救出はヒーローの仕事
※このネタから主人公救出あたり
人生詰んだな、と思った。
急にレイリーと会えなくなって、もしかして前に読んだ漫画の通りギャンブルで何かやらかしたんじゃないか、なんて考えてしまったのが不味かったのだ。
レイリーは強いからどうと言うことなく帰ってくるだろうけど、シャクヤクさんなら行方を知っていたりもするだろうから、相談して安心したくなった俺は、ぼったくりバーに向かった道中で見事人攫い屋に攫われた。
そりゃあまだ若い方だとは思うけど何か変わった取り柄があるわけでもなく、そして見た目も別に変わったところが無いだろう俺を攫ってもたいした金にはならないだろうに、人攫い達は気にせず俺をショップへ売り渡し、そしてショップのオーナーは俺をオークションに出すと決めたようだった。
一応は抵抗したが、鍛えてもいない現代日本人が敵うわけもなく、現在、俺の首には噂のあの首輪がはまっている。
このままだと、おかしな金持ちか天竜人にでも買われてこき使われて殺されて終了だ。
この世界は俺の知っているワンピースの世界ではあるけど、ルフィがオークション会場に乱入してくるのはもう終わってしまっている。
つまり、助かる見込みがまったく無い。
ワンピースの世界に来て、生まれて初めて後悔した。
はあ、とため息を吐いてから、座り込んだままのそこできょろりと周囲を確認する。
恐ろしい首輪をつけられた奴隷予定の何人かが、この世の終わりのような顔をして座っていた。
俺も同じような顔をしているんだろう。
漫画で読んだのより少し暗い檻はさびたにおいがしていて、ただぼんやりと目の前の鉄格子を眺める。
オークションが始まったのか、少し離れたところで槌の音と人の声がし始めた。
やってきた男が、鉄格子の前に立って番号を呼んで、嫌がる一人目を引き摺って連れて行ってしまう。
俺は七番目だから、それほど時間も掛からないだろう。
「ナマエ」
そんなことを考えながら目を閉じてぼんやりしていたら、ふいに誰かに名前を呼ばれた気がした。
気のせいだろう、と考えて顔を上げないでいると、またしても声がなげられる。
「そんなところでは夢見も悪いだろう、ナマエ。起きなさい」
優しくも聞こえるその声には、聞き覚えがある。
少し考えて目を開けて、俺は声のしたほうを見やった。
先ほど一人目が引き摺られていった鉄格子の向こう側に立っている人物が、こちらを見て少し怖い顔をしている。
「……レイリー、さん?」
どう見ても、そこに立っている人物はレイリーだった。
どうしてレイリーがここにいるんだろう。
だって、ここはヒューマンオークションの会場だ。
捕まっているわけでもないレイリーが、わざわざここに来るとも思えない。
戸惑った顔をしただろう俺へ向かって、レイリーが軽く手招きをする。
立ち上がって近付こうとした俺は、ずきりと足が痛んで顔を顰め、立ち上がることを諦めた。
逃げようとしたから思い切り棍棒で殴られた足首は腫れている。折れてはいないと思うが、骨にひびくらいは入っているかもしれない。
とりあえず膝で立って、両手を拘束されているからじりじりと時間をかけて、鉄格子の向こう側にいるレイリーへ近付いた。
俺より背の高いレイリーが、膝で立ったまま見上げた俺を見下ろして、少しばかり眉を寄せる。
「足を痛めたのかね」
「逃げようとしたのが不味かったらしくて」
尋ねられた言葉にそう応えると、そうか、とレイリーは軽く頷いた。
その手が俺との間にある鉄格子に触れて、なにやらばきりと物音がする。
驚いて目を見開いた先で、カランと音を立てて鉄格子の一本がレイリーの後ろに放られた。
今、素手でこの太い格子を折らなかったか、この人。
「あの……レイリーさん?」
そこそこ怖い顔をしているレイリーを見上げて恐る恐る名前を呼んだら、レイリーの両手がぎしりと音を立てて格子を掴んで、人が通れる大きさにまでへし曲げた。
ぽかんと見上げていた俺の前で屈んだレイリーが、取り出した鍵束をじゃらりと鳴らし、それで俺の首輪と両手の錠を外す。
「あ……」
「さァて、行くか、ナマエ。そこの連中も、逃げたければ使うといい」
言葉を放ちつつ鍵束を牢の中へと放り投げて、それからレイリーが俺をひょいと抱え上げた。
「うわ、ちょ、レイリーさん!?」
「これはまた、酷くやられたな」
肩口に俺のことを抱え上げたレイリーは、驚いてばたついた俺の足を見たのか、そんな風に言葉を零した。
どうやら軽く触られたらしく、ものすごい痛みが走って、思わずぎゅうっとレイリーの服を掴んでどうにか耐える。
「痛むか」
「……っ この状態で、痛くない方が、不自然だと思いますけどねっ!」
何を考えて人の怪我に触っているんだこの人は。
