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強制エンカウント (2/2)



 二年も前、麦わらの一味がバーソロミュー・くまの手によって海のあちこちへ散らされてしまった後、世界を揺るがす大事件があった。
 ルフィの『兄』である『火拳のエース』が、あわや処刑されてしまうところだったのだ。
 しかし、何故か『海軍大将』であった男が一人、海軍を裏切り、『海賊王』の息子であり『白ひげ』のクルーだった海賊を処刑台から連れ去った。
 その原因として報じられその首に恐ろしい金額の賞金がかけられた男こそが、『ナマエ』という名の青年である。
 海賊だったのかそれ以外の極悪人だったのかどうかすらも分からない、突如として現れた大悪党の名前を麦わらの一味全員が知っていたのは、記事が本当ならば、その人間もまた『エース』の命の恩人だったからだ。

「本当に、普通のお人なんですねェ〜」

 歓迎の宴と称して引っ張りこんだ甲板の上での夕暮れ時、あれこれと料理を振る舞われておいしそうにそれを食べている青年を見やり、ブルックはしみじみとそんな風に呟いた。
 ブルックを見上げて『本当に骨だけだ』と呟き、それから自分のそれが失言だと思ったのか慌てて『ごめんなさい』と詫びてきたナマエと言う名前の彼は、ブルックから見て明らかにただの一般人だった。
 気配を探ってみても、そのすぐそばにいる『青雉』のような得体の知れなさや、船のそばにいる『超ペンギン』とやらのような強さは感じられない。
 体つきも一般人より多少鍛えている程度のそれで、食べる量も控えめだ。
 自己申告が本当ならば悪魔の実の能力者でもないし、何かを隠している様子も見当たらない。
 何より、元の『青雉』の立場を考えれば間違いなく敵船であるサウザンド・サニー号の上で、まるで警戒している様子がない。
 それはもはや『麦わらの一味』が自分に危害を加えるわけはないと確信しているかのようで、会ったこともなかった海賊団を真っ向から信じているというのはなんだかおかしな話だった。
 あえて『火拳のエース』を助けさせたというのなら、やはり船長の関係者なのではないかと探ってみても、ナマエどころか船長の方すら不思議そうにする始末である。
 仕方なく根ほり葉ほり聞き出そうとしたところで横の『青雉』に冷え切った視線を向けられて、ヨホホホと笑って先ほど退散したところだった。
 『青雉』が何かを隠しているような気もするが、あの様子では答えてはくれないだろう。
 ブルックは『青雉』と直接対決したことはないが、『黄猿』の強さを思い出せば、恐らくは同等程度ではあるだろうことは簡単に予想がつく。
 二年の修行を経て、あの日のようなことにはならないと確信をもって言えるが、ここは可愛いライオンちゃんの上だった。
 船体に損傷を与えるようなことがあれば航海すらままならないのだから、ちょっかいを掛けすぎて何か被害をこうむるのは困るというものである。
 そんな風に結論付けたブルックの視界に、ひょいとリーゼント頭が割り込む。

「よォブルック、収穫はあったか?」

「いいえ、何も」

 笑いかけてきた船大工に、ブルックは首を横に振って返事をする。
 だろうなァと声を漏らして、二年で随分と己を改造した船大工が、ぽちりと何やら体のボタンを押した。
 もはや自在に変わるらしい髪型が引っ込み、ブルックとはまるで違う丸坊主になった船大工が、でもよ、と言葉を零す。

「まあ理由はどうあれ、狙いがなんであれ、あいつらがルフィの兄貴を助けたってのは事実じゃねェか」

 何とも端的でシンプルな発言だった。
 しかし、結局はそこが重要であるということは、ブルックにもわかる。
 人間、生きていれば様々な理由を抱えていくものなのだ。
 結果を全てとは言い切れないが、無理に聞き出す必要もない。
 そうですねェ、と声を漏らしたブルックの横で、それじゃあよ、と船大工が笑った。

「何かひいちゃあくれねェか?」

「ええ、わかりました」

 寄越された言葉に頷いて、ブルックの手がヴァイオリンをひょいと取り出した。

「それでは、何にしましょうか」

「おうよ、うちの船長の恩人を歓迎してるんだ、パーッと明るいのを頼むぜ」

 にかりと笑って寄越された言葉に、それでは、とブルックが弓を構える。
 それから紡ぎ出した旋律が、ゆるりと歓迎の宴を彩っていった。







「もう出るの?」

 わいわいがやがやと過ごした一晩を経ての明け方。
 こっそりと出発しようとしている影を見つけ、近寄って甲板から声を掛けたロビンに、うわあ、と青年が驚いたような声を上げた。
 バランスを崩した相手を捕まえて、超ペンギンの頭の上という特等席へ引きずりあげた『青雉』が、それからちらりとその目をロビンのほうへと向ける。

