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第一発見者 (2/2)
 クザンが発見した『ナマエ』は、クザンがあの島から放り出された数年後の『ナマエ』だった。
 クザンがその目の前から消えたのは彼が描いた絵が原因であるらしい、とはナマエの弁で、よく聞けばボルサリーノやサカズキも同じようにその絵を描いた翌日に姿を消したらしい。
 どうしてお互いに流れている時間にこれだけの差があるのかがクザンには分からないが、それよりなにより、彼を海軍本部へ連れて帰ることが優先だった。
 一緒に来てほしい、と言ったクザンにナマエは不思議そうな顔をしたが、頼まれている仕事はちょうど終わっていたと言うことで、描いている途中だったキャンバスも丸ごと軍艦に乗せて、彼はそのまま島を出ることを良しとした。
 民間人を軍艦に乗せると言うことに同じ部隊の海兵達は戸惑った顔をしていたが、すべての責任は自分が持つと公言したクザンに面と向かって抗議してくる度胸のある者はいなかった。戻れば恐らくセンゴクあたりに雷を落とされるだろうが、それよりまずは、あと二人の『仲間』にナマエを会わせることが最優先だ。

「ボルサリーノも、サカズキもいるのか。懐かしいなァ」

 楽しげな顔で呟くナマエは、クザンが与えられている船室の端で、ベッドに腰を下ろしたまま膝の上にスケッチブックを広げている。
 先ほど見た甲板を描いているらしく、さらさらと白い紙の上に描かれていく甲板はまるでそれが目の前にあるかのようだった。

「そのままマリンフォードに住んでよ。おれが休みの時は会いに行くし、何なら他の島にも連れてくし」

「それもいいな。他の島にも行ってみたかったんだけど、危険なところが多いって言うから」

 クザンの言葉に笑って頷くナマエに、よし、とクザンは一人でこっそりと頷く。
 この分なら、適当に報告を捏造し、クザンがナマエの住処を整えてしまえば、きっとナマエはそのままマリンフォードに住むだろう。
 そうすれば、ナマエは恐らく誰かに連れていかれない限りはずっと、マリンフォードにいるに違いない。
 今から楽しみだと笑ったクザンに、ナマエがスケッチブックから視線を向けた。

「それにしても、クザンだけそんなに大きくなったのか? それともサカズキたちもか」

「どっちもナマエよりはでかいんじゃない。むしろおれとしては、ナマエが縮んだような気がするんだけど」

「俺は変わらないって。見てみたいな、楽しみだ」

 柔らかく呟いて笑うナマエに、すぐ会わせてあげるよとクザンが応えたところで、扉が軽く叩かれた。
 外から寄越された『通信』の報告に、クザンは顔をしかめる。
 どうしたんだとナマエが不思議そうな声を出したので、仕事だってと答えつつベッドの傍から立ち上がった。
 どうやら誰かが報告したらしい。本部へ着いたらすぐに雷を落とされることになるようだ。
 しかし、電話越しでとてつもなく怒られるとしても、まさか今更船から民間人を放り出せとはセンゴクも言わないだろう。
 もうすでにマリンフォードは目と鼻の先、他の船を寄越すからそれへ移せとも言われない筈だ。

「ちょっと行ってくるから、大人しくしててね」

「そんな、子供に言うみたいに言って」

 変な感じだ、なんて言って笑うナマエを残して、クザンは船室を後にした。







 マリンフォードで、ナマエが画家として活動するようになったのは、彼がそこに住むようになって数か月してからのことだった。
 どうしてかしばらくサカズキのところにいることを選択したナマエには少し不満もあったものの、今の彼の住まいはクザンやボルサリーノ、そしてサカズキの住まいからも程よい距離にある小さな家だ。
 時たま訪れるクザンやボルサリーノ、サカズキたちを迎えるナマエは楽し気で、連れて帰ることが出来て良かったとクザンも思っている。
 その手がコーヒーカップを掴まえて、先程目の前の海兵の部下が運んできた酷い味のコーヒーを軽く舐めた。

「この間、シャボンディにつれてったらねェ〜、しばらくぼーっとシャボン見上げて動かなくなっちまってねェ〜」

 クザンから離れた場所に座るボルサリーノが、そんな風に言って楽しげに軽く指を揺らす。
 先日の休みに連れ回したらしい相手に、おれも連れてこうと思ったのに、とクザンが呟くと、早い者勝ちだよォと次期海軍大将が笑った。
 それから、クザンと同じように不味いコーヒーをカップの中で揺らして、言葉を続ける。

「……あのシャボンはどこに行くんだって言うから、消えちまうって教えたら残念そうな顔してたよォ〜」

「何それ、上まで連れてってやりゃ良かったのに」

 おれだったら連れてったのに、と頬杖をついて呟くクザンに、ちらりとボルサリーノが微笑みを向ける。

「わっしもそう思ったんだけどォ」

「ナマエに危のうことをさせたら許さんけェの、覚えちょれよクザン」

「サカズキが怒るからねェ〜」

 やれやれと言いたげに首を横に振る相手に、なるほどね、と声を漏らしたクザンの目が向かいを見やった。
 部屋の主である次期海軍大将は、ぐっと眉間に皺を寄せている。どうやらカップの中身を飲み干したらしく、手元のコーヒーカップはすっかり空だった。

