでその手に吸い寄せられるようにべきりと形を変えた。

「この潜水艦を破壊されるのと、そっちの男を寄越すのと、どっちがいいか選ばせてやるよ」

 まるで譲歩するかのように囁いた言葉は、紛れもなく脅迫だった。
 それを受けて眉間に皺を寄せたローが、小さくため息を零してから、その場にサークルを生み出す。

「な……っ」

「ッ!」

 ぶうんと広がったそれにキッドとキラーが身構えるより早く、その姿がふっと掻き消えた。
 それとともに、ばしゃんと水音がして、先ほどまで他海賊団の二人が立っていたあたりに大量の水が広がる。
 海水らしいそれを見やって目を瞬かせたナマエが、へしまがった手すりから海のほうを見やった。
 ばしゃばしゃと水を掻いたキラーが、キッドを抱えて浮上してくるのがその目に映る。

「馬鹿は放っておいて、すぐに出航するぞ。おいナマエ、お前も早く船内へ入れ」

 いらだたしげな声を出したローが、二人と入れ替わって甲板を濡らした海水を避けるようにしながら甲板を歩いて船内へと戻った。
 彼の号令を受けて、慌しく船員達が動き回り始める。
 それをちらりと見やったナマエは、甲板の端に備え置かれた浮き輪を手にして、するりとそれからロープを解いた。
 いつもなら救助のために使うそれを持ち上げて、ぽい、と海へ向かって投げる。
 くるりと軽く回った浮き輪は、うまくキラーの近くへと落ちた。
 それを見てすぐに手を伸ばしたキラーが、キッドをそれに捕まらせてから、その目を甲板の上のナマエへ向ける。
 その視線に気付いたナマエが、ひらりと軽く二人へ手を振った。

「おい、ナマエ」

 そこで不機嫌に声を掛けられて、キラーとキッドから視線を外したナマエの目が、船内から甲板を見やったローへと向けられる。
 早く来いと手招かれて、ナマエはそのままキラーたちには背中を向けて、船内へと足を踏み入れた。







「それで、何をしにいったのか言い訳はあるか」

 潜水艦が出航してすぐ、ローの私室まで引っ張られたナマエは、ソファに座らされ、目の前で仁王立ちになったローから尋問を受ける羽目になった。
 不機嫌な顔のままのローを見上げて、散歩、と素直に答えたナマエに、ローの目が更に鋭くなる。

「おれが起きるのを待てば良かったろうが」

「一人で出かけても問題無いだろう」

「一人で出かけて、ユースタス屋をひっかけて帰ってきたくせによく言えたな」

「ひっかけていない」

「勧誘されてただろうが」

「断った」

 ローの言葉に、ナマエはさくさくと言葉を返す。
 全く悪びれていないその様子に、やや置いてため息を吐いたローは、どかりと自分もソファへ腰掛けた。

「……何て言った」

「ん?」

「何て言って断った」

 低い声で尋ねながら、じろりとローの視線がとなりを睨む。
 目元の隈もあいまって随分と怖い顔になっている彼を見やって、いつも通りの無表情でナマエは答えた。

「俺はローのモノだ」

 きっぱりと、端的に寄越された言葉に、ぎろりとローの視線が鋭さをおびる。
 それを見返しても表情の一つも変えないナマエを睨み、やや置いて、ふいとローの視線が逸らされた。

「…………なら、いい」

 呟いた言葉は小さく、その場でこっそりと消える。
 何の話だとそれへ聞き返すこともないまま、ふと何かを思い出したようにナマエの手が自分の鞄を探った。
 小さなそれから取り出した本を、ひょいとローのほうへと差し出す。

「散歩の土産」

 言いつつ渡された本を見やって、ローの目が瞬く。
 その本に書かれていたタイトルは、ローがあちこちで探し回っていた医学書の一つだった。

「……お前、これをどこで……」

「適当に入った本屋で買った」

 なんでもないことのようにナマエは言うが、それが嘘であると言うことはローが一番よく知っている。
 その本はもはや絶版で、どの島の本屋や図書館を探っても見つからなかったものだ。今回立ち寄った島でだって探したが、全く見当たらなかった。
 もしや、ローが一度か二度零したこの本のことを、ナマエは覚えていてくれたのだろうか。
 そうして、探していてくれたのか。
 恐る恐るローが手を伸ばせば、簡単にその稀少本をローの手の上に乗せて、ひょいとナマエが立ち上がる。

「話は終わりか、ロー」

「……ああ」

 問いかけられてローが頷けば、それじゃあ、とばかりにあっさりとナマエはローの部屋を出ていった。
 閉じてしまった扉を見送って、ローの視線がちらりと手元に残った本を見やる。
 一人で出かけたことにも、厄介な相手を引っ掛けてきたことにも腹を立てていたはずなのに、どうにも怒りを持続させることができない。
 それもこれも全部、『自分はローの物だ』などと口にしてローの為に町の中を歩き回ったのだろうナマエが悪いのだ。

「…………チッ」

 舌打ちを零してはみたけれども、どうにも顔が緩んでしまう自分を自覚したローは、それを誤魔化すようにその視線を鋭くして、手元の本を睨みつけた。




end



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