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傍えの傍観者 (1/2)
※ほぼスモーカー



 からん、とグラスの中で氷が音を立てる。
 それに気付いて視線を傍らへ向けたスモーカーは、己の隣にいる男がすっかり眠り込んでいるらしい様子にため息を零した。
 酒に弱い癖に同席した人間に合わせて酒を食らうナマエが酔いつぶれるのは、スモーカーが彼と飲むようになってから頻繁に見られる光景だった。
 まさか酒場に同席者を捨て置くわけにもいかず、家へと送っていきながら『テメェの限界くらい自分で管理しろ』とスモーカーは怒るのだが、ナマエは全く聞く耳を持たない。
 葉巻を噛んだまま、伸ばされたスモーカーの手が、もはや主に飲まれることのないだろう哀れなグラスを掴み、放り出されたナマエの手から遠ざける。

「随分気持ちよさそうに寝てるわね」

「そうだな」

 スモーカーのそんな所作を見ながら笑ったもう一人の同席者に、スモーカーの口からは煙と共に声が漏れた。
 それから見やった先で、頬杖をついてナマエを見やった女が一人座っている。
 オリオリの実の能力をその身に宿した海兵は、生み出す『檻』に似合いの手袋をしたまま、小さなグラスをその指先にとらえているところだった。
 彼女が本部へやってきたのが、今回の『飲み』の誘い文句だった。
 特に断る理由も出てこなかったスモーカーが頷いて、それを聞いたナマエがこの場所を予約した。
 普段使っているのと変わらない酒場も、深夜を過ぎた時間帯ともなると少しは静まり始めている。
 何だかんだと近況の報告をして、ナマエが潰れるのは大体いつもこの時間帯だった。
 いつもと変わらず、まだまだ飲むつもりらしいヒナの手が己のグラスに酒を注いで、それからその酒瓶をナマエの頭越しにスモーカーへと差し出した。
 スモーカーの手がそれを受け取り、ヒナが手にしているグラスより二回りほど大きい自分のグラスへと注ぐ。
 強いアルコールを宿した液体がてらりと照明を反射して、それを見下ろしながらスモーカーが中身の減った酒瓶を返すと、ヒナは悠々とそれを受け取った。
 それから、もう一度頬杖をついて、その目がナマエを見やる。

「ナマエはやっぱり、『あの人』のお嫁さんになるのかしら」

 そうして落ちた穏やかな声音に、ああ? とスモーカーが聞き返した。
 何だかおかしなことを言った同期を見やるその目は妙なものを見つめるような鋭さを持っていて、彼をよく知らない者が見れば『睨んでいる』と言い切ってもおかしくないものだ。
 しかしそれを受け流したヒナは、だってそうでしょう、と楽しそうに言った。

「『あの人』が着るくらいなら、ナマエにウェディングドレスを着せたほうが目に優しいもの」

 当然の理を説くようなその言葉に、彼女の言う『あの人』が誰なのかを認識して、ついでにその恐ろしい様子を想像しかけたスモーカーの眉間に、深く皺が寄せられた。
 変なものを想像させるなと低く唸って、その手が口に咥えていた葉巻をつまむ。

「どっちも男だろうが。おれが知るか」

 言葉を漏らしたスモーカーに、まあ、とヒナが不満げな声を出した。

「スモーカーくんったら乙女心が分からないわね、ヒナ不満」

「だから、こいつも男だろうが」

 わけのわからないことばかりを言う同期へ言いながら、スモーカーの指が互いの間で眠っている酔っ払いを指差す。
 知ってるわそんなこと、と口を尖らせたままで呟いて、ぷい、とスモーカーから顔を逸らしたヒナがグラスに口をつけた。
 度数のきつい酒を一口、二口と飲みこむ彼女の顔は、伏して寝ている酔っ払いほどではないものの、酒を嗜んでいることが分かる程度には赤らんでいる。
 どうやら同期も随分と酔っているらしい、と判断して舌打ちを零したスモーカーの隣の隣で、だけど、とヒナは言葉を続けた。

