比翼連理の噂 (1/2)
※超ペンギンねつ造
ナマエという元海兵は、意外と甘い食べ物が好きな男だ。
わざわざクザンの誕生日にかこつけて甘いものを用意して食べていた、なんて冗談のようなことを言ったうえ、クザンの誕生日を祝うために甘いものを用意してくれていたのだから間違いないだろう。
そういえば海軍にいた頃は、菓子類にまつわる軽い行事の時には大体菓子を配る側だった。
その時々に軽い特別扱いのようなことをされて、結局誰かさんを忘れられなかったクザンがふとそんなことを思い出したのは、店先に並ぶいくつかのチョコレートを見つけたからだった。
『俺の故郷では、バレンタインと言えばチョコレートなんだ』
そんな風に言っていた誰かさんの言葉と、あの日もらった茶色い塊の、甘ったるさを舌が思い出した。
そのまま日付を確認し、まだ当日まで間があると確認してから日持ちしそうな種類のものを買い込んだクザンが、休みを取り付けるために仕事にせいを出したのは一週間ほど前のことだ。
そして今、クザンは件の『贈り物』を持ってとある冬島を訪れている。
「………………ああ、ありがとう」
だというのに、なぜかクザンからの贈り物を受け取って、クザンの元上官である男は妙な顔をしていた。
『なんだ?』と聞かれて『食べ物です』と答えたクザンの前で、じっと手元の贈り物を見つめている。
困ったような、何とも言えないその表情に、クザンはわずかに瞬きをする。
それからどきりとかすかに心臓が跳ねたのは、もしやこの贈り物の意味を、目の前の相手がついにようやく気付いたのか、と考えてしまったからだ。
同性で年上で元上官で、そして今は海軍を退役し一般人となってしまったナマエを、クザンは『そういった意味』で好いていた。
酔いに任せて押し倒しに向かったのに、そのまま寝かしつけられてしまったこともある。
海軍にいた頃も告白を友愛のものだと流されてしまったし、ナマエが一般人と化してからも何度か『好きだ』と告げてもいるが、『ありがとう、俺もだよ』とナマエは微笑むだけだ。
最近は、『好きだ』という音声が好意を表すものだと覚えたらしい超ペンギンの子供らがそこに割り込んですら来るようになった。
クザンとしても動物に好かれて悪い気はしないが、『そういう意味じゃなくて』と前のめりになったところに割り込まれることを繰り返すと、さすがに勢いも消えてしまう。
素面の状態で好きな相手に無体を強いることができない程度には『正義の味方』らしいクザンにとって、ナマエという人間は強敵だった。
そのナマエが、恩師や友人、そして想い人に送ることが一般的らしい『贈り物』を手にして、困った顔をしている。
困らせたかったわけではないが、まさかようやく伝わったのかと、そんな期待がクザンの胸のうちで頭をもたげた。
「……どうかしたんですか、ナマエさん」
わずかに声を上ずらせながら、そう問いかけたクザンの前で、ああ、うんとナマエが歯切れ悪く声を漏らす。
それからその目がちらりとどうしてか周囲を確認し、その様子に気付いたクザンもなんとなく同じ方向へ視線を向けた。
相変わらずナマエの住まいは雪深い冬島の奥にあり、周囲のあちこちで超ペンギンがうろついている。
仔超ペンギンたちが滑って遊んでいる雪で出来た滑り台のようなものには海軍を示すマークのようなものがうっすらと彫り込まれていて、あれを作ったのはおそらくナマエなのだろうなとクザンは思った。
しかし、少し遊具が増えているものの、見回した光景は今まで訪れた時と何も変わらない。
「ナマエさん?」
何かあったのかと声をかけたクザンの向かいで、うーん、とやっぱりナマエが歯切れ悪く声を漏らした。
そしてそれから、ひょいと伸びてきたナマエの手が、温かいだろう家を示す。
「まあとりあえず、立ち話もなんだから」
お茶を入れるから入るようにと言葉を重ねられて、クザンはなんとなく、頭をもたげていた期待が肩透かしを食らう予感を抱いた。
これもまた経験から来るものだということは、認めたくない事実である。
※
「…………よその超ペンギンが?」
「そうなんだ」
あたたかな部屋へとクザンを招き入れ、紅茶を出しながらのナマエの話は、よその縄張りにいた超ペンギンがこの島へとやってくるようになった、という話だった。
唐突に始まった世間話に戸惑いながらも相槌を打って、クザンは首を傾げる。
「海岸沿いにおかしな痕跡はなかったんですが、縄張り争いでも?」
超ペンギンはその名にふさわしく巨体で、それなりに攻撃力のある種族だ。
それらが争ったならどこかにその痕跡が残っていそうなものだが、家へやってくるまでの間、クザンの目にそれは触れなかった。
尋ねたクザンの前で、ナマエが首を横に振った。
「いや、そういう『オイタ』はしないように話してあるから」
友好的に話し合って帰ってもらったと思う、と続けるナマエの言葉は、まるで超ペンギンを人間扱いしているかのようだ。
どことなく人語を解しているような気もする超ペンギンたちを思えば、ひょっとしたらある程度は話が伝わるのかもしれないとクザンも考えるようにはなったが、しかしナマエの言い方はそれともまた違うだろう。
相変わらずの相手を眺めて、それじゃあ何が問題なんですか、とクザンの口が問いを述べる。
それを聞き、それなんだがなァ、と声を漏らしたナマエが、椅子に座ったままカップを片手で握りしめた。
「そのうちの雌に、どうも気に入られたようで」
「……はあ」
「この間魚を貢がれたんだが」
ぽつりとよこされた言葉に、クザンは何とも言えない気持ちになった。
異性であればあっさりと『好意』を寄せられていると感づけるナマエが、どうしてクザンからの想いをまるで分かってくれないのか、はなはだ疑問である。
わずかに眉を寄せたクザンに気付かず、ナマエは言葉を続けた。
「まあ食べ物に罪はないからと受け取ろうとしたら、こちらの超ペンギンたちから大顰蹙を買ってだな」
「…………なんでまた」
「どうも、超ペンギン達は、群れとつがい以外から貰うなんていう不貞行為が許せないらしい」
超ペンギンが貞淑だなんてどこの図鑑にも載ってないから知らなかった、としみじみつぶやくナマエの言葉に、クザンは首を傾げた。
今の話が、どこからそんなものにつながるのだろうか。
はた、と気付いて思わず家の中を見回してみるも、そこにあるのはほとんどがナマエの私物ばかりだ。
ちらちらとあるのはナマエが『来客用に』と用意したものばかりで、しかも使うのは大体クザンだけである。
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