「このまんまじゃァ次の島まで連れてかれそうだ、そいつはごめんなんでね」

「あら、正解ね」

 ルフィが張り切ってたわよ、と船長の名前を口に出したロビンを見つめて、『青雉』が軽く口を開く。

「あー……」

 迷うように声と息を零してから、やがて唇を閉ざして視線を外してしまった。
 それを見下ろしていたロビンが、わずかに不思議そうな顔をする。

「……まいったね、どうも」

 そんな風に呟いて軽く自分の頭を掻いた『青雉』の傍らで、もぞりと先ほど救助された青年が身じろいだ。

「クザンさん、なんか娘と会話ができないお父さんみたいになってますけど大丈夫ですか」

「…………何変なこと言ってんの」

 とても気遣わしげに顔を覗き込まれて、『青雉』の口から声が漏れる。
 どことなく弱弱しいそれに『ほらやっぱり』と呟いて、ナマエの方が改めてロビンを見上げた。

「ロビンさん、クザンさんが心配するので、体には気を付けて過ごしてくださいね」

 明け方の海から寄越された言葉に、ロビンはわずかに目を細めた。
 ええ、ありがとうとそれへ返事をする彼女へ対して、それと、とナマエが言葉を続ける。

「女の人なんですから、あまり露出の激しい恰好して体冷やしたら駄目ですよ。夜更かしも駄目です、見張りの当番とかあって不規則なのはわかるんですけど、できるだけちゃんと寝てくださいね。それと変な男の人にも気を付けてくださいね、ひどい目に遭いそうだったり遭わされたりなんかしたら、さっきナミさんと電伝虫番号交換したので連絡ください。伝言番の人とので直通じゃないですけど、伝言聞き次第すぐクザンさんが飛んでいきますからね、それと」

「ちょいと」

 長々と言葉をつづっていくナマエに耐えられなかったかのように、それを遮った『青雉』の手がナマエの口をふさいだ。
 もごもごとまだなにがしかを言っているナマエをじとりと見下ろして、『青雉』が『何言ってんの』と呆れたような声音を零す。
 口元を手で覆われてしまったナマエはそれへ言い返しているが、くぐもってまるで聞き取れない。
 二人のやり取りを眺めて、ふふ、とロビンの口から笑い声が漏れた。

「まるで母親みたいね。そっちが『お父さん』なんだったら、当然かしら?」

 先ほどの誰かさんの軽口に乗った、ただの冗談でしかないロビンの言葉に、ロビンの視界にいる二人がわずかに体を強張らせた。
 そのことにロビンが少しばかり目を丸くしたところで、ぱっとナマエを解放した『青雉』が、その手で軽く超ペンギンの体を叩く。

「……それじゃあまあ、よろしく言っといて。食い物の対価は甲板に置いといたから。ただの金だけど」

 先ほどまでとまるで変わらない顔で言葉を寄越す相手に、別に要らないのにとロビンが首を傾げると、『海賊』となれ合うつもりはないんでね、と『青雉』は言葉を放った。
 元『海兵』らしく自分と相手の間に一線をひこうとするその言葉に、あら、とロビンが声を漏らす。
 しかし、それなら最初からサウザンド・サニー号に乗らなければよかっただけの話だ。
 見た限り、超ペンギンに持たせた荷物はパンパンで、食料や水が不足している様子もない。
 確かに船長は二人を強引に誘っていたが、『青雉』の方には断ろうという意思すら見えなかった気がする。
 そんな風に考えてから、昨日の船長の誘いを思い出したロビンは、わずかにその唇へ笑みを浮かべた。

『乗りたい! いいですか、クザンさん?』

 おれ達の船に来いよと言われて、先にそう発言したのは、寝袋に体半分が入ったままの青年だった。
 それを見下ろした『青雉』が頷いたのを、ロビンはちゃんとその目で見た。
 『彼』がそう言ったからわざわざ海賊の船にまで上がり込んだのだとすれば、『青雉』の中のナマエと言う存在の優先度は相当なものだ。

「わがままな奥様を持つと大変ね?」

「……しかも自覚がないもんでね」

 ロビンの言葉へ『青雉』がため息交じりにそう言い返して、そこで鳴き声を上げた超ペンギンが泳ぎ始め、ゆるりとサニー号から離れていく。
 え、ちょっと待ってくださいなんの話ですかクザンさんお嫁さんいたんですか、なんてどことなく慌てたような声がわずかに響いて遠ざかっていくのを、ロビンはそのまま甲板から見送った。
 夜が明け、起き出してきた仲間達は、二人が下船したことをとても残念がっていた。



end



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