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相も変わらず (1/2)
※大将未満クザン注意?
※超ペンギンについて捏造があるので注意




「くーっ」

 悲鳴じみた鳴き声を耳にして、ん、とクザンはそちらへ視線を向けた。
 遥か彼方まで続く雪の降り積もった大地の端で、じたばたと何かが暴れているのがその視界に入り込む。
 足元が崩れないよう注意しながらそちらへ近寄ったクザンは、硬くなった雪と雪の間に挟まれてもがく獣を見つけて、あららら、と声を漏らした。

「何してんの、お前さん」

「きゅ、くーっ」

 声を掛けられて近寄ってきたクザンに気付いたらしい獣が、くちばしをわずかに赤くして威嚇する。
 じろりとクザンを見上げるその生き物は、どうやらこの辺りに棲息している『超ペンギン』という種類のペンギンであるようだった。
 成獣は随分と巨大になると聞いているので、恐らくはまだ子供なのだろう。
 ペンギンの例にもれず群れで暮らすと聞いていたが、周囲を確認したクザンの目には超ペンギンたちの姿はない。

「はぐれちゃったわけね」

 やれやれとため息を零しながら呟いて、クザンはそっとその場に屈みこんだ。
 伸ばされた手を警戒して、超ペンギンの子供がきゅうきゅうと鳴き声を上げる。
 親に助けを求めるようなそれを耳にしながら可愛らしいその体に手を触れたクザンは、ごすりとその手の甲をくちばしで攻撃されて、あいた、と短く声を上げた。
 噂にたがわぬ強度を持った超ペンギンのくちばしは、子供と言えども人の体に簡単に穴をあける。
 しかし、危害を加えられたクザンの手はぱきりと凍り付き、何事も無かったかのように再生された。
 超常現象ともいうべきその事態に、慌ててくちばしを離した超ペンギンの子供が、恐ろしいものを見るような目で目の前のものを確認する。
 人も動物も大して変わらないのだとそれを見てわずかに笑ってから、クザンは改めてその掌で獣の体に触れた。

「……ほら、助けてやるから、大人しくしてなさいや」

 優しくそう言ってやりながら、クザンの手が超ペンギンの子供の体躯を掴み、ずるりと上へと引き抜く。
 雪と雪の間に挟まれて、どうにも身動きの取れなくなっていた仔超ペンギンは、クザンの助けを受けてその体に自由を取り戻した。
 戸惑った顔でじたばたと暴れた超ペンギンの子供を下へと降ろしてやって、次は気を付けなさいやと言ってやってから、クザンの手が軽く仔超ペンギンの頭を撫でる。

「じゃあな」

 そうして言葉を置いて歩き出したクザンは、それから少し進んだところで、後ろから聞こえてきた足音に気付いて足を止めた。
 ちらりと後ろを振り向けば、クザンが雪に刻んだ足跡を追うようにして、先ほど放した超ペンギンの子供がよちよちと歩いてきている姿が見える。

「……何、ついてくんの?」

「くう」

 クザンの問いかけに答えるように、超ペンギンの子供が鳴き声を上げる。
 それを聞いて首を傾げたクザンは、それからああ、と声を漏らして、もう一度周囲を見回した。
 相変わらず、周囲には雪と氷と木々以外には海くらいしか見当たらない。
 グランドラインの外れにある冬島諸島のうちの一つに当たるこの島は、超ペンギン達が住処を作っていて、人が住むことのできない島だ。
 あまりの寒さに、流れ着いた外敵達が繁殖することもかなわないとクザンは聞いている。
 そんな場所に、わざわざきちんと有給を申請してまでクザンが訪れたのは、とある情報のせいだった。

「……まあ、あれだ。お前の親も、おれの用事のついでに探してやろうか?」

 問いかけたクザンに、くう! と超ペンギンの子供が声を上げた。








 クザンは、目の前のものを見つめてぱちりと瞬きをした。
 氷を覆い隠すような雪をかき分けて、一般海兵だったら腰まで埋まるような雪を踏みつけながら進んだ先で、おかしなものを見つけてしまったからだ。
 超ペンギン達が住処にしていると言う冬島の奥地に、小屋が一つ建っている。
 上にそびえた煙突から漏れている白い排気は、そこが今も使用されている『人間』の住処であると言うことをクザンに伝えていた。

「……あらら……人は住んでないんじゃあなかったか?」

 人が生きていくには困難な場所であるはずだ。
 思わず呟きつつ、先ほど雪に埋もれてしまった超ペンギンの子供を抱えたままで、クザンの足が小屋へと近づく。
 きちんと家主が雪かきをしているのか、小屋の周囲の雪は丁寧に取り除かれていて、覗いた氷の大地がクザンの足を受け止めて小さく音を立てた。

