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結末だけが見えている 1
※映画『Z』if
※映画のみのキャラクターが普通に出ます
※無責任な元上司と元大将クザンさん
※無責任な元上司は漫画知識しかありません
※全体的に捏造




 尖った火山の先から小さく煙が上がるその島の砂浜で、軽く伸びをする。
 久しぶりの船旅で、随分と体が硬くなってしまった。この島は湯治が盛んであるらしいし、一風呂浴びて行くか。
 そんなことを考えつつ、俺はくるりと後ろを向いた。

「こんなとこまで、悪かったな」

「気にするな、おれ達の目的地でもある」

 寄越された言葉にそう答えて、俺より大きな足で砂を踏みつけたのは、かつて黒腕と呼ばれた元海兵だ。
 ゼファーという名前のそいつは、俺より後に海軍を離れた、いわゆる同期という奴だった。
 ワンレンズのサングラスをかけていて、鍛えられた体には威圧感すら感じる。
 右腕のスマッシャーは重たい筈なのに、それを着けても気にした様子が無いのはやっぱり『化物』と呼ばれる海兵の一人だったからだろうか。悪魔の実の能力者を捉える為に海楼石で作られたそれを見やってから、軽く肩を竦める。

「あんまり怖いことをしないでくれよ」

「は! さっき、おれがしてェことは話したはずだ。今更だろう、ナマエ」

 俺の言葉に笑いながら、ゼファーがぎしりと軽く腕を揺らした。
 確かにそうだな、なんて頷いてから、俺もそちらへ笑みを返す。

「むしろ、何で俺に話したのかが一番の疑問点だ」

 大破局噴火を引き起こし、新世界の海賊も海兵もそれ以外も皆殺しにする。
 ゼファーの語るそれは、本来ならただのホラ話でしかないはずのエンドポイントを利用した、恐るべき目的だった。
 何より問題なのは、俺もゼファーも、『エンドポイントはただのホラ話だ』という『嘘』を知っているという事実だ。
 エンドポイントは存在する。
 新聞で確認したから、ファウス島がすでに破壊されたことも知っている。
 そして、その次の標的となったのがセカン島と呼ばれるこの島だ。

「お前は止めない。そうだな、ナマエ」

 脅かすように言葉を紡がれて、そうだなァ、と返事をした。
 俺がゼファーと遭遇したのは、本当に偶然だった。
 超ペンギン達に追い出される形であの島を離れて、ふらふらと放浪しながらあちこちの島を辿って情報収集をして、食料を補給していたらたまたま物資補給に立ち寄っているビンズを見かけたのだ。
 向こうも、随分と前に海軍を離れていた俺のことを覚えていたらしく、声を掛けてきて、懐かしい顔に会わないかと誘われて、ついていった先にいたのがゼファーだった。
 目的を話したら乗せていってやると言われたから言葉に甘えて、今に至っている。
 俺の返事を聞いて笑みを深めたゼファーは、威嚇するようなそれをこちらへ向けたままで、楽しげに口を動かした。

「お前はいつもそうだった。おれやガープが何をしようが放っておいて、後でセンゴクに怒鳴られる」

「あれはなァ、今思っても理不尽だと思うんだ。俺は何もしてないっていうのに」

「何もしねェから怒鳴られるんだ」

 昔のことを持ち出されて言葉を返すと、何とも酷い言葉が寄越された。
 その言い分だと、まるで俺に止めて欲しかったみたいじゃないか。そんなつもりもない癖に、思わせぶりなことを言う奴だ。
 大体、俺のような一般的な身体能力しかない海兵が、化物と呼ばれることの多かったゼファーやガープをどうにかできる筈がないじゃないか。
 それこそ、さっさとセンゴクが駆けつけてきてどうにかするべき問題だったと思う。
 かつてのことを思い出してため息を吐いてから、俺は改めてゼファーを見上げた。

