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わるいひととまじゅつし (1/2)
※バジル・ホーキンスの能力に対する捏造と妄想があります




 ある日を境に、ナマエの何倍も大きいナマエの大事な『わるいひと』は、ナマエをよく連れて歩くようになった。
 その理由がどうしてかは、ナマエにはよく分からない。
 ただ、一度だけあった『怖い目』にも遭わなくなったので、恐らくドフラミンゴはナマエの知らないところでナマエを守ってくれているのだろう。
 だから、ナマエはいつも通り、ドフラミンゴの申しつけを守って『仕事』の帰りを待つだけだ。
 『この店から出るなよ?』と笑い、ラオGとシュガーを連れて出て行ってしまったドフラミンゴを見送って、大人しく店の端の椅子に座る。
 ドフラミンゴが出て行ったドアの向こう側は薄暗くて、この島に夜が来ているのだということをナマエへ教えていた。
 ここまでナマエと共にきた男が誰かを知っているのだろう、店内の男達は楽しげに酒を飲んではいるが、酒場と呼ぶべき店内に一人でいる子供に声を掛けてはこない。
 ざわざわ騒がしい店内を観察したり、持ち込んだノートにナマエにはあまり分からない言葉の書き取りをしたりしながら過ごしていたナマエがふとその動きを止めたのは、店へと入ってきた男の姿を、何とはなしに見たからだった。
 一度周囲を見渡し、空いている席を捜して歩いてきた男は一人で、ナマエのすぐ隣のテーブルへ着いた。
 少し特徴的な顔に、覚えのある服装をしている。
 知っている顔だと判断し、そっとノートを閉じて、えっと、とナマエは声を漏らした。

「ほー……ほー……ほー」

 不躾に視線を向けたまま、後ろを続けられずに何度か同じ音を繰り返したナマエへ、店員へ酒を頼んだ男がちらりと視線を向けた。

「……梟か?」

 ドフラミンゴほどではないにしろ、上背のある男に隣のテーブルから見下ろされて、ナマエが首を傾げる。
 その様子を眺めて、人の見た目をした梟がいるとは知らなかったな、と男は淡々と呟いた。
 紡がれたその台詞に、先程の言葉が自分のことを示しているのだと気付いて、ナマエが首を横に振る。

「違う。俺、ナマエ」

「そうか」

 訴えるナマエへ対して、どうでもよさそうに男が頷く。
 『おれはバジル・ホーキンスだ』とついでのように寄越された言葉に、ナマエは先ほど自分が思い出せなかった名前を知った。

「ホーキンス」

 いつだったか『あの世界』で読んだ『漫画』に出ていた海賊と同じ名前のその男は、あの海賊と同じ顔をしている。
 ひょっとしたらナマエが知る頃より少し若いのかもしれないが、その違いはナマエにはよく分からない。
 一人満足そうに頷いたナマエの横で、ホーキンスと名乗った海賊はひょいと何かを取り出した。
 どうやらカードの束らしいそれを混ぜ、テーブルの上へと軽く広げていく。
 店員が酒を運びながら不審そうな顔をしたが、ホーキンスには気にした様子も無い。
 じっと見つめてももう一度自分の方を見ない男に、ナマエはゆっくりと椅子から降りて、すぐそばのテーブルへと近付いた。

「ホーキンス、ここで何してるの?」

 運ばれた酒を空けることも無く、ただカードを並べていく男へ尋ねると、テーブルの上へと視線を向けたままのホーキンスが答える。

「それはこちらの台詞だな。ここは、子供がうろつくには少々不釣り合いに思える」

 淡々と言い放ち、彼はそこでもう一度ナマエをちらりと見やった。
 その目が、テーブルの傍に立つナマエを見て、それからナマエの首元へと向けられ、そしてすぐにその視線が外される。

