解放日未定
※このネタ前提
誰か嘘だと言ってくれ。
「フッフッフ! 面白ェ顔してるぜ、ナマエ」
にやにや笑いながら顔を覗き込まれて、はぁ、と間抜けな声を零すことしか出来ない。
最初は、金が欲しかったのだ。
だからこの知っているけど知らない世界へ来てすぐに仕事を探したし、そこそこの金を稼いで暮らしてくことが出来た。
今思い出しても、あの日今までより割りの良い仕事に飛びついてしまったのが全ての始まりだ。
二ヶ月前の自分を怒鳴りつけに行きたい。
あの日あの仕事を請けなかったら、俺はここにいるはずがないのに。
どこかで見かけた雑誌に『愛と情熱とオモチャの国』なんて煽り文句を書かれていた国、ドレスローザ。
そこにそびえる城の中に、俺は立っていた。
何故なら、どうしてか俺を気に入ってしまったらしい俺の傍らの七武海が、この城の主らしいからだ。
初めて見たときはドフラミンゴを『国王様』と呼んだ人の正気を疑ってしまったが、一人や二人じゃないために、どうやらそれが事実らしいと俺は理解した。
誰か嘘だと言ってくれ。
何で海賊が国王なんてやってるんだ。
しかも確か裏稼業もしていたはずだ。
こいつ肩書き多すぎないか。
「ここでのお前の仕事は、そう難しい話じゃねェ。おれとおれのもんの世話をしろ。おれが呼んだら何をしていようが飛んでこい。おれに逆らうな。この三つだ」
俺に比べてずいぶん長い指を折り曲げて数え上げられたそれは随分と理不尽な要求に思えたが、はい、と俺は頷いた。
ここまで連れてこられて、今さら逆らってもどうにもならない。
何せ、俺の横に居るのは七武海で闇のブローカーで国王陛下だ。さらには多分能力者だ。
走って逃げようとしたって無駄なのは分かりきっている。
俺の反応を見下ろして、ドフラミンゴが首を傾げた。
「何だ? 逃げようとしてたくせに、随分殊勝だなァ、ナマエ」
「……船に乗せられてからは、ずっと大人しくしてましたよ」
俺が逃げようとしたのはあの島を出ようとして船に乗り込んだときだけだ。
それだって、海賊船が横付けにされて乗り込んできたどこかのドのつくフラミンゴに発見された段階で色々と諦めた。
今はとにかく、生き延びることが大切だ。
抵抗するというのはこういう奴にとっては最初は物珍しく、そして後は煩わしいものになるに決まってる。抵抗できるわけがない。
できる限りドフラミンゴを刺激せず、飽きられるのを待つしか選択肢はなかった。
見るからに飽きっぽそうじゃないか。
だから、きっと時間の問題だ。
俺の答えに、サングラスを掛けたままで口を曲げたドフラミンゴは、それから気を取り直したようにその口元へ笑みを取り戻して、そのまま歩き出した。
くい、と指を繰られて、俺の足が勝手に前へと歩き出す。
「あの、どちらへ」
「世話する対象くらいは見せといてやる」
足を動かされながら声を掛けた俺へ、背中を向けたドフラミンゴが答えた。
背の高いドフラミンゴが一歩を運ぶ間に二歩を歩かされながら、城の通路をひた歩く。
やがて辿り着いたのはドフラミンゴに似合いの大きな扉で、ようやく俺を操っていた何かが俺の体を解放した。
ドフラミンゴの手がひょいと扉を開くと、それと同時にぶわりと異様な気配が扉の向こうから噴出した。
何かが大きな声を上げて唸り、大きな影が素早く動いてドフラミンゴへと振り下ろされる。
「フフフ! 今日も元気そうだなァ」
けれどもそれを気にした様子も無くドフラミンゴが言い放って、その手が先ほど俺へしたように指を軽く繰った。
それと同時に動いていた影がぴたりと止まり、あと少しでドフラミンゴへ触れるところだった鉤爪が空中でぎしりと震えている。
日本人からすると驚愕の体格であるドフラミンゴよりも随分と大きな動物が、ドフラミンゴの前で歯をむき出しにしているのを、俺は見た。
ポチに似ているが、また少し違う。ふかふかした毛並みは白いはずなのに、少し汚れてもいるようだった。目は三つあるし、ドフラミンゴへ向けて伸ばされたままの前足は随分と太くて、爪は鋭く硬そうだ。
首には大きな輪が付けられていて、それから伸びる二本の鎖が壁と動物を繋いでいた。
