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仮定の絵空事 (1/4)
※『無責任』シリーズの除隊前話
※元上司な海兵主人公と既に上へ進みつつある若クザンさん
※名無しオリキャラがそこそこ注意



 『ヒエヒエの実』なる悪魔の実を食べたクザンは、まだ階級はそれほどではないにしても十分『海軍の戦力』に数えられる人間だった。
 随分と顔をきかせている貴族のお偉方に『強い人間を寄越せ』と言われてその警護に回されたのも、まさしくそれが原因だろう。
 たかだか島から島への移動の間の警護に、海兵を呼びつける貴族にはうんざりだ。
 新しく異動したばかりのクザンを気遣っているらしい上官も『よそに回すか?』と問うてきたのだから、もしも『その後』の日程を聞かされていなかったなら、クザンははっきりと任務を断っていたことだろう。
 通り過ぎた島の近辺で他の部隊が遠征を組んでいるため、クザンが所属する軍艦も帰還時にそちらへ合流する。
 部隊の名前を見た時にすぐさま断り文句を飲みこんだクザンの表情は変わっていなかった筈だが、頷いたクザンを見やった上官殿は安堵した様子であったので、もしかすると少しばかり表情が緩んでしまったのかもしれない。
 それが、つい一週間ほど前のことだ。

「…………あららら、手こずってんのか」

 軍艦の甲板から見やった先で、小さな海軍の船が二つ、一つの大きな海賊船を挟んでいるのを見つけて、クザンはそんな風に呟いた。
 海の荒れ始めたグランドラインの海原で、クザンも名前を知っている海賊の掲げたジョリーロジャーがはためいて自己主張している。
 わずかに騒ぎに混じる銃声と悲鳴は、はたして海賊のものなのか海兵のものなのか。
 どちらにしても、状況はあまりよくは無いのではないだろうか。
 船の大きさから言っても相手側に有利と分かる光景に、クザンは軽く頭を掻いた。

『最近、新兵が配属されてきたからなァ』

 そんな風に言っていた誰かさんの声音を思い出して、クザンの目線がちらりと傍らへ向けられる。
 同じように海の彼方を眺めていた上官へ『先に行ってもいいか』と目線で尋ねれば、クザンの上官が一つ頷いた。
 早く船を寄せろ、と他の海兵に声を掛けたのを見やってから、それじゃあお先に、と言葉を置いたクザンの体が甲板から海へと飛び降りた。
 軍艦までを凍らせてしまわないよう気遣いながら、海面を凍らせて着地する。
 普段ならそのまま月歩で飛び込んでいくところだが、僅かに曇っているとはいえ未だに視界は良好だ。クザンはあまり小柄ではないので、飛んで近付けば気付かれてしまう。
 相手側の船には随分とご立派な砲台が取り付けられていて、撃たれれば軍艦は的になるだろう。
 宙を進みながら逐一砲弾を破壊していくよりも、大きさのせいで死角になりやすい海面を行った方がいい。軍艦が近付くまでに砲台を破壊するのが、今のクザンの一番の仕事だ。
 その場から駆け出しながら、計算まがいのことを頭の中で回して、クザンはわずかにその口元に笑みを浮かべた。

「……誰に言い訳してんだか」

 結局のところ、早く辿り着きたいというだけのことだ。
 悪魔の実の能力者が来たことに気付いたかのように飛びかかってきた大波を凍らせ、その一番高い場所を足場にして跳びあがり、クザンは軽く両手を振るった。
 一部分を凍らせた海賊船の壁面を蹴り破り、海へと突き出た砲台の傍へと飛び込む。
 唐突に現れたクザンに、海賊らしい悪辣な顔の連中が悲鳴を上げた。
 それを無視してクザンが能力を発動すると、船の側面を含めて、砲台がばきりと音を立てて凍った。
 巻き込まれた海賊が、足や腕が動かせなくなってジタバタと暴れている。
 声を上げた海賊の一人が撃ち込んだ銃弾も、自然系能力者であるクザンにはまるで効果がない。

