- ナノ -
TOP小説メモレス

相も変わらず (2/2)

「ここらは寒いからな、エネルギーは摂っとけ」

 そんな風に言い放った相手に、礼を言ったクザンの手がトレイの上からカップを一つ受け取る。
 残った方を自分で持ち直し、トレイを小脇に挟んだナマエは、それから改めて座っているクザンを見やった。

「久しぶりだなァクザン、今日はどうしたんだ?」

 自分から消息を絶った癖に、そんな風に言葉を紡いだナマエを前に、クザンは眉間に皺を寄せる。

「……そっちこそ、こんなところで何してるんですか、ナマエさん」

 呟きながらカップに口を押し当てると、陶器のカップがクザンの唇を穏やかに温めた。
 クザンが訪れたこの場所は、極寒で、超ペンギン達が縄張りとしているために人も住めない場所であったはずだ。
 それに、ナマエはあちこちを転々として過ごしていたはずである。
 それがどうして、と視線を向けたクザンへ、はははは、とナマエは笑った。
 その手が持っているカップの中身を軽く口にして、そのまま肩を竦める。

「超ペンギンを見つけたからなァ」

「そんなに動物が好きでしたっけ?」

「いや? でも、そいつらは特別なんだ」

 あっさりとそんな風に言い放ったナマエに、何がどう特別なんですか、とクザンは少しとがった声を放った。
 クザンを座らせておいて、自分と近い視点になったクザンの顔を見ながら、まあいいじゃないかとはぐらかすナマエは、やはり以前と何も変わらない。

「それより、本当に久しぶりだ。最近は返事もくれないから、もう俺との文通には飽きちまったのかと思ってたよ」

 そうして寄越されたその言葉に、クザンはぱちりと瞬きをした。
 言われた台詞を吟味してから、軽く首を傾げる。

「……おれは、ナマエさんからの手紙が届かなくなったから、何かやらかして身動きとれなくなってるんじゃないかと思ってたんですが」

「ん? おかしいなァ、ちゃんと俺は出してたぞ」

 約束したからなと言い放つナマエの顔に、嘘は見当たらない。
 どうやら、何らかの事故で郵便が届かなかったらしいと把握して、クザンは軽くため息を吐いた。
 自分は『手紙が届かなかった』から気になって探しに来たと言うのに、相手は返事が来ないことを『飽きたのか』と判断してそのままにされていたと言うのも、何だか腹が立つ。
 クザンから約束を取り付けたのだから、クザンの方からそれを放棄するはずが無いというのに。

「アンタの中でおれはどんだけいい加減な奴なんですか」

 思わず呟いたクザンへ、ナマエは軽く笑っただけだった。
 それから、その体がクザンの前から動く。
 ぎしりと傍らが軋んで、相手が自分の隣に並んでソファに座ったと気付いたクザンは、ぱちりと瞬きをした。
 目を合わせて話すことを好むナマエは、基本的にクザンと並んで座ることをしない。クザンとナマエでは体格が違いすぎるので、それをやると目線が合わなくなるからだ。
 けれども、今のナマエは気にした様子もなく、恐らくは手作りだろうソファの背に背中を預けて、自分でいれたカフェオレをうまそうに飲んでいる。
 自宅だからなのか、随分とリラックスした様子の相手を見やってから、仕方なくクザンも体から力を抜いた。
 まだ膝の上で眠っている超ペンギンの子供の毛皮を撫でれば、その動きでそこに乗っている獣に気付いたらしいナマエが、そういえば、と言葉を紡ぐ。

「そいつ、どうしたんだ? さっき親が探し回っててな、うちに帰ってお前と一緒に寝てるのを見つけたから、とりあえず俺が保護してるって言っといたんだが」

「……ナマエさん、超ペンギンと話せるようになってんですか」

「そりゃあ、ここはあいつらの縄張りだからなァ。ボスに襲われた時に倒したら襲われなくなったんだが、意思疎通が出来ないと、暮らしていくのも面倒だろう」

 思わず尋ねたクザンを相手に、ナマエはあっさりとそう答える。
 まるで当然のことを言うような相手に、それは全く当然のことでは無いのだと言いたくなったクザンは、彼の同期が化物ばかりであることを思い出して口をつぐんだ。
 己も『怪物』などと呼ばれる世代ではあるが、それを育てた恩師も属しているナマエたちの世代は、すなわち海賊王ゴール・D・ロジャーと同格の海兵達がいた世代だ。
 ナマエはいつもガープやセンゴク達を示して『化物ばっかりだ』とこぼしていたが、クザンから見ればナマエもその仲間に入っているのである。確かにナマエは非力だが、知略に長けていてクザンが想像もつかないようなことをよく知っていて、規格外に常識外れだった。
 そんなナマエならそういうこともあるだろうと判断して、クザンはもう一度眠りこけている超ペンギンの子供の背中を撫でた。

