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わるいひととまじゅつし (2/2)

「ドフラミンゴ!」

 特徴的な笑い声を零してコートを揺らした大男の名前を呼んで、ナマエはすぐさま椅子から降りて駆け出した。
 両手にカードも握りしめたまま近付いていったナマエの体を、ひょいとドフラミンゴが掴み上げて抱き上げる。

「よォナマエ、イイコにしてたか?」

 そうして寄越された言葉に、ナマエが頷く。
 それを見て更に楽しそうにドフラミンゴが笑い、それからナマエの手元のものに気付いて軽く首を傾げた。

「何だ? 借りモンか」

「あ」

 言われた言葉に、自分がホーキンスのカードを持ったままだと気が付いて、ナマエが軽く声を漏らす。
 それからドフラミンゴへ降ろしてほしいと頼み、無事に床へと降り立ったナマエは、先程ドフラミンゴの方へ向けて駆けた距離を駆け足で戻った。

「これ、返す。持って行ってごめんなさい」

 言葉と共にカードを差し出したナマエから『王様』のカード二枚を受け取って、ホーキンスが言葉を零す。

「お前はドンキホーテ・ファミリーの人間か」

「俺?」

 納得したような声を出されて、ナマエは首を傾げた。
 『ドンキホーテ・ファミリー』と言うのは、ドフラミンゴの周囲を取り囲むドフラミンゴの『仲間』達のことだ。
 それと自分とでは少し違うのだろうかと考えて、ナマエの口からは言葉が漏れた。

「俺、ドフラミンゴの」

 首輪を与えられ、飼い主と言う大事な人間を得たナマエの言葉に、ふむ、とホーキンスが一つ呟く。
 その手がテーブルの上の一枚のトランプをめくり、どうやら、とその口が言葉を零した。

「おれの待ち人も来たようだ」

「?」

 放たれた言葉に、誰か店に入ってきたのかとナマエが振り返る。
 しかし、その視界には見慣れた足しか入り込まず、それを追いかけるように仰いだナマエの頭を支えるように、大きな手がナマエの頭を掴まえた。

「フッフッフ! 借りを作るのは趣味じゃねェからなァ」

 そうしてそんな風に言い放ったのは、いつの間にかナマエのすぐそばに立っていたドフラミンゴだ。

「さっきの取引、受けてやろうじゃねェか」

「ことを構える必要が無くなって何よりだ」

「おいおい、テメェごときが歯の立つ相手だと思ってんのか?」

 楽しそうに言葉を放つドフラミンゴの声を聞きながら傾きそうだった体勢を立て直し、不思議そうな顔をしながらドフラミンゴから視線を動かしたナマエの視界に、つまらなそうな顔で佇んでいるシュガーが入り込む。
 そのすぐそばにいたラオGは、どうしてか身動きの取れない様子で床に転がって言る男を二人、店の外へと転がしていくところだった。
 あれは先ほど喧嘩をしていた二人じゃないだろうか、と消えていくその姿を見送ってから、ナマエがそっとドフラミンゴの傍から離れる。
 そうして相変わらずグレープが好きらしいシュガーの傍へと近寄って、自分と変わらない年齢に見える彼女へこっそり問いかけた。

「ドフラミンゴ、お仕事の話してる?」

「別に仕事じゃないわよ。若い子に造船所のツテをねだられてるだけ。悪いトコのね」

 ちゅ、と指についた果汁を吸って言葉を放ったシュガーの目が、ちらりとナマエの顔を見やる。

「あの子に助けて貰ったんでしょ?」

「ホーキンス? うん」

 問われた言葉に頷いたナマエが、どうして知っているのかと視線を注ぐと、報告が来たからに決まってるでしょ、と言葉を返したシュガーがひょいと自分のポケットから何かを取り出した。
 小さなその手にも収まる小さな渦巻きの端から顔をのぞかせた子電伝虫が、ぐっすりと眠っている。
 ドフラミンゴの服装に似た桃色のふわふわしたものを纏ったそれに、なるほど、とナマエは頷いた。
 どうやら店の中には、ドフラミンゴの知り合いもいたらしい。
 そう把握して周囲を見回してみるが、ほぼ全員がドフラミンゴの方を見ていて、誰も小さなナマエの方へ視線を向けたりはしない。
 大人数とは言わないが、十人は超えているだろう店内の客に、ナマエはそうそうに誰が報告したのか確認することを諦めた。
 その代わり、彼らと同じ方へとその顔を向ける。

「教えるのって、ドフラミンゴの船作ったところ?」

「この分だとそうなるんじゃないかしら」

 機嫌よさそうだもの、と続けながら、シュガーの唇がもう一つグレープを含む。
 その横で、そっかと声を漏らしてから、いいなあホーキンス、とナマエは呟いた。

「俺も見てみたい」

 ドフラミンゴの船を作ったところなら、そこにはきっとドフラミンゴの気に入る何かがあるに違いない。
 それが建物なのか職人なのかそれともそれ以外なのかはナマエには分からないが、ドフラミンゴが選んだのなら、一度くらい見てみたい。
 そんな思いを言葉にしたナマエの横で、あら、とシュガーが声を漏らした。
 それを聞き、ナマエが顔を向けると、じっとシュガーの目がナマエを見つめている。
 ナマエとそう年齢の変わらない見た目の、しかしその中身はナマエより年上の彼女は、やがて口の中のグレープを飲みこんでから、ふうん、と声を漏らした。
 どことなく楽しそうにその口元に笑みを浮かべる相手に、ナマエが首を傾げる。