ポチのときも思ったけど、こんな動物、今まで見たことも無い。
「あの……」
「こいつの世話が、お前の仕事だ。何度か世話係を雇ったんだが、一般人だと襲って食い殺しかけちまうし、オモチャ共だと壊しちまう。戦える奴になると反抗的すぎるこいつを殺しかけちまうんでなァ」
恐る恐る声を掛けた俺を振り向いて、ドフラミンゴがにんまりと笑う。
「まァ、どうしてもってェんなら、世話をしているときはおれがついててやろうか? 今みたいに」
言い放つドフラミンゴが何をしたいのかが、俺には分からない。
けれども確かに、今動物を抑えているのはドフラミンゴのよく分からない能力だ。
まだ低く唸っているし、きっとドフラミンゴが能力を解いたら動物はあの爪で襲い掛かってくるに違いない。
しかし、世話をする俺に付き合うことに、ドフラミンゴには何のメリットもないだろう。煩わしいだろうし、俺が世話をしている間この動物をずっと抑えていてくれるという保証だって無い。
せめてポチみたいに懐いてくれたら、何とかなるのに。
そんなことを思いながら、俺はドフラミンゴの向こうにいる動物を見やった。
ぐるぐると唸っていた動物が、ドフラミンゴの影になっていたらしい俺に気付いて、その視線をこちらへ向ける。
少しばかりこちらを見ていた動物は、やがて歯をむき出しにするのをやめて、唸り声も小さくなった。
その様子に、ドフラミンゴが後ろを見やる。
「…………ん?」
どこと無く不思議そうなその声に、大人しくなった動物がドフラミンゴにとっても珍しいものであるらしいということを、俺は理解した。
何でそんな生き物を飼っているんだ。
ドフラミンゴの手がふっと下ろされて、どうやら自由を取り戻したらしい動物の前足が引っ込められる。
まだこちらを見ている動物を見上げて、俺はそろりとドフラミンゴの後ろからその隣に並んだ。
もし襲い掛かられたら走って逃げようと決めつつ、じっと動物の顔を見つめる。
俺の視線を受け止めて、三つの目で瞬きをした動物は、くふんと鼻を鳴らしてから、そのままその場に体を伏せた。
べろりと長い舌を出して、はっはっはっ、と息を弾ませている。
しばらくその顔を見つめてから、一つの決心をした俺は、やがて一歩前へと踏み出した。
「おい、ナマエ?」
怪訝そうにドフラミンゴが声を掛けてくるのを聞きつつ、恐る恐る動物へと近付く。
近付いてくる俺を見ても、動物は唸ったり立ち上がろうともしない。
その代わり少し顔を倒してきて、近付いてきた俺の匂いを嗅いだ。
今口が開いて噛み付かれたら頭がなくなるな、と思いつつ、後退りしたくなるのをどうにか堪える。
俺の匂いを嗅いでしばらく確認したらしい動物が、長い舌を動かしてべろりと俺の顔を舐めた。ざらざらした舌に顔を舐められると痛いってことを今初めて知った。
更に二三回舐められて、さらには鼻を押し付けるようにされて、よかった、と小さく息を吐く。
どうやら俺は、ポチやこの動物みたいな生き物に好かれやすくなっているようだ。
「おい?」
「あ……大丈夫みたいです、オーナー」
声を掛けられて後ろを振り返り、俺はドフラミンゴを見やった。
「お手を煩わさなくても、一人で世話できます」
これだけ近付いても大丈夫なら、俺一人で世話はできそうだ。
俺の返事に、何故か国王陛下が舌打ちする。
「…………そうかよ」
眉間あたりに皺を寄せたドフラミンゴが、面白くなさそうにそう呟いた。
まさか俺がこの動物に襲われればいいとか思ったんじゃないだろうな。恐ろしい国王陛下だ。
実はクロコダイルみたいに外面だけがいいタイプか。それとも俺がドレスローザの人間じゃないからか。その可能性のほうが高そうだ。
睨まれている気がしてドフラミンゴから視線を外した俺は、こちらを三つの目で見下ろしている動物を見上げた。
俺が動いたのを見て、動物の耳が動く。
近くで見ると、案外可愛い目をしている気がする。
「…………これからよろしくな」
声を掛けてマズルを撫でてみると、くぅん、と動物が返事をするように声を漏らした。
end
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