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絶対の絶対 (1/3)
※それなりにバイオレンスな描写が含まれます
※加入初期話
※ロー夢だけどとってもシャチ
※微妙に名無しオリキャラ注意



「なんであんな奴を連れてきたんですか、船長」

 そんな風にペンギンが声を上げているのを耳にしながら、シャチもまた、同意を示すためにその目をトラファルガー・ローへと向けた。
 あんな奴、とペンギンが言葉で示した相手は、ナマエという名前らしい男だ。
 『こいつを仲間にする』と潜水艦の主が発言した傍らで、軽く会釈を寄越した何を考えているかも分からないような表情の乏しい顔の男だった。
 交わされている会話に興味すら無いのか、今は少し離れたところで航海士の白熊と並んで立っている。
 次の行き先を訊ねられたのか、ベポがログポースを見せながら何やら話し、それに耳を傾けているらしい男を一瞥して、ローが軽く首を傾げた。

「何だ、おれの決定に不満があるのか?」

 尋ねながら、『無いだろう?』と後押しするように目の前の相手に見つめられて、ペンギンがぐっと口を閉じる。
 とてつもない不満をたたえたその顔を横目に見やり、シャチは肩を竦めた。

「どこで知り合ったんですか、あんなの」

 シャチだって一目で人の性格や性質が分かるだなんて言う恐ろしい能力を有してはいないが、あの男が『得体のしれない』男であることは分かる。
 シャチの中の何かが、『ナマエ』を『異質』であり『異端』だと告げているのだ。
 あの男が身に宿す色は、どれもこれもこの海の上にふさわしくない。
 傍らのペンギンだって、恐らくは同じ思いを抱いていることだろう。
 言うならば、今シャチとペンギンが揃ってローに『なぜ』と訊ねているのは、その忌避感からくるものだ。
 何となく彼を遠巻きに眺めていた他のクルー達も、近寄ってこられて相手をしているベポが少し困った顔をしているのもそのせいに違いない。
 シャチの問いにその視線を向けて、ハートの海賊団の偉大なる船長が答える。

「さっきの島でな。おれについてきたから拾ってやった」

 何とも尊大なその台詞に、犬猫じゃないんですよ、と呆れたような声がペンギンの方から漏れた。
 犬や猫ならまだマシですよ、と続くそれに、シャチも一つ頷く。
 非難がましい目の前の二人を前に、ローがわずかに目を眇める。

「うるせェな。あいつはもうこの船の人間だ」

 おれが決めた、異論は認めねェ、そう続く言葉に、ペンギンがちらりとシャチへ視線を寄越す。
 それを受け止めて、シャチも力なく頷いた。
 この潜水艦の主であるトラファルガー・ローは、自分の決めたことを決して曲げない。
 おかげで幾度となく恐ろしい目にも遭ってきた。
 言い出したら聞かないのだ、この船長は。
 そうして苦労するのは自分達なのだと、無礼にもその目の前でため息を零したペンギンの背中を軽く叩いてやってから、シャチの目が改めてサングラス越しにローを見やる。
 その視線を受け止めて、何だ、とローが言葉を零した。
 まだ文句があるのか、と言いたげに眇められるその目に、文句はもう言いませんけど、と一つ言葉を置いてから、シャチが訊ねる。

「あいつ、戦えるんですか?」

 筋骨隆々というわけではないが、どこか底知れない気配を感じる男を後ろ向きに指差したシャチの前で、ああ、とローが頷いた。

「おれの前で賞金稼ぎを何人かのしていたからな。確か、札付きもいた」

 どうやらそれが、あの『ナマエ』とローの出会いの場面であるらしい。
 そんな面白そうな現場に遭遇できるのなら、ローについて歩くべきだった。
 わずかな後悔を抱いたシャチの目が、ちらりと後ろを見やる。
 ちょうどベポがその傍から逃げ出したところで、それを追うでも無くその場に一人で残る格好になったナマエが、そんなシャチの視線に気付いてその顔をシャチの方へと向けた。
 サングラスで隠れた向こう側のシャチの目をしっかりととらえて、それから、ふい、と逸らされる。