「シュガー?」

 どうしたの、と問う前に、ナマエの口にシュガーの手元のグレープが一つ押し込まれた。

「見てみたいんなら、そうおねだりしてみたら? 『連れてって』って」

 言わなきゃ分からないからと続いた言葉に、口の中のグレープを噛みしめたナマエが、一つ頷く。
 それから口の中身を飲みこんで、ナマエはそのまま足を踏み出した。
 まだ『取引』の話をしているドフラミンゴに、終わるまで待っていようだなんてことを考えながらその傍へ歩み寄れば、それに気付いたらしいドフラミンゴが、くるりとその体をナマエへと向ける。
 『取引』の最中だと思っていたのにその顔を向けられてナマエが目を丸くすると、そんなナマエにフフフと笑い声を零したドフラミンゴは、ひょいとナマエをもう一度抱き上げた。

「どうした、ナマエ」

 そうして促すように囁かれて、少し迷ったナマエが、それでも言葉を落とす。

「あのね……俺も行ってみたい、船作るところ」

 今度連れて行って欲しい、と控えめにねだったナマエに、ドフラミンゴのサングラスがナマエの顔を反射した。
 そして、わずかに沈黙を落とした後で、その口が何とも楽しげに笑みを浮かべる。

「いいぜ、連れて行ってやる。なんなら今から行くか」

 どうせ帰り道だ、なんて続いた言葉に、ナマエはとても嬉しくなった。
 その気持ちのまま目の前の大きな体へとぎゅっとしがみ付いて、ありがとうと言葉を零す。
 それから、ドフラミンゴの肩越しにカードを片付けているホーキンスが見えたのに気付いて、ドフラミンゴに体を預けたままでホーキンスへと声を掛けた。

「ホーキンスも、一緒?」

 同じ場所へ向かうなら、彼もともに行くのではないだろうか。
 そんな風に考えてのナマエの言葉に、しかしホーキンスは『いいや』と首を横に振る。

「王下七武海の船に乗るつもりはない」

 これさえあれば十分だ、と続けながらひょいとホーキンスがつまんだのは、何かの紙切れだった。
 軽く折り畳まれたそれの端から文字が見える。
 手書きらしいそれにナマエが不思議そうな顔をすると、紹介状だ、とドフラミンゴがナマエを抱いたままで言葉を落とした。
 『紹介状』というのが何なのかをナマエは知らないが、とりあえず、あの不思議な海賊は一緒に来てはくれないらしい、と言うことは把握する。
 小さな肩が少しばかり落胆で下がったが、しかしすぐに気を取り直して、ナマエはひらりとホーキンスへ手を振った。

「それじゃあ、またね、ホーキンス」

 いつになるかは分からないが、きっとまたどこかで会うだろう。
 ホーキンスはグランドラインを目指している筈で、ナマエはこれからドフラミンゴと共に、あの偉大なる航路へと帰るのだ。
 その時もきっと、ホーキンスはナマエを気にせず占いに興じているに違いない。

「何だ、随分気に入ってんじゃねェか」

 誑かされやがって、と楽しそうに笑ったドフラミンゴが、ナマエが紡いだ別れの言葉に合わせたかのように歩き出す。
 ゆったり歩くその腕に抱き上げられたままでナマエが横を見ると、その視線を受け止めたドフラミンゴが少しばかりナマエを抱き上げている位置をずらした。
 高さを下げられて、その肩越しに後ろを見ることが叶わなくなったナマエが、少し体を捩って今度は正面を見やる。
 外で何をしてきたのか、軽く手を払いながら戻ってきたラオGが扉を開き、近寄ってきたドフラミンゴに促されるようにシュガーが先に外へと出る。

「船を作ってるところって、すごくたくさん船がある?」

「あの野郎の趣味で作ったガラクタ船ならいくつかあるんじゃねェか? 船首によっては切り刻んでやらねェとなァ」

「切っちゃうの?」

「うちのシンボルを勝手に他で使うなんざ、喧嘩を売ってるようなもんだろう?」

 訊ねたナマエへそんな風に言葉を返して、ドフラミンゴは笑っている。
 寄越される言葉に少し想像してみるもののうまく思い描くことが出来ず、楽しみだとナマエが告げると、ドフラミンゴのその笑みは更に深くなった。
 ドフラミンゴが楽しそうにしていると、ナマエの方まで楽しい気がしてくるから不思議だ。
 ドフラミンゴに抱き上げられたまま、軽く揺らされるようにして、少しばかり口元を緩ませたナマエがそのまま店を出ていく。
 すでに次の目的地へ思いを馳せていたナマエは、だから店内に残されたホーキンスが、先程ナマエが返したカードのうちの一枚をひょいと摘み上げたことにも。

「……これが『天夜叉』か。似合わないな」

 慈悲や優しさを示すそれを眺めてそんな風に呟いていたことにも、まるで気付かなかったのだった。



end



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