「……まあ、おれには関係の無いことだ」 

 すっぱりとそう言い放ち、ホーキンスの手がぱらりとカードをめくった。
 ナマエには意味の分からない絵が描かれているだけのカードだが、ホーキンスにとっては重要なものなのだろう。
 広げたカードのうち、何枚かを何らかの法則でもってめくっていく男をじっと見つめてから、ナマエはそっと自分の首元に手をやった。
 指先には、今朝ドフラミンゴがナマエの首へと取り付けた、ドフラミンゴからの『贈り物』がある。
 ナマエにとっては大事なそれは、それを見かけた人間の大概が酷いことに『外してやろうか』と持ち掛けてくるものだった。
 誰も彼もが、ナマエのそれを気に留める。
 もちろんそうしなかった者もいるが、それは今まで出くわした海賊や海兵のうちの、ほんの一握りだ。
 そしてどうやらホーキンスは、ナマエの首輪には全く興味が無いらしい。
 それどころか、どうでもよさそうに返事を寄越すその様子からして、ナマエにも全く興味が無いに違いない。
 そうされると、何となく目の前の海賊が気になって、ナマエの手が自分の座っていた椅子へと伸ばされた。
 大人向けの大きくて重たい椅子を引きずって、それをそのままホーキンスの座っているテーブルの横へと寄せる。
 そうしてそこに座ると、まるで相席をしているような状態になった。
 その状態でもう一度視線を向ければ、視界に入ったのだろう、カードをめくる手を止めたホーキンスが、何だ、と問いながらその目を向けてくる。

「ホーキンス、ここで何してるの?」

 その顔を見つめて、先程と同じ問いを投げたナマエへ、ホーキンスがちら、と手元のカードを確認して答えた。

「人を待っている」

「待ち合わせ……ともだち?」

 夜に酒場で、と言うことは、酒を飲み交わす約束でもしているのだろうか。
 誰とだろう、と首を傾げたナマエの頭の中に、漫画で見かけた顔ぶれが浮かぶ。
 その中でナマエの知っているホーキンスと親しい人間と言えば、『今』より『未来』で同盟を組んでいた他の海賊達だ。

「キッド? それとも、あー……あー……あっぷっぷ?」

 何だかそんな名前だった気がする、と口を動かしたナマエの横で、『知らん』とホーキンスが返事をする。
 『友達』なのに名前を知らないのかとナマエが目を丸くすると、占いの終わったらしいカードを纏め始めたホーキンスが、手を動かしながら言葉を零した。

「今はまだ知り合いでもない」

「ふうん?」

 ナマエにはよく分からないが、ホーキンスにはホーキンスの事情があるらしい。
 よく分からないままナマエが頷くと、それで、と言葉を落としたホーキンスがカードの束を混ぜ始めた。

「お前はここで何をしている?」

「待ち合わせ」

 寄越された問いに、ナマエが答える。
 ここで待ってろって言われた、と更に続けると、そうかとホーキンスは一つ頷いた。

「こんな場所を子供の待ち合わせに使うとは、おかしな話だ」

 そんな風に言い放ち、その手がカードの一枚をつまむ。
 もはや、ナマエに関心など無いのだろう。その目はもうナマエを見てもいない。
 ざわりとうごめいた細い枯草のようなものがホーキンスの服の端から伸びて、その先にホーキンスの指がぺたり、ぺたりと手に持っていたカードを貼り付けていく。
 また占いを始めたらしいホーキンスを見やって、カードを支えている不思議な枯草を見つめたナマエが、今度は何を占っているのだろうかとホーキンスの動く手を観察し始めたところで、ガシャンと大きな音が鳴った。
 驚いてナマエが視線を向けた先で、カウンターのあたりで酒を飲んでいた男が二人、酒で額まで赤くした顔でにらみ合っている。
 何だともういっぺん言ってみろ、と怒鳴っているその様子からして、喧嘩が始まったようだ。
 ぎゃあぎゃあと喚く二人を周りがなだめようとしているが、それを構った様子もなくついには互いの胸ぐらをつかみあった男達が、それぞれもう片方の手に持っていた瓶を振り上げ、そして振り回した。
 がちん、ととても大きく音が鳴って、片方に弾かれ横に回転した大きな瓶が、一直線にその手元から逃げ出していく。
 まっすぐ向かってくる酒瓶にナマエが目を丸くしたのと、飛んでくる酒瓶とナマエの前に何かが割り込んだのが同時だった。
 がん、と大きく音を立てて弾かれた酒瓶が、壁にぶつかり、酷く大きな音を立てて床へと落ちる。
 割れてしまったらしいそれに慌てた様子で店員が走り、今にも殴り合いになりそうだった男達が何やら青ざめているが、ナマエの関心はそちらではなく、自分の前から腕を降ろしたホーキンスの方へと向けられた。