「くう?」

 不思議そうに鳴き声を零した超ペンギンの子供を下へと降ろしてから、クザンは家との間の距離を詰める。
 クザンがぎりぎりそのまま入れそうな大きさの家を見つめてから、クザンの手がそっと扉を叩いた。
 けれども中からは返事の一つもなく、小さく息を吸い込んで吐いたクザンの手が、そっと扉を掴む。
 鍵など掛けていないらしい不用心な扉は簡単に開いて、クザンはそっと中を覗き込んだ。
 質素なつくりの家の中に、人の気配はない。
 けれどもその壁に掛けられている物を見つけて、クザンはきゅっと眉間に皺を寄せた。

「…………なるほどね」

 呟きつつ、身を屈めたクザンの体が室内へと入る。
 不思議そうにしながらも、超ペンギンの子供もその後をついてきて、クザンはそのまま獣と共に入り込んだ家の扉を閉ざした。
 中は少し広めにとってあるらしく、クザンが佇んでみても窮屈な雰囲気はない。
 そこかしこに置かれた家具は手作りらしく、作者の性格である適当さがにじみ出ている。
 その中で一番大きく見える暖炉前のソファへ近寄り、クザンはそれへ腰を下ろした。
 この家の『持ち主』には少々大きいだろうサイズのソファは、クザンの体重を難なく支える。
 くう、と鳴き声を零しながらよたよたと近寄ってきた超ペンギンの子供をひょいと持ち上げて、自分の膝の上へ乗せてやってから、クザンはじとりと壁に掛けられている物を見た。
 きちんと掃除をしているらしく、埃のかかっている様子は無いが古びたそれは、背中に正義を背負った白いコートだ。
 それが誰のものであるかを、クザンはちゃんと知っている。

「……こんなところで、何してんだか」

 呟いたクザンが吐き出したため息は、温められた室内の空気に溶けて消えた。









 ナマエという名前のクザンの上司だった海兵が海軍を退役して、もう何年も経つ。
 その間に彼の持っていた肩書に並んだクザンは、それまでずっと、彼と手紙のやり取りをしていた。
 見た目の通り面倒くさがりでそういったことにまめさの無い男へ、別れる前にクザンが取り付けた約束の通り、男は数か月に一度の割合でクザンへ手紙を送ってくる。
 そのたびにクザンが返事を書く、というだけのやり取りだ。あちこちを転々と旅しているらしいナマエへ、クザンの方から先に手紙を送れるはずもないのだから仕方ない。
 書かれている内容は随分とあたりさわりのないことばかりで、けれども彼の文字が記されたそれらを、クザンはちゃんととってある。
 そんな彼から、手紙が来なくなってもう一年が経つ。
 最初は飽きてしまったのかと思ったが、約束を違える男ではないことを知っていたクザンは、彼の身に何かあったのかと思い、その消息を調べた。
 その足取りがとある冬島の近辺で途絶えていると知って、最悪の事態を想定して足を向けたのだ。




「…………ん」




 いつの間にか眠り込んでいたらしいクザンが小さく声を漏らしたのは、何かの物音が耳に届いたからだった。
 かちゃかちゃと物音をたてて、誰かが何かを運んでいる。
 誰だろうかとその気配を探ろうとして、自分がどこにいるかを思い出したクザンは、ぱちりとすぐにその両目を開いた。

「ナマエさん?」

 そうして声を掛けながら顔を向ければ、室内を歩き回っていた相手が足を止めて、クザンの方を見やる。

「おう、クザン。目が覚めたか」

 おはよう、なんて言って笑うその顔は、クザンが覚えているナマエそのものだった。
 少し老けているが、クザンだってそう変わりはしない。
 五体満足の相手にほっと息を吐いてから、立ち上がろうとしたクザンは、自分が膝に超ペンギンの子供を乗せたままでいることに気付いて動きを止めた。見下ろした先で、仔超ペンギンは野生の動物とは思えないほどの無防備さを晒して眠り込んでいる。

「ちょっと待ってろ」

 そんなクザンへ笑ってから、ナマエはクザンへ背中を向けた。
 クザンの体よりだいぶ小さい彼が向かったのはどうやらストーブの方のようで、上に乗せられていたケトルから手に持っていたトレイの上のカップへ中身を注ぎ、そうしてそのまま戻ってくる。
 ほら、と言って差し出されたトレイの上には、柔らかい色をしたカフェオレの入ったカップが二つ並んでいた。




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