比翼連理の噂 (2/2)
「クザン?」
どうした、と言葉をよこしてくる相手に不思議がられていると気付いて、クザンは視線をナマエへ戻した。
「……いや、今『不貞行為』って言ってたんで」
嫁でももらったのかと、と呟く声がわずかにかすれそうになったのは、それをナマエが肯定したら何とも恐ろしいことだと思ったからだ。
クザンの知る限り、ナマエは浮いた話の一つもない海兵だった。
酒の席で、ガープから『あいつはわざと避けとる』とため息交じりに聞いたこともある。
『家族』を持たないまま海軍を退役したナマエは、たった一人でこうしてあっさりとグランドラインのはずれの冬島まで引っ込んでしまった。
こんな場所で出会うのは自分か超ペンギンだけだろうと思っていただけに、わずかな焦りがクザンの背中を冷やす。
しかしクザンの言葉にわずかに目を丸くしてから、はは、とナマエは笑い声を漏らした。
そしてその手が、先ほどクザンが渡した贈り物をテーブルの上へと置きなおしてから、人差し指をその箱へと向ける。
「俺の『つがい』は、これをくれたやつらしいぞ」
「…………は?」
「そういや、最近、お前からもよく食べ物もらってたしなァ」
それに俺も食わせてたし、と呟くナマエは、やはり少し困った顔をしている。
確かにナマエの言う通り、最近のクザンはここへ訪れるときに『手土産』を持ち込むようにしていた。
同じように、ナマエが手料理をふるまうといえばそれを断らなかった。
どれも大概はこのあたたかな家の中でのことだが、外で物を渡していたこともあるし、その時は周囲に超ペンギン達がいた。
たまに興味津々の様子で窓から覗き込んでくる子供らもいるから、室内でのやりとりも見られていることはあっただろう。
「…………なんですか、そりゃ」
思わずつぶやいたクザンの前で、撤回は難しそうでなァ、とナマエが呟く。
「どうも、超ペンギン達としては『つがい』というのはどちらかが死ぬまで操立てするものらしい」
今時人間だってそんなことないのにな、と言葉をこぼしてから、ナマエがそっと自分のほうへと『贈り物』を引き寄せる。
「悪いな、クザン」
そんな風に思われると気付いていたらもう少し気を付けたのに、と言葉を続けるナマエに対して、おれは別に、とクザンは呟いた。
『つがい』と認識されていると気付いてそれに困った顔をしていたナマエのことを思い出すと、ナマエにとってそれは迷惑だったということだろう。
それはすなわち、クザンがもしも想いを告げても、きっとこたえてはくれないだろうという事実があった。
ここは強行して『構わない』と告げるべきなのか、それとも引っ込むべきかとわずかに悩んだクザンの前で、そうか? とナマエが首を傾げる。
「お前がいいんなら、まあいいか」
そしてそんな風にあっさりと、ナマエが言葉をこぼす。
放たれたそれにぱちりと瞬きをして、それから向かいを見やったクザンの前で、ナマエが少し照れたような笑みを浮かべた。
「実は、『家族』がいるみたいでちょっと嬉しかったんだ」
でも男と『つがい』だと思われてるなんてお前がいやかと思ってな、なんて言葉を続けてから、ナマエの手が改めてクザンからの贈り物を捕まえる。
開けていいか、と尋ねてそのまま返事も待たずに包みを開いていく相手を見つめて、クザンは少しばかり眉間にしわを刻んだ。
これは、喜ぶべきなのか。
それとも、まるで恋愛感情の見えない単語で表されたことを嘆くべきなのか。
複雑すぎてどんな顔をすればいいのかもわからなくなったクザンの前で、包みを開いて中身を確認したナマエが、どうしてだか驚いたように目を丸くした。
それから慌ててその目で壁のほうを見やり、そこにあった暦を確認して、しまった、と声を漏らす。
「今日、バレンタインか!」
そうして放たれた言葉に、クザンのほうも目を瞬かせた。
気付いてなかったんですか、と思わず呟いてしまってから、軽く肩をすくめる。
「軍にいた頃はよく食い物配ってたから、気付いてると思いましたよ」
「いや、あれは翌年からガープに『今年こそでかいやつにしろ』と言われるようになったからで……ああ、しまった」
何も用意してないぞ、と呟いて、ナマエの口がため息を漏らす。
その様子に首を傾げて、クザンは口を動かした。
「配る予定もなかったんなら、用意なんてしなくてもいいじゃねェですか」
それともまさか、超ペンギン達にでも配るつもりだったのか。
ありえそうな話だが、さすがに動物にチョコレートがよくないらしいということはクザンだって知っている。それとも超ペンギン達なら問題ないのだろうか。
そんな疑問まで抱いてしまった海兵に、何言ってるんだ、と呟いたナマエの視線が戻された。
「お前用に決まってるだろう」
「……………………」
あっさりと、きっぱりと放たれたそれに、クザンはわずかに硬直した。
そんなクザンをよそに、まあないものは仕方ない、と声を漏らしてもう一度ため息をこぼしたナマエが、チョコレートをさらしている箱を持ち直す。
クザンが選んだ中身を見下ろし、美味しそうだなと呟いてから、その目がクザンの両目を見た。
「チョコレートをありがとう、クザン。来月、楽しみにしていてくれ」
ホワイトデーが来るからなと放たれた言葉を聞いて、なんと答えたのか、クザンはまるで覚えていない。
しかしとりあえず、ナマエが嬉しそうに笑ったことだけは覚えているので、きっと『はい』と答えたに違いなかった。
end
←
戻る | 小説ページTOPへ