「ホーキンス、腕、いたくない?」

 とても大きく鈍い音を立ててぶつかったホーキンスの腕を見つめ、眉を寄せたナマエの横で、いいや、とホーキンスが返事をする。
 その目がちょうどナマエがいるのとは逆側の腕を見やると、そこからひょこりと可愛いとは言い難いわら人形が現れ、今ナマエの前に差し出されたホーキンスの腕と同じ左腕が、ばしりと衝撃を受けたように後ろへたわみ、それから半分ちぎれたようになって垂れ下がった。

「大した怪我にもならなかったな」

 ナマエにはよく分からないことを言って、ホーキンスが自分の腕から視線を外す。
 ざわざわとさざめいて吸収されるようにいなくなっていく人形の姿を見送り、ホーキンスの顔がナマエの方を向く。
 そして、まだ眉を寄せたままのナマエの前で、先程大きな酒瓶に攻撃された片腕がひょいと動かされた。
 まったく表情を変えずに腕を動かすホーキンスに、その言葉の通り痛みが無いのだと把握して、ナマエがほっと息を吐く。
 一直線に飛んできたあの酒瓶は、もしもホーキンスが割り込まなかったなら、ナマエの頭に直撃していたことだろう。
 そうなれば、ナマエは軽い怪我では済まなかったに違いない。

「ありがとう、ホーキンス」

 明らかに助けてくれた相手へそのまま礼を言うと、礼は不要だ、と答えたホーキンスが、空中に浮かせるように張り付けたままだったカードを一枚ひらりと振った。

「お前を庇った方がいいと出たからな」

 そう言いつつひらひらと揺らされて、ナマエの前へとそっと置かれる。
 トランプではないそのカードが何なのか、ナマエにはさっぱりだ。
 ひょっとしたら、今テーブルの上へと置かれたカードでなかったら、ホーキンスはナマエを庇ったりはしてくれなかったかもしれない。
 占いに左右されたと言う事実を目の前に置かれ、それにぱちりと瞬きをしてから、ナマエはもう一度ホーキンスを見やる。

「ありがとう」

 そうしてもう一度改めて礼を言うと、ホーキンスの目がナマエの方からふいと逸らされた。
 その手が宙に張り付けるようにしていたカード達を回収し、ひと塊をテーブルの端へ置いて、新たなカードを取り出す。
 今度はどうやらトランプらしいそれを見てから、ナマエはそっとテーブルの上へと手を伸ばした。
 ホーキンスが置いてしまったカードの束をそっと掴まえて、自分の方へと引き寄せてみる。
 ナマエが手を出したことなど分かりきっていると言うのに、カードを混ぜてテーブルの上へと並べ始めたホーキンスは、そんなナマエに気を配る様子も無ければ、咎める様子も無い。
 その様子を見やり、それからナマエの目はテーブルの上のカード束へと向けられた。
 縦に細長いカードには、ナマエには分からない単語と共に、色々な絵が描かれている。
 ぺらぺらと何枚かめくり、いくつかのカードを見ていったナマエの手が止まったのは、二枚のカードを見つけたからだった。
 思わず手に取ってしまった右手と左手、どちらにも、王冠らしきものを被った男の絵が描かれている。
 椅子に座り、背を伸ばしているその様子をじっと見てから、ナマエはそのカードをホーキンスの方へと向けた。

「王様?」

 向けられた言葉を正しく問いかけだと受け取ったのか、カードを置いていた手を止めたホーキンスが、その目をちらりとナマエへ向ける。
 その手の上にある二枚の絵を見て真横の海賊が頷いたのを受けて、なるほど、と納得したナマエもその目を手元の二枚へと向けた。
 どちらにどういう意味があるのかは分からないが、カードに描かれた『王様』はどちらも、堂々としている。

「ドフラミンゴみたい」

 もちろん絵の中の男達がドフラミンゴのように桃色の似合う顔だとは思わないが、ドレスローザと呼ばれる国の国王であるドフラミンゴを思い浮かべてナマエがそんな風に呟くと、改めてカードを配ろうとしていたホーキンスがもう一度動きを止めた。
 それからやや置いて、すぐ横で軽くため息が落ちる。

「……なるほど、お前か」

「うん?」

 そうして落ちてきた言葉に、どういう意味かとナマエが視線を向ける。
 それを受け止め、何かを言おうとしたホーキンスの口が言葉を放つ前に閉じたのは、バタンと激しい音を立てて店の扉が開かれたからだ。
 ほとんど同時に、騒がしかった店内が静まり返る。
 不思議に思って扉の方へ顔を向けたナマエは、そこにあった人影にその目を見開いた。




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