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傍えの傍観者 (2/2)




「もー……飲めない……」

 寝ぼけたような声でそんな言葉を零しながら、ふらふらとおぼつかない足取りでナマエが歩く。
 その片腕を掴まえ、肩に担ぐようにして支えてやりながら、飲まなくていい、とスモーカーが唸った。
 もうじき夜明けになるだろうマリンフォードの町中で、二人が連れ立って歩いているのは、店でヒナと別れた後、スモーカーがいつも通り酔いつぶれたナマエを家へと送っていくためだ。
 ナマエの歩みは遅く、抱きかかえて運んでやった方が早いような気もしたが、男を抱えて町中を歩く趣味はスモーカーにはない。
 もう少し酔っていなければ能力の一つも使ったところだが、あいにくとヒナと共に飲んだ酒は随分とスモーカーの頭にも回っていた。
 海兵が一般人に迷惑や被害をこうむらせてはならないことくらい、海兵の中で跳ね返り扱いのスモーカーでも知っている。

「さっさと歩け」

「んぅ……」

 言葉を放つスモーカーへ、ナマエが返事のような相槌のような曖昧な声を漏らす。
 それと共に自宅へ向けてふらふらと歩くその足取りを支えてやって、スモーカーの口から葉巻の煙が軽く漏れたところで、人通りの殆ど無い筈の通りに自分たち以外の足音が届いた。
 それに気付いてスモーカーが首を巡らせるのと同じく、スモーカーたちに気付いたらしいその足音の主が、あららら、と声を零す。

「スモーカーじゃない」

「…………ああ、アンタか」

 言葉を零しながら近寄ってきた巨躯の男に、スモーカーが足を止めてそんな風に言葉を放った。
 仮にも上官にそんな口きいちゃう? と笑った海軍大将『青雉』が、やがて辿り着いたスモーカーの傍らで足を止めて、それから少しばかり身を屈める。

「それ、どうしたの」

 『それ』が何を示すのかなど、この場では分かりきったことだ。
 しかしどことなくその声がどこか咎めるような響きを持っていると気付いて、スモーカーの歯が葉巻を噛みしめる。
 クザンの方から漂う酒の匂いは、酔いつぶれたナマエから漂うそれよりも濃厚だ。
 誰とどこで飲んでいたかなどスモーカーは知らないが、足取りはしっかりしているものの、傍らの『上官』も酔っ払いであることは間違いない。

「……酔いつぶれやがったんで、家まで送ってやるところで……」

 面倒な時に面倒な相手に会った、なんて考えながら言葉を零しかけて、スモーカーの声が途中で止まる。
 それに気付き、スモーカー? と傍らの海軍大将が彼の名前を呼んだ。
 それを追うように顔を上げたスモーカーを見下ろす、クザンの顔はわずかに怪訝そうな色を浮かべている。

「……ああ、そうか」

 それを見ながら声を零し、スモーカーはナマエの腕を手放した。
 支えを失いずるりと姿勢を崩したナマエの背中を押しやれば、ふらふらと動いたナマエの体がそのままクザンへと倒れ込む。

「っと」

 戸惑いながらもクザンがそれを受け止めたことを確認して、スモーカーは一つ頷いた。

「おれァ今日も早いんで、『それ』はアンタに任せた」

「え? ちょっと」

 勝手に決めたスモーカーが距離を取ると、さすがの海軍大将もわずかに上擦った声を漏らした。
 しかし気にせず、合鍵を持っていなかったらナマエの右ポケットを探るよう指示までして、スモーカーは二人へくるりと背中を向けた。
 ナマエの家は、スモーカーが使っている部屋とは逆方向にあるのだ。
 まだまだ距離があることだし、ここで放り出せたことは幸運だったに違いない。

「スモーカー、」

「あれ……クザンたいしょ〜?」

 歩き出したスモーカーを呼び止めようとしたクザンの声に、自分を抱き留めた相手を把握したらしいナマエの声が重なる。
 まだまだ酔いの回った状態なのだろう、少しろれつの回らない様子でなにがしかを話しかけはじめた相手に、クザンが面倒くさそうにしながらも律儀に返事をしているのがスモーカーの耳にも少しばかり届いた。
 追ってはこないだろう相手の様子に、スモーカーの肩が軽く竦められる。
 幾度も幾度も相手への愛を述べていたナマエの想い人が誰なのか、スモーカーはよくよく知っている。
 むしろ、本部まで足を運ぶ海兵達の中では知らない人間の方が少ないだろう。
 ナマエは気付かれていないつもりなのかもしれないが、大声で告白まがいの言葉を口走り、時折大将青雉へ突進までしているその様子は日常茶飯事だと言うのだから、気付かないというのが無理な話だ。
 そして、スモーカーに言わせれば、その告白をすげなくいなし断っているというクザンもまた、同じようなものである。
 年齢差だとか、性別だとかそれ以外の、当事者でないスモーカーに言わせればどうでもいいような事柄によって無駄に悩んでいるのだろう大将青雉のそれを知るのは、スモーカーの知っている限りでは己とヒナだけだ。
 ひょっとしたら大将青雉の同僚も同じように感じているかもしれないが、それほど接点のないスモーカーにそれを確かめる術はない。
 どちらにしても、スモーカーに出来ることは、今のようにナマエを大将青雉に押し付けてやることくらいだった。
 誰と誰が恋仲だろうが、スモーカーが掲げる正義には何の影響もないことだ。
 積極的に関わってやろうと言う気は、全く無い。
 しかしそれでも、傍らの友人が幸せになることを邪魔するつもりもないのである。

「…………絨毯の上だろうが、腕組んで歩くのだけは勘弁だがな」

 ぽつりと落とした言葉と共に、紫煙を零しながら足を動かす。
 角を曲がる手前でちらりと来た道を見やったスモーカーの視線の先で、もはやスモーカーなど眼中にないらしい海軍大将が、仕方なさそうに酔っ払いを担ぎ上げていた。



end


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