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守護者認定 (1/2)
※勘違い主人公とハート海賊団(シャチ)とローと夏島
※それなりにホラー要素



 日が暮れてもなお生暖かい気温を保つ夏島で、暑い暑いと騒いだクルー達がそれでもようやく就寝したのは、暑さをごまかすために酒を飲んでしばらくしてからのことだ。
 そこかしこで寝息が聞こえる共同部屋で、シャチが喉の渇きを感じて目を覚ました時、周囲はすっかり暗闇の中だった。
 ランプを付けていた筈だが、すでに消えてしまっているようだ。
 自分と同じように揺れているハンモックに座り直し、仲間達が転がっているだろう真下を見下ろして、水が欲しいが降りていくのは面倒だな、なんてまだ酒の入った頭でぼんやりと考えていたシャチは、ふと通路側から聞こえる物音に気付いてその視線をそちらへ向けた。
 何かが歩いているような物音だ。
 今日は潜水艦を浮上させる日で、見張りが外に出ているはずだからそのうちの誰かか、とも思ったものの、どうも様子がおかしい。
 ぺた、ぺたと裸足で歩いているようなその足音に、べちゃ、べちゃと濡れたものを落とすような物音が続いている。
 奇妙な威圧感を感じたシャチは、それを耳にして眉を寄せ、その体を改めてハンモックへと横たえた。
 暑苦しいが我慢して、足元に蹴飛ばしていた掛布で体を覆う。
 そうやって寝ている風を装いながら、ハンモックの隙間から視線を向けたシャチの視界で、ゆっくりと音もなく、共同部屋の扉が開いた。
 暗闇に満ちた視界には何も映らず、様子をうかがうシャチの耳が、べちゃ、とまた先ほどの音を拾った。
 開いたドアの暗闇の向こうから、何かが室内に入り込んで来たようだ。
 どうやら海水に塗れているようで、ぷんと潮の臭いがする。
 敵襲ならば、仲間を守るためにもそれを排除しなくてはならない。
 そう頭ではわかっているのに、シャチの体は動かなかった。
 『気付かれたらまずい』と、シャチの中の何かがそう告げているのだ。
 どうまずいのかなんて答えも見つけられないまま、先ほどまで暑かったはずの体に冷汗をかきながら息をひそめたシャチの前で、べちゃ、べちゃと水音を零すその何かがゆっくりと移動する。
 眠ったクルー達の横をぐるりと回りながら、時々足を止めて、その何かは何かを確認しているようだった。
 その様子を暗闇の中で伺いながら、ふとシャチの頭によぎったのは、酒の肴にした怪談話だった。
 暑いから少しでも涼をとりたい、なんていう名目で始まったそれらを、馬鹿馬鹿しいほら話だと船長たるトラファルガー・ローは切って捨てていた。
 しかし止めはしなかったので、シャチもあれこれと聞きかじった話をしたし、他のクルー達も同じだった。
 そして、酒を飲みながら聞いたいくつかの話のうちに、今の自分の状況によく似たものがあった気がする。
 海から現れた『幽霊』が真夜中に船の中を歩き回り、起きている人間を捜して、見つけたそいつを掴まえて水底へと引き摺っていくのだ。
 引き摺っていかれた人間は二度と姿を見せず、そうやって時々船乗りの中に波にさらわれたわけでも無い行方不明者が出るのだという。
 ごく、と喉を鳴らしてつばを飲み込み、シャチはその場で物音を窺った。
 馬鹿馬鹿しい話だ。大体もしそれならば、一番最初に狙われるべきは見張りをしているクルー達の方だろう。そんな風に思うのに、部屋の中にいる『何か』の放つ異質な空気が、シャチに身動きを取らせない。
 近くに寄ってきたその足音に、耐えられなくなったシャチが目を閉じる。
 先ほどより海水の臭いが強くなり、本当に間近にその『何か』がいるのだと感じると、わずかに体が震えたのが分かった。
 どうしてか、『何か』はシャチの傍で足を止めたまま、動こうとしない。
 それとも足音も無く去って行ったのかとも思ったが、それにしては強烈な臭いがすぐ間近から漂っていた。
 何をしているのだろう。それに、この『何か』の正体は一体何なのだろう。
 駄目だ、やめろと自分の中で騒ぐのとは別に、怖いもの見たさとも言うべき好奇心が頭をもたげる。
 ほんの少し、少しだけ目を開けるくらいなら、相手にだって気付かれないかもしれない。
 そんな風に考えて、ハンモックに頬を押し付けたまま、シャチはそっとその目を薄く開いた。

「…………っ」

 そして、後悔した。
 自分の顔の前、ハンモックを通した向こう側に、暗闇の中でも分かるほどに異質な黒い影があったのだ。
 どうしてかそれの瞳は爛々と輝いていて、そしてまっすぐにシャチの顔をのぞき込んでいた。
 顔の造形も分からないのに、ずっとその目が自分を観察していたと気付いて、シャチの体が怖気立つ。
 淀んだ色で爛々と光るその瞳が、目を見開いてしまったシャチを見つめて、にい、と歪んだ。暗闇ではその口元すら見えないのに、その『何か』が笑ったのがシャチにも分かった。
 ぐちゃ、と水音を零しながら身をよじったその何かがハンモックを掴まえて、シャチの体を下へ落とそうとするように、ゆっくりとそのまま傾ける。
 やめろ、と叫びたいのにそうできないまま、体の動かないシャチは抵抗することも出来ず、