「俺はお前を止めないが、お前が正しいとは思えない」

 きっぱりと放った俺の言葉に、ゼファーの顔の笑みが消える。
 後ろにいたアインがまなじりをつり上げて、今にも何かを怒鳴ろうとしたのを、横のビンズが押しとどめるのが見えた。

「けど、そんなのは俺から見た場合だけの話だからな」

 物事が一方から見るだけでは決められないことを、俺だって知っている。
 自分の身を守るために『正義』の下から逃げ出した俺ですらそうなのだから、ゼファーだって当然分かっていることだろう。
 ゼファーがしようとしていることを、俺がどれだけ『間違っている』と主張したって、そんなことでゼファーが自分の行動を変えるはずが無い。
 ゼファーの後ろには、今もたくさんの『部下』がいる。
 海軍から引き抜いてきたのも、それ以外も大勢だ。
 ガープと同じように、ゼファーもまた、色んな人間を惹きつける奴だから仕方がない。

「……お前はよく、ロジャーのことを罪深い奴だって言ってたが」

 そして、そんな風に慕ってくれる人間達を、こいつは道連れにすると言っているのだ。

「俺にとっちゃあ、お前だって十分罪深いよ」

 囁いた俺の前で、ゼファーがわずかに喉を鳴らした。
 サングラスを掛けたままの顔でこちらを見下ろして、さっき消えた笑みがまたその顔に浮かぶ。
 知っている、と寄越された言葉に、そうか、と俺は一つだけ頷いた。







 さすがに湯治で有名なだけあって、温泉は格別だった。
 焼け石に水だが、もしかしたら数年若返ったかもしれない。
 はあ気持ちよかった、なんて声を零しつつ、湯屋を出てから道の端にある手すりへ近付き、きょろりと周囲を見回す。
 俺が入った店は少し高い場所に有るせいか、手すりも随分頑丈だった。もたれても平気らしい。
 そのまま見下ろした先には街並みが広がっていて、たくさんの人間が歩き回っている。
 湯屋に入る時には海兵がうろついていた筈だが、その姿は殆ど見えなかった。

「……さて、どうするか」

 目的を果たしたいところだが、どこへ行けばいいだろうか。

「ナマエさん」

 そんな風に考えたところで左側から声を掛けられて、ん、と顔をそちらへ向けた。
 俺よりずいぶん長身の男が、俺の顔を見やって眉を寄せている。
 どうやら、最近の俺は運が良いようだ。
 怪訝そうなその顔に、よう、と軽く手を振った。

「久しぶりだな、クザン」

 牛乳でも飲むか、と今出て来たばかりの湯屋を指差す。入ったところで売っていたから、一本くらい買えるだろう。
 しかし俺の言葉には首を横に振って、クザンはそのまま俺の横で手すりに腰を下ろした。
 低くなった目線が、まっすぐにこちらを見る。