ずきずき痛む足に涙目になった俺の体が少しずらされて、レイリーがちらりとこちらを見たのを見返す。
その顔は、まだ厳しいままだった。
結局俺の体を抱え上げたままで歩き出したレイリーに連れられて、俺もその場から移動する。
俺達が離れていくのをあっけに取られた顔で見送っていた他の『商品』達が、慌てて鍵束に駆け寄るのが少しだけ見えた。
首輪と枷を外せたら、逃げ出すのだってどうにかなるだろう。
けれども、外に出ようとしたら用心棒や海兵に止められるだろうか。
そんな俺の心配は、レイリーが足を運んだ先にあった『会場』であっさりと否定された。
何せ、場内のほぼ全員が泡を吹いて卒倒しているのだ。
漫画で見たことがあるような光景に、俺はすぐにこれがレイリーの仕業だと分かった。
覇王色の覇気、とか言う奴だ。
実際に見たことはないし体験したこともないが、それで多分間違いない。
「ナマエを探すのに邪魔だったからな」
きょろきょろしている俺に気付いたのか、舞台からひょいと降りて外に出るために足を動かしているレイリーが、そんな風に言い放った。
この分だと、外にいたりする用心棒や海兵達も、あっさり倒されていそうだ。
それなら、今頃牢から逃げ出し始めているほかの人達も、ちゃんと逃げ出すことが出来るだろう。
そう考えて、良かった、と俺が呟いたところで、何が良かったんだ、と聞きとがめたらしいレイリーが低く唸った。
「人攫い屋に攫われて、こんなところに連れてこられて、更にはこんな怪我までして。無法地帯の辺りには近付いてはいけないと、あれほど言ったというのに」
「あ、いや、はい」
「シャッキーに会いに行くなら私を伴いなさいと、何度言えば分かるのかね」
「本当に仰るとおりです、はい」
しまった、どうやらレイリーは説教モードらしい。
お怒りのレイリーの肩の上で、とりあえず頷いて返事を返す。
ここで反論したりなんかしたら、更に説教をされるに決まっている。それが分かるくらいには、俺はレイリーと一緒に過ごしているのだ。
誰に聞いたのかは分からないが、俺が攫われたと知って、すぐに助けに来てくれたんだろう。
怒っているのだって心配してくれたからだと分かるから、レイリーが前を向いているのを良い事に、俺は少しばかり口元を緩めた。
ワンピースの世界に来て、意味不明だったろうに俺の話を聞いて多分信じてくれたレイリーは、事あるごとに戦う術もしらない俺のことを心配してくれている。
いつかはこの島を出てもっと平和な場所へ行きたいと思ってはいるけど、なかなか踏ん切りがつかないのは、何よりレイリーの近くにいるのが心地いいからだ。
まず無いだろうけど、もしもレイリーに『行くな』と言われたら、俺は確実に島を出ることを諦めると思う。
「聞いているのかね、ナマエ」
「聞いてますよ、レイリーさん。助けてくれてありがとう、さすがレイリーさんかっこいい」
「……全く心が篭っているように聞こえないんだが」
「そんなことないのに」
心からの賞賛を贈ったのに、何故かレイリーは不満そうだ。
他にうまい言い回しを使わないといけないのかと、移動するレイリーの肩の上で、俺はううんと少しばかり唸った。
「レイリーさん素敵。俺が女の子だったら絶対惚れちゃう。ファンクラブ作っちゃう。シルバーズレイリーファンクラブの名誉会長は譲れないー」
「なるほど、それは残念だ」
「…………ん?」
「さて、馬鹿なことを言っていないで、シャッキーへの言い訳を考えておきなさい。ナマエが怪我をしていると知ったら、彼女も怒るぞ」
思いつく限り言葉を並べた俺へそんな風に言って、会場から外へ出ながら、レイリーが俺の体を抱え直した。
あちこちに倒れている人を見やりつつ、分かった、と俺は素直に頷く。
シャクヤクさんは美人だから、心配してくれるのは嬉しいけど、怒られるのはかなり怖い。一度とても怒られたことがあるけど、情けなくも泣きそうになったからな。
「まあ、シャッキーが何かする前に、私が仕返しはしておくがね」
在りし日のシャクヤクさんを思い出して少し遠い目をした俺の横で、レイリーがそんな少し意味の分からないことを呟いた。
何の話? と聞いてみても、小さく笑い声を零すだけでレイリーは答えてくれない。
よく分からないが、まだ少し怒っているような気配がするので、もう少し機嫌がよくなるまで追求するのはやめておこうと決めて、俺はレイリーの肩の上で少し楽な体勢を取れるよう身じろいだ。
先ほどまで俺がいた小さなヒューマンショップが、レイリーの歩みにあわせてだんだん遠くなっていく。
人生詰んだと思ったけど、レイリーがいてくれるかぎり、まだまだ大丈夫そうだ。
end
戻る | 小説ページTOPへ