「…………」

「お眼鏡にかなわなかったみてェだな」

 どこか楽しげに寄越されたローの言葉に、む、とシャチの唇が子供の様に少しばかり尖らされた。







 出会いの印象からして、シャチはナマエが気に入らなかった。
 かといって、まさかいじめや嫌がらせのようなことをするはずもない。少々態度は悪いかもしれないが、許容範囲だろう。
 ペンギンやベポ、そして他のクルー達も、口数が少なく表情の乏しいナマエとはあたりさわりなく接している。
 最初は気さくなクルーが声を掛けたりもしたのだが、差し出したつなぎをナマエが受け取らなかった時点で、新入りへ好意的に友好を結ぼうという気が削り取られてしまったのだろう。
 トラファルガー・ロー以外の全員が着込んでいるつなぎは、このハートの海賊団の一員であることを示す証だ。それを拒否すると言うことは、ナマエがハートの海賊団に属したくないと言う証明になる。
 それがまた気に入らない。
 あまりにもなじもうとしないその様子に、シャチの中での『死の外科医』を狙う人間なのではないかと言う疑惑は早々に晴れたが、結局のところシャチはあまり友好的にはいられないままだった。
 ベポは時折ナマエと話したりしているらしく、『話してみたら普通だったよ』とは言われたが、今ひとつ納得がいかない。出身地すら口を割らないような得体のしれない男が、『普通』とは言い難いだろう。
 しかし、シャチの態度が悪かろうと、他のクルー達からの反応がやや冷えていようと、ナマエには気にした様子が無かった。
 ただの客人のようにひっそりと潜水艦の中に乗り込み、時々ローに呼びつけられたりしながら、与えられた仕事をあれこれとこなしている。
 時折頼まれてもいない仕事をやっていることもあり、そしてそれは教えてもいないのに随分と的確なものだった。
 機関室でもまるで長年の助手のような働きを見せるナマエには、機関士も困惑顔だ。

「うっわ」

 今もまた、思わずシャチが声を漏らしてしまったのは、本日の自分の作業であるはずの倉庫整理がすっかりと終わってしまっているからである。
 整然と整頓され、壁に掛けられた在庫表にはチェックもつけられている。間違いなくナマエの仕業だろうと把握して、シャチは溜息を零した。
 雑用が終わってくれているのは嬉しいことである筈なのだが、それをやったのがナマエであるとなると、また話は別である。
 何よりペンギンから、ナマエの触った場所はきちんと確認するように、と言われているのだ。
 二度手間とはこのことだろう。
 どうやらペンギンは、まだナマエに対する疑いが捨てられていないらしい。

「あー、棚の裏ー、よし」

 一人きりの倉庫で独り言を零しながら、シャチが倉庫のあちこちを確認する。
 今日も整頓された倉庫は何の問題も無く、ただの倉庫だった。
 海の上に似つかわしくない見た目のナマエは、本当に、今日もただ雑用をこなしただけであるようだ。
 ある程度の確認を終えて、やれやれと首を横に振ったシャチは、それからふと棚の端に置かれているものに気付いて足を止めた。
 見慣れない鞄に瞬きをして、それからしげしげとそれを眺める。
 どこかで見たことがあるようなそれにそっと手を伸ばして中をのぞき込むと、そこにはわずかな衣類が入っていた。
 少し新しめのそれらは、どこかで見たことのあるものだ。

「…………ああ、ナマエのか」

 しばらく記憶を探り、絶対につなぎを着ようとしない誰かさんの私服だと言うことを思い出したシャチの手が、ぽん、と軽く合わされる。
 ナマエには決まった部屋が無く、大部屋で雑魚寝をしている。
 持ち物などはそこへ置くのが通例だが、どうやらナマエは、この倉庫の一角を自分の物置場にしたらしい。
 勝手なことをしている相手に少しばかり眉を寄せながら、シャチは鞄の中身を改めて覗き込む。
 棚の一角に置かれたその鞄には、物がしっかりと詰められていた。
 ベリーが入っているのか、ちゃり、とわずかに硬貨のこすれる音もする。日用品も全て入っているし、まるで旅支度だ。
 そこまで考えが至り、ぱち、とシャチの目がもう一度瞬いた。

「……旅支度?」

 思わず言葉を口に出してみて、その意味を考える。
 しかしもちろん、それに深い意味などある筈もない。旅支度は旅支度だ。

「あいつ、ひょっとして船を降りるのか」

 そんな風に呟いて、シャチの手が鞄を棚へと戻す。
 ナマエがこの潜水艦に乗り込んで、数日が経つ。
 次の島へ辿り着くのはあと三日ほど後だろうとベポが話していたのを、シャチは覚えていた。
 だとすれば三日後、もしやナマエは、この鞄を片手にこの潜水艦から出ていくのではないだろうか。
 ローにそのつもりがあるのかは分からないが、もしもそうだとすれば、ナマエの態度にも納得がいく。
 慣れ合おうとしないナマエの姿を思い浮かべ、それにつられて彼とのかかわりを持とうとしなかった自分を思い返し、そっか、と納得したように声を零して、シャチは棚の上の荷物から目を逸らした。
 何となく、それを視界に入れていたくなかった。





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