- ナノ -
TOP小説メモレス

被教唆者の思惑 (1/3)
※戦争編介入後




 はてしなく広がる海原は、ここがグランドラインであることを忘れてしまいそうなほどに平穏だ。
 進む先へ向けて氷の道を展開しながら自転車を漕いでいるクザンの後ろで、ナマエがふうと息を吐いた。

「海は広いですねェ、クザンさん」

「そうだねェ」

 ナマエの背中を預かりながら自転車を漕いでいるクザンは、のんびりとした様子でナマエの言葉に返事をした。
 クザンの能力によって作られた氷の道を、自転車は危なげな様子も無くするすると走っている。
 まっすぐに走っていくその自転車の上で、クザンと背中合わせの格好で座りながら海を眺めていたナマエが、ぽつりと呟いた。

「……こんなにあてもなく漕いでて疲れません?」

「いやいや、あてもなく漕いでるわけじゃないから」

 寄越された言葉に、前を向きながらクザンが返事をする。
 目的地の名前も教えてあげたでしょうが、と続いた言葉に、そうでしたっけ、とナマエは軽く首を傾げた。
 不思議そうなその声に、何で忘れているの、とクザンは小さくため息を零す。
 今朝島を出たとき、クザンは確かにエターナルポースをナマエへ見せた。
 確かにそれは随分と前の時刻で、今だってそれを指針に使っているクザンからしかその姿は見えてはいないが、あてもなくグランドラインを移動している命知らずだと思われているとは心外だ。
 揺れる指針をちらりと見下ろし、まだ目的地まではしばらく掛かるけどね、と自転車を漕ぎながら呟いたクザンは、それから軽く首を傾げた。

「どうしたのナマエ、疲れた?」

「疲れてるのはクザンさんのほうじゃないですか」

 少し優しく響いて聞こえただろうクザンの台詞に、クザンに背中をあずけたナマエがそう答えて肩を竦めた。

「俺が替われるんなら交替するんですけどね」

「色々と無理だよね、それ」

「ですよね」

 ぽつりと寄越された言葉へクザンが笑えば、やれやれとナマエがため息を零す。
 クザンは悪魔の実の能力者だが、ナマエは違う。海を凍らせるなんて芸当、できるはずも無い。

「そろそろ休憩を取りませんか?」

 続けてそう言ったナマエに、あらら優しいじゃない、とクザンが笑った。
 けれども、まさか海の上で休むわけにも行かない。海王類もいる上に、海を渡るものにとって一番の敵となるのはこの『海』なのだ。

「けど、グランドラインの新世界にそう簡単に休める場所があるわけないんだから、」

「それがですね、クザンさん」

 もうちょっと我慢して、と続けようとしたクザンの言葉を、ナマエが遮った。
 珍しいこともあるものだと、自転車を漕ぎながらクザンは小さく『ん?』と声を漏らして先を促す。
 クザンに背中をあずけたまま、うーん、と小さく唸ったナマエが呟いた。

「右側後方……なんていうんでしたっけ、右舷後方?」

 船乗りだとあの方角は何と呼ぶんでしたっけ、と言い放つナマエに、クザンは首を傾げる。
 一体何が言いたいのだろうか。
 よく分からないが、どうやらナマエはクザンから見て斜め後方に当たる方角の話がしたいようだ。

「斜め後ろがどうかした?」

 そんな風に尋ねながら、ちょっと振り返ってみようかと、自転車を漕いでいる速度を緩める。
 厚みのある氷を海の上に広げて、留まっても大丈夫なようにし始めたクザンに気付いたのか、ダメですクザンさん、とナマエが言い放った。

「白い鯨がこちらへ向かってものすごいスピードで近付いてきてます。このままだと絶対轢かれます。移動しましょう」

「……は?」

 言われた言葉に、クザンが少し間抜けな声を出した。
 ナマエの助言を無視して自転車を漕ぐのを止めて、その顔がナマエと同様に後方を見やる。
 確かに、そこには白鯨がいた。
 更に正確に言うならば、白鯨の形をした海賊船があった。
 掲げられたジョリーロジャーは、四皇白ひげのもので間違いない。

「……モビーディック号じゃないの」

 しばらく前の『戦争』で見た巨大な船がスピードを上げて近付いてくるのを見やって、クザンはぽつりと呟く。
 ですよね、とその後ろでナマエが頷いたところで、ばさり、と二人の真上に大きな影が広がった。
 二人揃って見上げれば、青い炎の翼を広げた海賊が、にやりと笑って海上の自転車乗り達を見下ろしている。

「やァっと見つけたよい! 青雉! ナマエ!」

 大きな声でそう言い放ち、そうして軽く旋回して船へ戻っていった不死鳥は、なにやら号令を出したらしく、モビーディック号が帆を畳み、その速度をだんだんと緩めていく。
 自転車の後ろに座ったままで、体をずらしてクザンを見やったナマエは、そのままぽつりと呟いた。

「…………なんで俺の名前が白ひげ海賊団の人に知られてるんだと思います?」

「そりゃ、手配書が出回ってるからでしょうよ」

 今更何を言っているのだろうか。
 そう言いたげな顔をして、クザンはナマエのほうを見やる。
 『教唆者』ナマエは賞金首だ。
 海軍最高戦力の一人である大将青雉を唆して、ゴール・D・ロジャーの息子であるポートガス・D・エースを戦争の最中に連れ攫って解放した。
 そんな罪状のおかげで、海賊ではないというのに、最悪の世代も真っ青の賞金がその首には掛けられている。
 クザンの言葉に、ですよね、と呟いたナマエがそっと両手をクザンのほうへ伸ばした。
 何かに縋るようにクザンに比べて随分と細い腕がクザンの腰を抱えて、ぎゅっと抱きつく。
 それと同時にするりとコートに入り込んだ掌に、あいたたたた、とクザンが大して痛がった様子も無く声を漏らした。

「ナマエ、服の中に手を入れてまで人の腹をつねるのはやめて。普通に痛いから」

 ひ弱なナマエの精一杯の攻撃を、大きな手がその腕を掴んで引き剥がすことでやめさせる。

「殆どつまめないくらい鍛えてるくせによく言いますよ」

 不満げな顔をしてそう言い放ち、ナマエはつんと顔を逸らした。







戻る | 小説ページTOPへ