「ば、化物かよ……!」

 頭を撃たれようとも気にせず佇むクザンへ、青ざめた海賊の一人がそんな風に言葉を零した。

「そいつは酷いんじゃねェの?」

 おどけたようにそちらへ言葉を放ってやって、クザンの足が一足飛びにその海賊へと近付く。
 足を使って蹴飛ばし、傾いだ体を掴まえて床へ叩き付けながら能力を発動させると、海賊の体の一部が凍って床へと張り付いた。
 まだ息はある状態の相手を放っておいて、次なる相手へ視線を向けたクザンに、悲鳴を上げた海賊達がその場から逃げ出していく。
 骨の無い様子に肩を竦めて、クザンはとりあえず振り向き、自分が凍らせた砲台を蹴飛ばした。
 氷結した砲台はいともたやすく砕かれて、蹴飛ばしたクザンの動きに導かれるように海側へと落ちていく。
 この船の規模から考えれば、船尾や船首だけでなく、側面にも似たようなものがあるだろう。
 船の中を歩き回って探してもいいのかもしれないが、少し面倒だなと考えたクザンは、そこにある砲台と砲弾を全て破壊し終えてから、自分が破った壁へと歩み戻った。
 氷結させたそこへと触れて、自分が適当に捕縛した海賊達は放っておいて外側へと足を踏み出す。
 先ほどは使わなかった月歩を使い、その足が降り立ったのは海賊船の上、船尾に当たるデッキだった。
 ちらりと見やった後方には、先ほどクザンが後にしてきた軍艦がある。
 クザンが足場にしてきた氷達を蹴散らしながら進んでくる相手がもう近いことを確認して、クザンはひとまず、船の上を見渡した。
 大きな船にふさわしく広い甲板の上には、海賊と海兵が入り乱れていた。
 あちこちで争い、切り結ぶ様子が見える。
 強力な能力者などは見当たらないが、やはり相手の陣地であるからか、海賊の方が人数が多い。
 さっさと砲台を破壊してから手伝うか、と考えながらわずかに視線を移したところで、クザンの目を引いたのは、甲板の中央で争っている海兵だった。
 随分と小柄だ。
 その体躯で、大きな海賊を相手にしているというのに、まるで足を引く様子がない。
 度胸の据わっている相手に感心したところで、近くにやってきた海賊がクザンへと斬りかかり、クザンの腕を軽く裂いた。
 裂いた端から氷結し元通りになっていく腕を見やって、クザンの目が傍らへと向けられる。
 目の前で起きたことに驚愕の目線を向けて、それからそれでも歯を食いしばって剣を握り直した海賊を手早く制圧してからもう一度クザンがその視線を向けると、先ほどの小柄な海兵が大柄な海賊を投げ飛ばしたところだった。
 腕を掴み、相手の襲い掛かってくる勢いを利用したそれには無駄な動きの一つもなく、だん、ととても痛そうな音がする。
 背中と頭を打ったのか、放られた海賊は少しばかり痙攣して動かなくなった。
 海兵の方と言えば軽く汗を拭い、今度は後ろから飛びかかってきた別の海賊をすぐさま迎撃する。
 二人に挟まれても、小柄な彼に慌てた様子はない。
 ひたすら相手の攻撃をいなし、ちくちくと攻撃していくのが主流らしい戦い方をするその海兵に、へえ、と声を漏らしたクザンは、どうしてだか目を引く相手からそこでようやく視線を逸らした。
 今の仕事は、さっさとこの海賊船を無力化することだ。
 見ている時間があったら砲台を確認するべきだと結論付けて、またも飛びかかってきた海賊を制圧しながら、船の側面を確認するために移動する。
 見下ろした先の砲台はいくつかが破壊されていて、すぐそばにある海軍船がやったのだろう砲弾が側面にめり込んでいた。
 それでもまだ破壊されていない砲台が火を噴いて、海軍側を攻撃している。
 あららら、なんて言葉を零しながらもその場から飛び降りようとしたところで、クザンの耳に小さく声が響いた。
 弾かれたようにクザンが顔を向けると、先程の海兵が三人目の奇襲に遭ったのか、壁際へと追いやられたところだった。
 すぐ近くにいる海兵も同じように海賊と対峙していて、仲間を気にしてはいるようだが助けに行ける状況でもなさそうだ。
 そう気付いた時、クザンはどうしてかそちらへと足を向けていた。
 ほぼ駆け寄るようにしながら能力を発動させれば、放たれた冷気が敵も味方も襲っていく。
 クザンも知っているかつて同じ部隊だった同僚の数人が、それに気付いて味方を冷気の届かない方へ追い立て、おい! と焦ったような怒ったような声を掛けてきた。
 しかし、クザンは気にせず能力を使って、二人の剣を受け止めて腕を震わせていた海兵へ棍棒を振り上げた海賊を真下へ押さえつけて凍らせた。
 それに気付いて顔を向けてきた他の海賊達も蹴り飛ばしてから、その視線を追い詰められていた海兵へと向ける。
 クザンを見上げるその海兵は、まるで知らない顔だった。
 どことなく誰かに似ている気もするが、クザンの知っている年若い海兵のうちの誰でもない。
 恐らく新兵だろうが、本部のどこかで見かけたのだったろうか。

「……あー……大丈夫?」

 そんな風に問いながらクザンが片手を差し出すと、その場に膝をついてしまった海兵がわずかに驚いたような顔をした。
 その表情に、しまった、と自身の失態に気付いたクザンが少しばかり体を強張らせる。
 どうやら味方側の被害は無かったようだが、クザンの能力は敵も味方も同等に攻撃するロギアの力だ。
 恐らくそれを初めて見たんだろうこの新兵にとっては、クザンの掌は兵器でしかない。
 差し出した手を降ろすべきかどうか、わずかな逡巡をしたクザンの手に、そっと温もりが触れる。
 そのことにクザンが少しばかり目を瞠ったところで、目の前にいる海兵がそっと微笑んだ。

「はい、助けてくれてありがとうございます」

 優しくそんな風に言いながら、何のてらいもなくクザンの掌を握りしめた相手に、クザンの胸の内が妙な音を立てた。





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