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守護者認定 (2/2)


 ぐっと体を押さえつけられる感触を感じて、ローは眠りから意識を浮上させた。
 不快な目覚めに苛立つものの、舌打ちすら洩らせない体の強張りに、目を閉じたままで様子をうかがう。
 指の一本すら動かせないが、意識は覚醒しているように感じる。
 今日の酒盛りでクルー達が行っていた『怪談』にも似たような症状があったな、などと考えながら客観的に自分の状態を確認したローが、睡眠麻痺か、と把握するまでにはそう時間はかからなかった。
 体がまだ眠った状態であるせいで、動かすことが出来ないのだ。
 口元から小さく息を吐いて、ローは改めて意識を睡眠に落とすことを試みることにした。不快な状態からはさっさと脱却しなくては、余計にストレスが増えるばかりだ。
 けれどもそれを待っていたかのように、何かがローの胸部に触れる。
 それがぐっとローの体を下へ向けて押さえつけ、押しては緩める、といった動きをし始めたのだ。
 まるでローの体をベッドへと押し込めてしまおうと言うようなその動きに、面倒な幻覚だとローはうんざりした気分になった。
 抵抗しようにも、ローの体はまだ動くことを拒絶していて、寝がえりの一つもうてない。
 小さく耳鳴りがし始めて、更にぐっと体を押し込まれたローの耳に、ぎし、とベッドが軋む音がした。
 身動きもできないまま、ただの幻覚を見ているだけであるはずのローのベッドが軋むことなど、あり得るはずもない。
 だとすればまさか、今のこれは『睡眠麻痺』では無いと言うのだろうか。
 不可解なそれに困惑したローが体を押さえつけてくるその『幻覚』に意識を集中させると、ローの上にのしかかったその何かが小さく笑い声を零した。
 聞くだけで不愉快になるような、ガラスを爪で擦ったような声音にぞわりと首裏へ鳥肌を立たせたローの頬に、そっと温く冷えた何かが触れる。
 幻覚というにはあまりにも現実味を帯びたその感触に、能力を使おうとしたものの、まだ目を覚ましていないらしいローの体は反応しなかった。
 抵抗しようとしているローを嘲笑うかのように笑い声が大きくなり、頬に触れているそれがゆるりと首元へと滑り落ちていく。
 ローの喉を捉えたそれが、先ほどローの体を押しやっていた時のようにぐっと押さえ込むと、当然ながら呼吸を阻害された。
 ぐっと体を押さえつけて、首まで絞めるそれはただの幻覚であるはずだと言うのに、ローの体にぶわりと汗がにじむ。
 笑い声はますます大きくなって、ローの上にいるそれが身をかがめたのか、生臭い匂いが鼻を突いた。

「ロー?」

 それらがふっと消えたのは、扉を開いた誰かがローの名前を呼んだからだ。
 ふっと軽くなった体に息を吐いて、ローがベッドに寝転んだままで顔を向ける。
 扉を開いて顔をのぞかせているのはナマエで、ベッドの上に転がったままで視線を向けたローに、起こしたか、と悪びれた様子なく呟いた。
 そのまま室内へと侵入してきた相手に、ローは小さく息を吐いた。

「もう起床時間か?」

 ここ最近、ローの指定もあって、トラファルガー・ローを起こしに来るのは室内に侵入してきた彼の役目だった。
 寝起きには機嫌最悪であることの多いローが何をしても、ナマエならそれに対処できるからだ。
 諾々とローの指示に従うナマエが、ローの質問にいいや、と返事をよこす。
 そうだろうな、とちらりと見やった時計で時間を確認したローは、現在の時間が真夜中と呼んで差支えない時間だと把握して、ゆっくりとベッドから起き上がった。
 じったりと汗ばんだ首裏を軽くさすりながら、なら何だ、と言葉を投げてナマエを見やる。

「夜這いか?」

「いいや」

 笑って投げたローの言葉にも首を横に振って、ナマエの目が室内を見回した。
 いつもと変わり映えの無い室内に小さく息を吐いて、その手がローへ持っていたものを差し出す。
 渡されるがままに受け取ったローは、差し出されていたそのタオルが濡れていて、ひんやりと手元を冷やすことに気が付いた。

「暑くて寝つきが悪いんじゃないかと」

 体でも拭けばましになるんじゃないか、なんていうナマエの顔には、何の下心も見当たらない。
 どうやら気遣っているらしいナマエの様子に、は、とローは軽く笑い声を零した。
 どうしてわざわざこんな時間に現れたのかは分からないが、先程までローが酷い状態にあったとも知らないだろうに、ナマエは相変わらずタイミングのいい男だった。
 それとも、あえて先ほどの『何か』からローを助けにでも来たのだろうか。寝起きの頭がそんな馬鹿馬鹿しいことを考えて、すぐにその思考を棄却する。

「どうせなら酒の一本でももってこい」

 そんな風に呟いたローの前で、ナマエがひょいと取り出したのはどうやら厨房から持ってきたらしい小さな酒瓶だった。
 随分な度数のそれを見やり、ふん、と小さく鼻を鳴らしてから、ローは手元のタオルをナマエへ向かって放り投げた。
 ナマエが受け取るのを見やり、そのままさっさと上着を脱ぐ。
 汗ばんだその体の上に広がっているのは、ローがその身に刻んだ刺青だ。
 ローの体の上を這うそれらを見たナマエが少しだけ目を眇めたのを見上げてから、ローが軽く両手を広げる。

「面倒臭ェ、お前が拭け」

 そうしてローが命ずると、片手に酒瓶を持ち、片手にタオルを掴んだままのナマエが、小さくため息を零した。
 それでも、命じられるがままに伸びて来たその手が、ローの体に濡れたタオルを押し付ける。
 ひんやりとしたそれに気持ちよさそうに息を吐いてから、ローの手がナマエから酒瓶を奪い取った。
 ちびちびと飲んでいくにはちょうどいい度数のそれを見下ろして、ローの手が無造作にそれの封を切る。

「おれの睡眠を邪魔したんだ、当然、おれが寝るまで付き合うな?」

 そうして、ローの首を拭いているナマエへ問いかけると、タオルをローの体に押し付けていたナマエが少しだけ動きを止めて、それから仕方なさそうに頷いた。
 その手が動きを再開するのを享受して、笑ったローの口が瓶に押し付けられる。
 ほんの一口で喉を焼く酒で回った酔いに身を任せて、ローが眠りに落ちたのはそれからしばらく後のことである。







「ぜってェナマエのヤツ『そういうの』が見えるんですよ!」

 翌朝、何やら一生懸命に主張するシャチを鼻で笑ったローの脳裏にも昨晩のことが少しだけ過ったが、『どうなんだ』とペンギンに問われたナマエが当然ながら首を横に振ったので、すぐにその馬鹿馬鹿しい考えは無いものとされてしまった。
 嘘つくなよと喚いたシャチが小一時間ほどバラバラにされてしまったのは、もはや恒例風景と言うものだ。



end



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