「何でアンタがここにいるんですか、ナマエさん」

 問いかけの筈なのに、クザンの声は随分と尖って聞こえた。
 どうしたのかと首を傾げれば、俺を見つめたクザンの口から、行儀の悪い舌打ちが漏れる。

「……あの人と、一緒に来たでしょう」

「ん? 何だ、知られてるのか」

「目撃情報くらい入りますよ。ネオ海軍がどれだけ危険視されてるか、知らねェってこたァ無いでしょう」

 言いながら、クザンの手が動いて、俺の腕を軽く捕まえた。
 ネオ海軍として生きてくことにしたんですか、とそのまま尋ねられて、笑って首を横に振る。

「俺にはああいうのは無理だな」

「……それなら、何で」

 尋ねながら、クザンの手に力が加えられた。
 この手にこんな風に攻撃されるのも久しぶりだな、なんて思いつつ、俺はクザンの顔を見上げて言葉を紡いだ。

「偶然会ったんだ。目的地を言ったら、同じ島に行くからと乗せてくれた」

 事実を告げた俺の前で、クザンがわずかに目を眇める。
 じっと俺の顔を観察して、嘘ではないらしいと判断したのか、その口からは小さくため息が漏れた。
 面倒臭そうなその顔を見やってから、俺はちらりと夕焼け空に煙を上げる火山を見やった。
 あれが噴火させられるのはいつ頃だろうか。そろそろ、市民に避難を呼びかけたほうがいいのかもしれない。
 さっき湯屋の店主に聴いた話だと、活火山の傍で暮らしているから島民はみなその備えをしているということだったが、いくら訓練をしていたって本番とは違うのだ。
 それで無事に逃げおおせたところで、ゼファーがあと一つのエンドポイントを破壊してしまったら話は終わりだが、多分そうはならないんだろう、ということを俺は何となく知っていた。
 何となく、でしかないのが少しばかり歯がゆいが、この世界に麦わら帽子をかぶったあの海賊がいるのだから仕方の無い話だ。

「俺は、アイツのことを知らなかったんだ、クザン」

 言葉を紡いで、傍らを見ないままで息を吸い込む。
 もう随分と昔に読んだっきりの、薄れてしまった記憶の中の『この世界』の本に、ゼファーの名前は出てこなかったように思う。
 だから、『化物』としか言いようの無い男がガープと肩を並べているのを見ても笑っていられたし、まるで世界の舞台裏を知るようで楽しかった。
 しかし、さっきまで一緒の船に乗っていたネオ海軍の人間たちから聞いた限りだと、ゼファーはとある海賊団と最近接触したらしい。
 それは、今でも俺が覚えている『主人公達』で、すなわちゼファーもまたあの漫画の登場人物に数えられるべき人間だったと言う事実だった。

「けど、俺は知っていたって良かった筈だ。そうしたら、ゼファーの嫁と子供くらい助けられたかもしれないのに」

 じっくり読んでいたわけじゃないから、ただ単に忘れてしまったのかもしれない。
 ほんの少し出て来ただけだったのかもしれない。
 考えて、必死になって記憶を掘り返してみてもゼファーの名前を見つけられず、自分の記憶力の無さにうんざりした。
 もしも覚えていたなら、俺はゼファーがああも海軍に絶望することになった最初の一つを退けることだってできたかもしれないのだ。
 ゼファーはどう考えたって『化物』だが、大事な友人だ。大切なものを失って泣いていたゼファーを俺は覚えているし、自分で立ち直ったゼファーが、海賊を憎んだことも知っている。
 もしも俺がちゃんと『知って』いたら、少しくらいはその絶望を和らげることだってできたかもしれなかった。
 しかしそれは全部が仮定の話で、今言ったって意味の無いことだ。
 俺の言葉に、少しだけ間を置いてから、クザンの手がそっと俺の腕を手放した。

「…………アンタがそんな風に悔やんだって、過去をどうこうできやしないでしょう。先生だって、そんな風に思ってるなんて言われたってどうしようもない」

「ああ、うるせえぞと殴られたな」

 クザンの言葉に、船でのことを思い出して頷く。
 相変わらず訳が分からないことを言う、と言って笑ったゼファーは、余計な世話だと告げて俺の頭を叩いていった。
 とても痛かった患部をそっと擦って、こぶが無いことを確認する。

「わざわざスマッシャーでごちりとやられたんだが、アイツは俺の頭をつぶす気だったとしか思えない」

 とても痛かった、と訴えた俺の横で、あらららご愁傷様です、とクザンがとてつもなくやる気の無い声を出す。
 相変わらずの元海軍大将へ視線を向けようとしたところで、大きな地鳴りが響き渡った。
 それと共に足元が揺れて、視線を向けた先で火山の上が赤く染まり始めたのが見える。

「……始まっちまった」

 となりで呟くクザンに、どうやらゼファーがエンドポイントの破壊を始めたらしい、ということが分かった。
 噴火するぞ、とどこかで誰かが叫んで、きゃあと悲鳴を上げた誰かが駆けていく。
 そんな彼らを数人見送ってから、改めて火山を見やった。


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