第一発見者(1/2)
※赤黄青大将幼少期逆トリップネタから子クザン→若(未来の)赤黄青大将
「すごいなァ、クザン」
紡がれた言葉に、クザンはその目を湖畔に向けた。
凍らせた湖の端に佇んだクザンが、湖の半分ほどを凍らせているのを見やって、イーゼルを立てたナマエが楽しそうな顔をしている。
その体は春先だと言うのにしっかりと着ぶくれしていて、同じようにクザンの体も着込まされた衣類で丸くなっていた。
裾や袖が少し余っているのは、それがナマエのくれたお下がりだからだ。
綺麗だ、なんて言って笑うナマエに嬉しくなって、クザンの片手が大きく振り抜かれる。
それと合わせて放たれた悪魔の実の力が、湖と風まで凍らせてクザンの背丈ほどの柱を立てた。
更にその両側へ冷気を集めれば、まるで鳥の羽のように薄い氷が左右へ張り出す。
「こんなのもできる」
うまくいったそれににんまり笑ったクザンが振り向くと、すごいすごい、とナマエがもう一度楽しげな声を漏らす。
悪魔の実と呼ばれる果実を口にして、その体に悪魔を宿した子供を化物とも呼ばず、ただすごいと喜んでくれるのは、クザンが今まで生きて来た短い人生の中で知っている限りはナマエだけだ。
嬉しくて恥ずかしくて楽しくて、顔を赤らめたクザンが氷の上を通り過ぎ、そのままナマエへと近寄ってその目の前のキャンバスを覗き込む。
ナマエが操る木炭が作り出した光景は、今まさにクザンが凍らせた湖の様子だった。
クザンが先ほど作り上げた氷柱を描き足していくナマエに、ナマエもじょーずだな、とクザンは呟いた。
「まァ、これで食ってるからなァ」
クザンの言葉に軽く笑って、ナマエの手がさらさらとそこに絵を描きつける。
出来上がったそれはまた家へ持って帰って、今度は色んな色を塗りたくるのだろう。
クザンがナマエの下へやってきてからの数日、ナマエはそうやって二枚ほど絵を描いていて、どれもこれも温かみのある美しいものだった。
真剣に絵を描いている時のナマエの横でごろごろとしてみたり、ナマエに与えられたスケッチブックにクレヨンを押し付けてあれこれと描いてみたり、少し出かけてナマエのために花をつんで来たりしながら、頃合いを見て『はらがへった』や『ねむい』と主張するのが、その間のクザンの日課だ。
わがままなどあまり言いたくはないが、放っておけばナマエは飲まず食わずで絵を完成へ近付けようとするのだから仕方ない。
人間食べなければ死ぬと言うのに、そう言う時のナマエは大体自分のことを気にしない。けれどもクザンに訴えられたら少しかかってもちゃんと筆をおいて、クザンの求めに答えてくれる。
「……よし、と。あとは家でだな」
荒くも緻密にも見える絵をキャンバスの上に描いた後で、少し体を離して全体を確認したナマエは、そう呟きながら手に持っていた道具を片付けた。
その言葉にぱっと顔を輝かせて、クザンの手がナマエの傍らにあった鞄を抱えて持ち上げる。
それに気付いて視線を向けて、ナマエがその顔に笑顔を浮かべた。
「昼飯にするか」
「する!」
優しげに言葉を放つ相手にうんうんと頷いて、クザンの手が鞄を開く。
中から出て来た小さいレジャーシートを敷き、その上に座り込んで、更に取り出したのは保冷出来る瓶や容器だった。
最初は普通の弁当箱と水筒だったのだが、クザンが『湖で遊ぶ』と言ったらナマエは中身をそれらに入れ替えたのだ。
意気揚々と容器を並べたクザンを見やって、ナマエもクザンの方を向く。
その手がクザンの手放した鞄を漁り、取り出した使い捨てのおしぼりで自分の手を拭いた。
「うわ、つめたい」
呟きつつ、もう一つを差し出されたので、クザンも大人しくそれを受け取る。
凍ってはいないものの、しっかりクザンの放つ冷気を受け止めていたらしいおしぼりはひんやりと冷え切っていて、更には、濡れた指先を吹き抜ける空気が攻撃した。
「……つべたい」
眉を寄せて訴えるクザンに、こりゃもう仕方ない、とナマエが頷く。