「おかわりいる?」

「いらん」

 優しげに言いつつ自分の飲みかけを差し出したクザンをぎろりと睨んで、サカズキが低く唸る。
 どこからどう見ても不機嫌そうに見えるが、今日の『この場』を設けたのはクザンの目の前の彼だ。
 一週間から二週間に一度、三人で集まってたわいもない雑談を交わすようになったのは、ナマエがサカズキの家を仮の住まいと定めた頃のことだった。
 一番最初にそれを言い出したのはボルサリーノで、それから誘うのもクザンかボルサリーノのどちらかだったが、ナマエがサカズキの家を出てからは、サカズキの方からも誘ってくるようになった。
 四六時中見張っていられるわけも無いのだから、お互いに情報を共有していて悪い筈もない。

「クザンはこないだナマエの家に行ったって言ってなかったかァい?」

「行った行った。ああ、そういや、今週末はカレーだからおいでってさ」

 今描いてるのがちょうど終わるんだと、と告げたクザンに、それは楽しみだねェとボルサリーノが頷く。
 その目がちらりとサカズキを見やり、それで、と光人間が言葉を紡いだ。

「サカズキィ、わっしらに何か言いたいことがあって呼んだんじゃあないのかァい?」

「…………」

 楽しげに尋ねて促す同期を前に、サカズキが口をつぐむ。
 あーあ、訊いちゃった、と頬杖をついてそれを眺めて、クザンは軽くカップの中身を揺らした。 わざわざクザンとボルサリーノを呼びつけたのだから、サカズキの『言いたいこと』はナマエに関することに間違いないだろう。
 何の話か予想していても、クザンがそれを問わなかったのは、せっかく連れて帰ったナマエをかすめ取って行ったサカズキに対する意趣返しだ。ボルサリーノがそれを訊ねるのは、さっさと聞き出してからかいたいが為の事だろう。
 やれやれと肩を竦めて、クザンの口が仕方なくカップに触れたところで、三人揃って座っていた部屋の扉がノックの一つも無く開かれる。

「おー、今日はここか!」

 ずかずかと入ってきた海兵に、ガープさん、とクザンが思わずその名前を呼んだ。
 にかりと笑った誰かさんは、そのまま三人の方へと近寄ってきて、一人分開いていたサカズキの隣にどかりと座る。
 何とも図々しいが、それがこの人だと言うことは分かっていたので、ちらりと視線を向けたもののクザンも他の二人もそれを止めたりはしなかった。

「よし、せんべいを分けてやろう」

 ほれ、とひょいひょいと三人へ配られたそのうちの一枚をつまんで、クザンはちらりとカップを見下ろす。
 コーヒーと煎餅とは何とも異質な組み合わせだと判断して、その手がカップをローテーブルへ戻した。

「どうしたんですかガープさん、急に」

「いつもならァ、センゴクさんのとこにちょっかい出しに行ってる時間ですよねェ〜?」

 問いかけたクザンの横で、ボルサリーノが不思議そうに首をかしげている。
 その手がクザンと同じように煎餅をつまみ、妙に堅いそれをぱきりと二つに折った。

「センゴクの奴、わしを追い出しよったんじゃ。茶ァ飲みたいんならナマエ会にでも混ざってこいって蹴飛しよった、酷いと思わんか?」

 眉をよせ被害者のような言葉を口にしているが、そうされるくらい邪魔だったんでしょうね、とクザンは口には出さずに考えた。
 それから、はた、と気付いてガープへ視線を注ぐ。
 同じ疑問を抱いたのか、サカズキやボルサリーノも同じように、この場に突如として現れた海兵へその目を向けていた。

「どうした?」

 ばりんと煎餅に噛みついて、不思議そうな声を出す相手へ、あの、とその場の三人の心を代表してクザンが問いかける。

「『ナマエ会』って何ですか」

「ん?」

 ばりばりと硬い煎餅を噛みつつ、ガープが首を傾げる。
 何でそんなことを聞かれているのだろうかと言いたげな顔のままで、やがて口の中身が空になったらしい彼がクザンへ返事を寄越した。

「お前ら、前からよく集まってナマエとかいう画家の話ばっかりしとるじゃろ? おつるちゃんとセンゴク達がそう呼んどったが、違うのか?」

「…………」

「…………」

「…………」

 しばしの沈黙のあと、唐突に部屋の中で小噴火が起きたうえ目がくらむほどの閃光が放たれ部屋の隅が氷づいてしまったのは、もはや仕方の無いことだった。
 どうやら、三人の海兵がたった一人の画家に懐いているという事実は、すでに周知のものであったらしい。



end

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