「……うあっ」

 どさり、とシャチがそのまま真下に落ちたのと、部屋のランプに火がともされたのが同時だった。
 暗闇に慣れかけていた瞳にはあまりにも明るいその輝きに、シャチが思わず顔をしかめる。

「どうしたんだ?」

 それでも慌てて視線を向けると、ランプの傍に佇んだ男が、不思議そうに首をかしげていた。

「今日は寝相が悪いな」

 そんな風に言いながら近寄ってきた相手に手を差し出されて、それを掴みながらシャチが慌てて周囲を見回す。
 しかし、すでに先ほどまで傍にいたはずの『何か』の姿はなく、見渡した共同部屋はいつも通りの様子だった。先ほどまで妙に静かだったはずなのに、今はそこかしこに仲間のいびきが聞こえている。

「……あれ、夢か?」

 思わず呟いたシャチの体を引っ張り上げながら、変な夢でも見たのか、と呟くナマエは不思議そうだ。
 そうみたいだとそちらへ返事をしてから、シャチは軽く顎を伝う汗をぬぐった。
 先ほどまで激しかった動悸が落ち着き始めて、何だか余計に汗をかいている気がする。

「怪談話なんかするからだ」

 シャチの様子を見やり、仕方なさそうにそんな風に言って、ナマエがちらりと床を見やった。
 その仕草に何となく自分でも床を見下ろしたシャチの喉が、ひ、とわずかに悲鳴を零す。
 乾いているはずの床の上に、どうしてか何かを引きずったような水跡があるのだ。
 寝入っている仲間達の間を這うように進んだそれらは、曲がりくねった道を描きながら、最後はシャチの近く、ちょうどナマエが踏みつけている辺りで止まっている。
 ざっと青ざめたシャチの横で、ナマエが軽く肩をすくめた。

「せめて後始末はしてもらいたいな」

「あ、あとしまつ?」

 この異様な光景を前に何をのんきなことを言っているんだと、シャチが思わず見やった先で、ナマエは平然としている。
 まあこの陽気なら放っておいても乾くか、なんてことまで言いながら、ナマエの手がシャチをハンモックの方へと押しやった。

「もう少し眠らないと、見張りの交代の時につらいんじゃないのか」

「眠れっつっても……」

「今度はランプもついてるから、大丈夫だ」

 安心させるように言いながら、ナマエの手が壁際のランプを指差す。
 そんなちっぽけなものに信用がおけるとは思わず、シャチはその顔を強張らせたままだ。
 それでも、まさか『幽霊』を見て怖がっているだなんてことを海賊が言えるはずもなく、しぶしぶと言った様子でその足がハンモックへと乗り上げ、いつも通りの軽やかさで寝床へと戻った。
 まだ顔の青いシャチを不思議そうに見やってから、ナマエの視線がもう一度、ちらりと足元を見やる。
 その仕草に、何となく見たくないものがある気がしながら同じ方向へ視線を向けたシャチの目に、ほんの一瞬だけ、黒い何かがナマエの足にしがみ付いているのが見えた。
 瞬きをするとすぐに見えなくなったが、ナマエの様子を見るに、足元に違和感を感じているようだ。
 じっと自分の足元を見下ろしているナマエに、シャチは恐る恐る声を掛けた。

「お、おい、ナマエ……?」

 名前を呼ばれて、ナマエの視線がシャチへと戻される。
 どうかしたかと言いたげなその顔に、お前の足元に変なものが見えたぞとは言えず、もごり、とシャチは少しばかり口ごもった。
 それに不思議そうな顔をしてから、肩を竦めたナマエが口を動かす。

「少し水でも飲んでくる」

「お、おう」

 そしてそんな風に言い放ち、歩き出したナマエの姿を、シャチは思わず見送ってしまった。
 足元の違和感など忘れたように歩いたナマエが、部屋を出る直前にまるで躓いたように姿勢を崩し、外へ向かって足元の物を蹴り出すような動作をする。
 え、と声を漏らしたシャチを気にすることなく素早く扉を閉じて、ナマエはそのまま部屋を出て行ってしまった。
 去っていく足音を聞きながら、軽く頭を掻いたシャチの目が、もう一度床の上の水跡へと注がれる。
 先ほどのあれが、何だったのか。
 その正体は全く掴めないが、どうもナマエがそれを部屋から連れ出していってくれたらしいということだけは、シャチにも分かった。
 『幽霊』が見えるだなんて言うのはおかしなことかもしれないが、ナマエだったらそれだってあり得るのではないだろうか。
 いいやむしろ、ナマエの蹴りで追い出せるのなら、物理的な攻撃が効くということだ。それならば、シャチだって同じように相手を小突き、追い出すことも出来るはずである。
 酒の回った頭でそんなことを考えつつ、改めてその体がハンモックへと寄りかかる。
 少しだけ安心したシャチが改めて眠りに落ちる様子を、部屋の端に置かれたランプがちらちらと照らしていた。







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