それからその大きな手がクザンの両手を掴まえて、ごしごしと軽く擦った。
「家に帰ったら風呂入るか、あったまらないと風邪引くな」
「おれ、ゆぶねやだ」
「ちゃんと支えてやるから、そう言うなよ」
悪魔の実の能力者に酷いことを言う相手をクザンが睨むが、はははと笑うナマエには堪えた様子もない。
むう、と頬を膨らませたものの、どうせ抱え上げられてしまえば抵抗など出来ないことを知っているクザンは、仕方なく一つ溜息を零した。
『悪い奴』に捕まったなら相手を氷漬けにして逃げるだけのことだが、ナマエはクザンの為を思ってしているだけなのだから、そんな酷いことが出来るわけもないのだ。
その代わりに、大きな手に挟まれた小さな両手の片方を間から引っこ抜いて、自分の手を擦るナマエの片手の甲へと触れる。
「そのえがおわったら、おれのもかんせいさせるってやくそくするんなら、ちゃんとはいる」
ごしごし、と小さな手でナマエがやるようにその手を擦りつつそう言うと、うん? とナマエが軽く首を傾げた。
それからすぐに、ああ、と言葉を吐き出して、その口から白い息が零れていく。
「最初にそう約束してただろ、もちろんだ」
そんな風に言うナマエの顔に、嘘は一つも見当たらなかった。
つい一昨日、描き終えた絵を乾かしている時間の合間に、ナマエが新たな絵をキャンバスにおこしていたのだ。
覗き込んだそれは遊んでいるクザンの絵で、楽しげなそれは三日前、今日のように湖で遊んでいるのを描いたものだった。
あの時のナマエはスケッチブックを片手に持っていて、ほとんどが湖畔の絵であったはずだが、その中にはどうやらクザンのスケッチも紛れ込んでいたらしい。
驚いて目を丸くしたクザンに、今週で仕上げないと間に合わない仕事があるから、と言い置いた上で、ナマエは今述べたのと同じ約束をクザンにくれた。
ちゃんと覚えていたらしい相手に頷いたところで、クザンの腹がくう、と控えめに自己主張を始める。
「…………」
「よし、食べるか」
何となく恥ずかしくなって両手を下ろしたクザンの前で変わらず笑ったまま、ナマエの手がぱかりと容器を開く。
まだ温かだったそれらも水筒の中の熱めのお茶も、簡単なものなのにどれもとても美味しかった。
※
そんな、昔のことを何となく思い出すのは、今目の前に座っている彼がいるからだろう。
額にアイマスクを押し上げたまま、クザンはじっとその背中を眺めていた。
小さな頃、ほんの二週間ほど一緒に過ごしただけの相手にそっくりな男が、すぐ目の前にいる。
最初は全く気付かなかったのだ。
ただ、訪れた島の店のあちこちに綺麗な絵が飾られていて、綴られた読み取りづらいサインに、それらがどれも同じ画家の物であることを知った。
それと共に、崩れたサインの形に何故か見覚えがあると感じて、興味を持って店主へ画家の名前を確認したのだ。
そうして寄越された『ナマエ』という単語にも聞き覚えがある気がして、何度か口にしたところで記憶が甦ったのが、つい一時間ほど前のこと。
まさか、そんな馬鹿なと思いながらそれでもクザンが向かった先で、『ナマエ』という名前の画家は海を眺めながらイーゼルを立てていた。
その手がキャンバスに絵を描いている様子にも既見感があり、しかしどう見てもクザンと同じだけの年月を重ねたとは思えないその様子に、やはり人違いか、とわずかな落胆を感じる。
クザンが出会った画家の彼は、グランドラインのどこかにいるはずの、世間知らずの男だった。
今になって思えば、彼の暮らす島自体が少々特殊だったのだろう。
どれだけ探しても見つけられなかったその島に、すべてが小さな頃の妄想だったのではないかと思い始めたところで出会った『先輩』二人が、クザンと同じ記憶を持っていた。
クザンへ親しげに話しかけてきたボルサリーノは、後日『ナマエ』の話が出た時に、ナマエの描いた『クザン』を見たと言った。