「雪に埋もれて身動きが取れなくなってたんで助けたら、ついてきたんですよ」

 端的にその出会いを語れば、へえ、とナマエはあっさりと頷いた。
 聞いておいてあまりにも簡単すぎる相槌に、クザンは軽く首を傾げる。
 どうしたのかとそちらを見やれば、何かを考えるように少しだけ眉を寄せて唸ったナマエが、それからそのままクザンを見上げた。

「よしクザン、そいつに名前を付けろ」

「……は?」

「ちょうどよかった。先月生まれたんだが、俺の名付けにも限界があってな」

 そろそろ知人の名前を拝借するか検討するところだった、と言われて、クザンは困惑した視線をナマエへ向ける。
 それは、久しぶりに会った知人に対して求めることだろうか。
 そう思って辞退しようとしてから、ふと一つ思いつき、クザンは改めて室内を見回した。
 普通の人間の大きさであるナマエが住むには、ここは随分と広い家だ。

「……ナマエさんは、ここには、ひとりで?」

「ん? ああ、まあ寂しい独り身だしなァ」

 クザンの言葉に、ナマエはそう返事を寄越す。
 なるほどと頷いてから、クザンは室内を見回していた視線を傍らのナマエへと戻した。
 真横に並んでいるがためにクザンを見上げる格好になっている相手を見下ろして、その口が言葉を紡ぐ。

「それじゃあ、キャメルで」

 放ったそれは、以前見かけたタバコの銘柄の名前だった。
 どんな由来があるとも言わずに名前を紡いだクザンを前に、ぱちりと瞬きをした後で、そうか分かった、とナマエが頷く。

「よし、そいつの名前は今日からキャメルだな。そろそろ決めなくちゃならなかったんだ、助かったぞクザン」

 ありがとう、と超ペンギンの代わりに言葉を紡いだ相手へ、いえお気になさらず、とクザンはとても謙虚に言葉を放った。
 それから、先ほど思いついた言葉を紡ぐべく、その口がわずかに開かれる。

「……それで、せっかくおれが名付けたんですから、時々、」

「『キャメル』もお前に懐いてるみたいだし、時々会いに来てやってくれ」

 そうしてクザンの言葉を遮るように、ナマエはそう言葉を寄越した。
 放たれた言葉に一瞬息を止めて、ついでに続けるべき言葉も飲みこむ羽目になったクザンが、ぱちりともう一度瞬きをする。
 やや置いて、乾いた口の中を湿らせるように手に持っていたカップの中身を一口飲んでから、クザンはそっと言葉を放った。

「……おれ、会いにきていいんですか」

 もともとその条件を取り付けるつもりであったが、まさか相手から言われるだなんて思いもしなかった。
 どうにか呟いたクザンに、そう言っただろうとナマエが笑う。

「いつお前が会いに来てもいいように、家だってソファだってお前にあわせて作ったんだぞ」

「え……」

「はは、なんてな」

 思わず声を漏らしたクザンを相手に、ナマエは自分の発言が冗談であると示して肩を竦めた。
 本当のところは大きい材木を小さくするのが面倒だった、なんて言葉が続いていって、それを聞いたクザンの手が、そっとカップを握りしめる。
 自分の隣に座る男がどういう相手だかわかっていたはずなのに、一瞬でも期待してしまった自分が恨めしい。
 自己嫌悪のため息を吐いて目を逸らしたクザンの膝の上では、まだ『キャメル』がくうくうと寝息を零している。

「ん? どうしたクザン、元気ないな。疲れたのか? 今日は泊まってけ、もう夜だからな」

 大丈夫だベッドならあるぞ、と優しく言う傍らの男をどうにかしてやりたいと久しぶりに思いながら、クザンは弱弱しく『そうします』と言葉を紡いだのだった。




end



戻る | 小説ページTOPへ