「あれだけの人相手に結婚するとなると、式もそれなりの人数を呼ぶことになるんでしょうね。全員入る教会を捜すだけでも苦労しそうだわ」

 ヒナ不安、といつもの口癖で呟く彼女に、スモーカーが沈黙する。
 何が何でもその話を続けるのか、とじろりと視線を向けてしまったスモーカーのそれを受け止めて、改めてスモーカーを見やったヒナが口を動かした。

「赤い絨毯の上を歩くのなら、やっぱり貴方がエスコートするのかしら?」

「……なんでそうなる」

「だって、ナマエの御両親の話なんて、聞いたことないでしょう?」

 そんな風に言い放ったヒナの言葉に、スモーカーの目はちらりと未だ眠り続けている酔っ払いへと向けられた。
 気持ちよさそうに眠っているナマエは、このマリンフォードへその籍を置く『移民』だ。
 どこから来たのかを訊ねたことはスモーカーにもあるが、ずっと遠くだよ、としかナマエは言わなかった。
 一度、二度、彼の上官に探りを入れられたこともあるので、恐らくナマエはどこの誰にも自分の故郷の話をしたことが無いらしい、というのがスモーカーの認識である。
 何せ、ナマエがその思慕を抱いている『大将青雉』が知らないのだ。他の誰かが知る筈もない。
 言いたくない事情があるのだろうと判断して、スモーカーからそれを深く追求したことも無かった。ヒナも同じだろう。
 ナマエがどこの誰であれ、スモーカーにとっての彼は、多少変態じみた馬鹿な友人でしかない。

「花嫁のエスコートは父親がやるのが普通らしいわよ? 私もこの間聞いたんだけど」

 こうやってやるんですって、と言いながら、グラスを置いたヒナの手が触れたのは眠り込んだままのナマエの腕だった。
 力の入っていない腕に片腕を絡めるような仕草をして、ヒナはナマエの腕を支えるようにしながら軽く肘を曲げ、自分の腰辺りで拳を握った。
 こういうふうにして歩いていた、とスモーカーに見せるヒナを見やり、この間、という言葉を口の中で反芻してから、ああ、とスモーカーが声を漏らす。

「そういや、お前の部下が一人結婚したんだったか」

「そうよ、退役したの」

 近況報告の中に混じっていたものを思い出したスモーカーへ頷いて、ヒナがナマエの腕を解放した。
 好きに触られても目が覚めないほどには眠りの深いらしいナマエは、未だに机に懐いたままだ。

「綺麗なドレスを着てね、とても幸せそうで」

「へえ」

「だから……ナマエにもあのくらい、幸せそうな顔をしてほしいって思ったのよ」

 もちろん『好きな人』とね、と穏やかな声を出したヒナの顔には、ふざけた様子もない。
 それを見やり、軽く肩を竦めたスモーカーが、自分のグラスを掴まえた。
 何とも不毛で実りの無い会話だ。そんなことを頭の端で考える。
 同性同士の婚姻という非生産的な事柄の認められていないマリンフォードで、ナマエが『好きな相手』と『結婚』するだなんてことは、起こり得る筈もない話だ。
 せいぜいが、『何処かの誰か』が観念して、奇行を繰り返すナマエの面倒くさい愛情へ同じものを返すくらいだろう。
 どちらにしても、スモーカーには関わり合いの無いことだ。

「大体、そこはまず自分のことを考えるところじゃねェのか」

「あら、それセクハラね。不快だわ、ヒナ不快」

 ひとまず言葉を放ったスモーカーへ、ヒナが少しばかり眉を寄せた。
 それからため息を零して、その手が先ほどと同じグラスを掴む。
 厚みのある唇にグラスを押し付け、中身を飲み干しテーブルへグラスを戻して、彼女の唇からは酒の香るため息が漏れた。

「だって、好きな人は閉じ込めたくなってしまうんだもの、私に結婚は向いていないのよ」

「相手に嫁入りさせりゃ解決だな」

「ああ……それは素敵かもしれないわね」

 今度聞いてみようかしら、なんて軽口を叩いたヒナの手が、空になったグラスへ酒を注ぐ。
 それからまたどうでもいい話が始まって、それを聞きながらスモーカーも酒を舐めた。





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