サカズキも、『クザン』と『ボルサリーノ』の絵を見たと言っていた。
サカズキに至ってはクザンやボルサリーノの名前まで聞いていたと言うことで、出会う前からクザンの名前を知ることのできる『妄想』などありえるはずもないのだから、つまりクザンの記憶は現実のものだったのだ。
そこまで考えて、ああそうか、と思いつき、クザンは彼へ向けて足を動かした。
ひょっとすると、『ナマエ』はナマエの弟子か何かなのかもしれない。同じ名前を使っているし、描く動作も似ている。あのサインも、そうだナマエの絵の端に入っているのと同じものだった。
だとすれば、ナマエがどこにいるのかを知っているかもしれない。
そんなことを考えて、クザンは画家の背中へ話しかけた。
「あー……ちょいと、お伺いしたいんだけど」
「はい?」
放たれた言葉に手を止めて、くるりと画家が振り返る。
薄れた記憶の中にあるナマエとその顔が重なって見えて、どれだけ自分の記憶は頼りないのだろうかとクザンは思った。
そのまま近寄れば、大柄なクザンを見上げた画家が、驚いたように目を瞬かせている。見たところこの島にはクザンほどの体格の人間は見当たらなかったので、まあ純粋にクザンの上背に驚いているのだろう。
それに気付いてクザンが屈むと、画家はぱちりともう一度瞬きをして、それから首を傾げた。
「俺に何か用ですか?」
不思議そうな問いかけを受け止めて、クザンが応える。
「『ナマエ』って知らない?」
「……俺ですが?」
「そうじゃなくて。ああ、アンタも『ナマエ』だとは思うけど、おれが聞きたいのはもう一人の方」
「もう一人……」
寄越された言葉に、画家は首を傾げる。
すみませんが存じません、とそのまま寄越された言葉に、そうなの? とクザンも同じ方向へ首を傾げた。
「あんなにそっくりに描くから、絶対知り合いだと思ったんだけど」
「この島に他に絵描きの方はいないと聞いたのですが、他の島の方ですか?」
「いや、そうじゃなくて。あー、なんて言えばいいんだろうなァ」
とても不思議そうな相手を前に、ひょっとして自分の勘違いなのだろうか、とクザンは困惑した。
これだけクザンに既視感を覚えさせておいて、無関係だなどとは思えないのに、ひょっとするとそれすら錯覚なのか。
せめてもう一人同じ境遇だったどちらかがいればお互いに確認をしあうことも出来るが、今日の部隊は少数で、もちろんクザンの『同胞』は同行していない。
うーん、と声を漏らすクザンの前で、少し考え込んでから、あの、と画家が口を動かした。
「俺からも少しお伺いしたいんですが」
「うん? ああ、何?」
「『クザン』って子が、例えば親戚とかにいませんか?」
そうして紡がれた相手からの自分の名前に、クザンがぱち、と目を瞬かせる。
屈んだままで相手を見上げるクザンに、すみませんぶしつけなことを聞いて、と画家はすぐに謝った。
いや、とそれを制して、クザンの口が返事を紡ぐ。
「それ、おれだけど」
「え?」
「おれが、『クザン』」
そう言うと、画家はとても不思議そうな顔をした。
その目がクザンの頭の先から足の先までを確認して、『クザン』? と無遠慮に彼の名前を呼び捨てにする。
その体がクザンの方へと向けられて、青い海や空はすでにその眼中にないようだった。
「その……もしかして、氷を作れたりとか?」
寄越された問いかけに、まさか、と思いながらもクザンが頷く。
その手が傍らに生えていた雑草を無造作にむしり、ぱっと放ったそれを軸に能力を放って、サーベル状の氷を作り出した。
鋭利な切っ先が光を弾くそれを見やり、画家の目が大きく見開かれて、それから嬉しそうにその顔へ笑みを浮かべる。
「すごいなァ、相変わらず」
そうして放たれたその言葉に、クザンもようやく、目の前の画家が『ナマエ』なのだと理解した。
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