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そんな毎日
※このネタから




 はふう、と息を吐いて、俺は潜水艦の甲板から彼方へ続く夕暮れの海を眺めた。
 いい具合に乾いたシーツはすでに取り込んでいて、清潔な白を宿したそれは俺の傍らの籠に丁寧に畳まれて入れられている。
 この海賊団のクルーほぼ全員用のシーツが入った籠はどでかくて、俺一人では持ち上げられない。
 後で運びに来てあげるね、と言ったベポの再来を待ちながら、俺は久しぶりの外を満喫していた。
 俺が乗せられているのは潜水艦だ。
 海軍が近いと言えば問答無用で潜水するし、今日だって俺が言わなければ浮上しなかっただろう。
 やっぱり洗濯物は部屋干しより天日干しだ。日光の殺菌効果を舐めるな。
 今日の夜にはまた潜水すると聞いたから、赤い太陽を見るのもまたしばらく後になるだろう。
 綺麗なそれを眺めて、俺はしんみりと欄干にもたれかかった。
 つい最近、俺が見たかった見出しの新聞が出た。
 だから、この船の行き先がシャボンディ諸島であるということも分かっている。
 もう、ルフィ達はメリーとお別れはしたんだろう。
 メリーを包んで燃えた炎は、あの夕日みたいな色だったんだろうか。
 ルフィ達にお礼を言うメリーとか、それを見送るルフィ達のことを思い浮かべてみたら、目の前の夕日が勝手に滲んだ。

「……何泣いてやがるんだ」

 ああまた目から何か出た、と軽く腕で目元を擦っていたら、となりからそんな風に声が掛けられる。
 それと同時に顔に触れていた腕をぐいと引っ張られて、俺はまだ少し濡れてるだろう目で人の顔から腕を引き剥がした相手を見やった。

「船長」

 いつの間にやら、俺のすぐ横にはこの船の所有者が立っていた。
 いつもの帽子をかぶっていつもの格好をしたローが、いつものようにくまの酷い目でどうしてかじとりと俺を見下ろしている。
 何かあったかと首を傾げたら、俺の腕を掴んでいる手が離れて、伸びてきた手にぐりぐりと目元を擦られた。

「い、たた、ちょ、」

「何で泣いた。誰かにいびられたか?」

 遠慮ない攻撃に思わず声を漏らしながらローの手を掴めば、動きを止めたローがそんな風に言葉を落としてくる。
 いびられたなんてそんな、人聞きの悪い。
 この船の連中は、少し困ったところもあるけど、仲間にはいい態度の海賊だ。人のことを金で強制的に買い取った誰かさんのクルーには勿体無いくらいに。

「別に、何も」

 だからそう言ってその顔を見やると、帽子のつばの下でローの眉間に皺が寄った。怖い顔だ。

「何も無くて泣くってのか、ナマエ」

 少し苛立ったように聞かれたが、確かにその通りだったので何とも言いようがない。
 俺のこれはもう、癖のようなものだ。
 元々涙腺が緩いらしく、泣かせにきた漫画や小説や映画ではどれだけチープでも確実に泣く。
 更にはその場面を思い出しても泣くし、連想しただけで涙が出たこともある。
 ワンピースみたいに感動の場面が多すぎる漫画は更に困るというのに、俺が今いるここはその『ワンピース』の世界なものだから、連想する対象が多すぎるのだ。
 何も言わない俺に、小さく舌打ちをしたローが、その手でがしりと俺の頭を掴む。
 がしがしと頭を撫でるようにされて、よく分からないがされるがままにされていたら、ぱっと手を離したローは俺へ背中を向けた。

「そろそろ潜水するぞ、早く船内に戻れ」

 ぐらりと揺れた体を欄干で支えながら視線を向ければ、そんな風に言い放ってそのまま歩いていってしまう背中がある。

「…………何だ?」

 ローは時々、よく分からないことをする奴だ。
 シャチが七回バラされている間、まだ一回もバラされていないから、気に入られている方だとは思う。
 そして何となく、時々向けられる視線に貞操の危機を感じたりもするのだが、今のところ直接何かを言われたこともない。
 いや、言われて困る。
 サンジじゃないが、俺は女性が好きだ。
 しかしながらはっきりと断れないのは、ローが何も言ってこないからだとも思う。
 そして、何も言わないその代わり、他のクルーの誰より俺に構ってくる。
 今みたいに急に触ってくることもあるし、能力で瞬間移動させられたこともある。あれはすごく変な感覚だった。
 今は肩に担いでいるあの刀の鞘で足を引っ掛けられたことも、二度や三度や四度じゃない。
 洗ったばかりの洗濯物をぶちまけてしまった時にはさすがに殺意が沸いた。
 そういえばあの日は珍しく洗い直しを手伝っていたな。いや、当然だけど。
 面倒そうな顔をしながらもしぶしぶ手伝っていたローの格好のアンバランスさとシャチの驚いた顔を思い出して、何となく口元が緩んだ。

「ナマエ〜」

 一人残された甲板で色々と思い出していたら、とたとたと足音を立てて現れたのはオレンジつなぎの白熊だった。

「ごめんね、お待たせ!」

「全然大丈夫だよ、わざわざありがとうな、ベポ」

 寄って来た相手へそう答えれば、えへへ、と笑ったベポがその両手でひょいとシーツ入りの大籠を持ち上げる。
 さっき少し引き摺ろうとして早々に諦めた重量が宙に浮いている光景に、俺はふっと少しばかり遠い目をした。
 元の世界では一般的な平均値の腕力はあったはずだが、この世界へ来てこの海賊団に買われてしまってから、俺は自分の非力を痛感する日々を過ごしている気がする。
 鍛えればこんな風になれるのだろうか。
 いいや、無理だ。

「これ、倉庫に運べばいいの?」

「そうなんだ。いけるか?」

「大丈夫だよ〜、行こう、ナマエ」

 楽しそうに笑うベポへ笑い返しながら、せめて先導しようと先に歩き出す。
 俺の斜め後ろで籠を揺らしながら歩き出したベポが、あ、そうだ、と明るく声を漏らした。

「ナマエ、ナマエ、最近、キャプテンとはどう?」

「……どうって」

 寄越された言葉に声を返しながら、ああまた始まった、と俺は思った。
 ローが何も言わないのに何となく感じ取った視線の意味を俺へ肯定しているのは、ベポをはじめとした他のクルー達の言動だ。
 ハートの海賊団のクルー達は、基本的にはいい奴らだ。
 ローの姿がないところで繰り広げられる、ある一点を除けば。

「キャプテンはね、強いし優しいんだ。お医者だから怪我したってすぐ治してくれるし、この間襲ってきた海賊団が金塊持ってたから今すごくお金持ちだし! だからきっと、ナマエもすごく幸せになれるよ〜っ」

「……はは」

 何故、ハートの海賊団のクルー達は、俺へローを勧めてくるんだろう。
 普通、自分たちのキャプテンがそういう道に進みそうだと思ったら、それを防ごうとは思わないんだろうか。
 今日も今日とてキャプテン・ローのセールスを展開してくるベポに、俺はとりあえず乾いた笑い声だけを零しておくことにした。




end


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