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教唆者と被教唆者の言い分 (1/3)
※ちょこっとだけ名無しオリキャラ注意




 彼方で、何かがちかりと光った。
 それと共に遠く響いた砲弾の音に、船の縁に立っていたエースが怪訝そうな顔をしたのは仕方の無いことだった。
 片手でロープを掴んだまま、空いた手で日差しを避けるように自分の目の上に影を作って、海原の彼方へと目を凝らす。
 わずかに影が見えたそれはどう見ても軍艦で、うえ、とエースが声を漏らしたところで同じものに気付いたらしいクルーが見張り台の上から飛び降りた。

「海軍だ!」

 敵襲を告げる声音に、甲板にいたクルー達が大慌てで動き始める。
 白ひげ海賊団が海軍に追われるのは、数多の賞金首を乗せているのだから当然のことだ。
 処刑台から家族を奪還した彼らの名前はそれ以前より大きく高らかに唱えられるようになり、時々出くわす海兵達が死に物狂いで襲い掛かってくる。
 こちらへ向かってくるなら、当然ながら容赦はしない。
 白ひげ海賊団の中でも、今、船長『白ひげ』に次いでその名を海にとどろかせることとなった『ポートガス・D・エース』が好戦的な笑みを浮かべて佇んだ傍らに、青い炎を纏った男が一人降り立った。

「たった一隻たァ珍しいねい。いつもなら馬鹿みてェに連れてくんのに」

 炎を空気に溶かすようにおさめながら、呟いたマルコが先ほどのエースと同じように遠方を見やる。
 その目がぱちりと一つ瞬いて、んん? と小さな声がその口から漏れた。

「何だ、こっちに用じゃねェのかい」

「あー……何か、他とやりあってんな」

 呟くマルコの言葉に、改めて目を凝らしたエースも言葉を紡いだ。
 彼方すぎて殆ど影しか認識できない海軍の軍艦は、どうやら何かに向けて砲撃しているようだった。
 時々上がる水しぶきはモビーディック号がいる方向とは随分とずれていて、どうもこちらが目的ではないらしい、ということが分かる。
 遠すぎてその船影は確認できないが、どこかの海賊団が討伐されようとしているのだろうか。
 そんな風に考えたエースとマルコが揃って首を傾げたところで、彼方の軍艦が青白い何かにその姿を隠された。
 まるで海から生えたようなそれにエースがぱちりと瞬きをしたその目の前で、同じ色の何かが海の上をまっすぐにわたってくる。
 だんだんと近くなったそれはぱきぱきと音を立てながら海の上に道を作り、吹き抜けた潮風が先ほどより随分と冷たいことに気付いて、エースは困惑した。
 それは、どう見ても氷である。
 どこかで見たことのあるような光景にエースが戸惑う間に、マルコがエースの隣から海原の方へと飛び降りる。
 青い炎を纏ったマルコが宙で身をひるがえして放った蹴りが、モビーディック号へと触れかけていた氷の道の最後を蹴り崩した。
 慌ててエースが放った炎も、同じように海の上からモビーディック号まで向かっていたその氷の端を溶かす。

「これ、あいつか?」

「そうじゃねェかい」

 思わず尋ねたエースに答えて、船へと戻ったマルコがじとりと氷の道を睨み付けた。
 その彼方から、まっすぐに駆けてきた人影に気付いて、エースもその視線をそちらへと向ける。

「あらら……ちょうどいいとこにいんじゃないの」

 そんな風に言葉を放ちつつ、モビーディック号の手前で氷上に留まったその男が誰かを、エースもマルコも知っていた。
 足を怪我しているらしい人間を一人片手で抱えているその男は、誰がどう見ても『元』海軍大将青雉である。

「何がちょうどいいんだよい。人んとこの船まで氷漬けにしようとしてんじゃねェよい」

 マルコが正当な文句を言いつつ、その目でじとりと青雉を見下ろしている。
 そう怒りなさんな、と何とも身勝手に言葉を放って、海の上の能力者が片手に抱えていた人間を軽く揺らした。
 気絶していたのか、うう、と声を漏らして顔を上げたその人間が、自分の状況を把握しようときょろりと周囲を見回して、それから目の前にそびえる白鯨の船へとその視線を動かす。

「…………あれ、海軍が白ひげ海賊団に?」

 不思議そうに呟いた彼は、ナマエという名前のお尋ね者だった。
 その目がエースを見つけて、エースがいる、とその口が小さく呟く。
 ついでにへらりと笑って手を振られたので、何となくエースもその手を振り返した。
 それだけで嬉しそうな顔をしてから、ナマエがその視線を自分を持ち上げている青雉の方へと動かす。

「クザンさん、もしかして逃げ切りました?」

「いやァ……まだでしょうや。ほら」

 寄越された問いかけにけだるげに返事をしつつ、青雉がナマエを伴って少しばかり後ろを振り向く。
 彼方まで続く氷の道と繋がった先で、青白い物に覆われた何かが時折爆音を放っているのがそこに窺えた。
 どうやら青白い何かは青雉の作り出した氷で、その中で暴れているのは軍艦であるらしいということが分かる。

「逃げて来たのかよ」

 同じ方向を見やってから、エースは思わずそう尋ねた。
 たった一隻の軍艦くらい、簡単に沈められる程度の力はある筈の元海軍大将が、まあねェ、とそちらへ曖昧に返事を放つ。
 それからその目がマルコの方を見やって、青雉の口元に軽く笑みが浮かんだ。

「ちょいと、そっちに頼みがあんだけど」

「何だよい。元お仲間を海に沈める手伝いをしろってんなら、まあ乗ってやらないこともねェよい」

 青雉にマルコが言葉を放てば、それはまた次回にしといてくれる? と笑った青雉の膝が軽く曲がる。
 ほんの少しのためで跳躍した青雉の足がエースやマルコと同じ場所に着陸して、傍らに来た男にエースは何とも言い難い顔をした。
 元『海軍大将』であったこの男は、エースを処刑台から逃がした『海軍』の『裏切者』だった。
 そこにどんな思惑があったのかをエースは知らないが、命を助けられたのは間違いない。
 それでも素直にありがとうとも言えないのは、もはや背中に正義を背負っていない元大将が、それでもエースや他の家族達とは相容れぬ存在であるようだからだ。
 家族に何かするつもりなら、と片腕に炎を宿したエースをちらりと見やって、何もしねェって、とそちらへ言葉を放ってから、男の手が抱えていたものをぽんと放る。




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