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教唆者と被教唆者の言い分 (2/3)
「うぶ!」

 思い切り甲板へ落下する形となったナマエが、びたんととても痛そうな音を立ててそこへ転がった。
 すぐに慌てて起き上がり、その顔が青雉を見上げる。
 立ち上がろうとして、傷付いた足に顔をしかめてその動きをやめたナマエは、きっと青雉を睨み付けた。

「痛いじゃないですか!」

「まあまあ、いいじゃないの」

「よくないですよ!」

 抗議するナマエに笑いを零してから、青雉はそのまま甲板を見回す。
 突然の元『海軍大将』の登場に、軍艦と一戦交えるつもりで騒いでいた甲板のクルー達が困惑した表情を浮かべて動きを止めている。
 ぐるりと視線を動かして、もう一度エースを見てからそのままマルコへ視線を向けた青雉が、軽く肩を竦めた。

「ちっとあちらさんまいてくるから、ナマエを乗せてってくれる?」

 言葉の前半で彼方の軍艦を指差して、そのまま続いた言葉に、マルコが少しばかり怪訝そうな顔をした。
 エースもまた、同じような顔をして青雉を見上げる。
 傍らに立つ元海兵が、ナマエという名前の青年を大事に守っていることをエースもマルコも知っている。
 そうでなければ、エースの弟も含まれた『ルーキー』達も真っ青な値段を首に掛けられたナマエを連れて、グランドラインを旅したりなどしないだろう。
 『裏切者』として青雉の首にもそれなりの額が掛けられているが、それを『唆した』のだとされるナマエの金額は何とも法外だ。
 見ている限りでも分かる通り、全く戦えないらしいナマエなど、青雉がともにいなかったならすでに頭と胴が死に別れていてもおかしくなかった。
 そのナマエがぴんぴんとしたまま呆然とした顔で今青雉を見上げているのは、すなわち元大将青雉がナマエを守っていたからに他ならない。
 一度このモビーディック号へ乗った時もひたすらに周囲に気を払い、ナマエから目を離さなかった青雉をエースは覚えているし、マルコや他のクルーもそうだろう。
 だと言うのに、その青雉が、ナマエをこの船に『預ける』と言っている。
 意味が分からないと眉を寄せたエースの耳に、ようやく驚きから立ち直ったらしいナマエが声を上げた。

「クザンさん、俺のこと置いて行こうとしてますね!?」

「あららら、人聞きが悪い」

 寄越された言葉に軽く頭を掻いてから、青雉がその目でナマエを見下ろす。
 怪我してんだから仕方ないでしょうや、と続いた言葉に、だからって置いてくなんてひどいですとナマエが主張した。
 ちょっと離れるだけじゃない、ちょっとじゃないですよ危ないことしないでください、大丈夫だって、大丈夫じゃないです。
 そんな風に言葉を交わして騒ぐ二人を見やってから、マルコが少しばかりうんざりとした顔をする。
 その目が青雉越しにちらりとエースを見やって、くい、とその顎が何かを示すように動かされた。
 マルコが何を言いたいか分かって、エースの唇が軽くとがる。
 けれども仕方なさそうにその身が立っていた場所に屈みこみ、海原の方へと軽く投げ出した片足が、鞭のように素早く横へと振り払われた。
 びし、と軽く音が鳴って、情けなくも真後ろから足元をすくわれた元『海軍大将』が甲板へと落下する。
 慌てたように受け身をとったそちらを見やってから、エースの手が改めて炎を纏った。
 見やった彼方で、ついに氷の壁を崩したらしい軍艦が、がうんと多く砲撃の音を上げる。

「総員、戦闘配置! 軍艦一隻、さっさと蹴散らしちまうよい!」

 そのままモビーディック号の方へと艦首を向けた軍艦を見やってから、マルコが大きく号令を放った。
 そうしてその場から飛び立ち、青い炎を纏った不死鳥となってモビーディック号の上を旋回する。
 おおおお! と歓声を上げて、すぐに甲板の上のクルー達が駆け出した。
 空を飛ぶマルコを見上げて、屈んでいた足を伸ばしてモビーディック号へと近づいてくる軍艦をちらりと見やってから、エースはその視線をもう一度甲板へと向ける。
 情けなくもエースによって甲板へ落とされた元大将青雉が、困惑をその顔に浮かべていた。
 足を怪我したナマエがそちらへにじり寄り、すでにその手ががしりと青雉の腕を捕まえている。
 体を氷結させて逃げ出すことが出来る筈の自然系能力者は、けれどもそうするつもりは無いのかナマエから逃げようとはせず、ただ走り回るクルー達へその視線を向けていた。

「守るって決めたんなら、他の誰かに任せようとしてるんじゃねェよ。そこで、ちゃんとやってろ」

 そちらへ向けてエースが言うと、周囲の様子を窺っていた青雉の視線が、ゆるりとエースの方へと戻される。
 元海兵のくせに何とも無責任な相手をエースがジトリと睥睨すると、その視線を受け止めた青雉は、やや置いてから軽く自分の頭を掻いた。
 その状態で、あー、と小さく声が漏れる。

「…………それじゃ、砲弾には気を付けて頑張って。ボルサリーノの奴、乗って飛んでくるの好きだから」

「海軍大将がいんのか……」

 いとも簡単に寄越された激励を聞きとがめて、エースが何ともうんざりした顔をした。
 同じようにそれを聞いたクルーの誰かが砲弾は乗りモンじゃねェぞと叫びつつ先ほどより慌てて駆け回り、モビーディック号の警戒レベルが少しばかり高まったのだった。
 

 


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