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恋のディザイア(1/4)
※『恋のイルネス』からの続き
※主人公は有知識トリップな白ひげクルー
※少年→青年なフカボシ王子
※名無しオリキャラそこそこありにつき注意
※シリアスではない



 海の底には、人魚と魚人の暮らす島がある。
 まるで伝説のようなそれは、空想上のものではなく現実で、俺達のモビーディック号は一年としばらくぶりにその島を訪れることになった。
 オヤジの旗を借りているからか、相変わらず港では海賊船があっさりと受け入れられている。

「……しかし、間に合って良かったなァ」

 しみじみ呟き、甲板の高いところから島を見やって、俺は自分の左腕を右手で撫でた。
 指に触れた自分の皮膚に走るいびつな傷跡は、先日の海戦で相手の船の魚人に噛みつかれてできた傷だ。
 見た目からしてアオザメか、そうでなくても近い種類の鮫の魚人だったんだろうそいつの牙はそれはもう容赦なく俺の腕に食い込んで、噛みちぎられるかと思った。
 しかし、どうやら少なくとも俺の骨は『この世界』に生まれてからとんでもなく丈夫になっていたらしく、幸いなことに片腕を失うことは無かった。なるほど岩に頭をぶつけても頭が割れないわけだ、と変な感心をしたのは手当てを受けながらのことである。
 腕に包帯が巻かれてしばらく後、次の進路が魚人島に向かっていると知ってから少しばかり慌てていたのだが、何とか腕の傷は治った。男の勲章ともいうべき傷跡は残っているが、もう触ってもつねっても傷は痛まない。
 どうしてか俺に懐いてくれている王子様と顔を合わせても、もう痛くねえんだから大丈夫だ、と笑って言ってやれるのは間違いない。
 そんなことを少し考えて、それから脳裏に過った人魚王子の顔に、俺は少しばかり息を零した。
 一年としばらくも会っていないが、どのくらい大きくなっただろうか。
 髪はまた伸びたかもしれない。年々色味を濃くしていた尾はどんな色に変わっただろう。日の当たらないせいか生まれ持ったものか、白い肌はまだ白いままだろうか。
 考えているうちに、脳内でいたいけな人魚王子が誘うようにその唇を開き、いつもは俺より高い位置にある顔がどうしてか低い位置から上目遣いでこちらを見上げて、白くて滑らかな指が俺の体に触れ、その身があざといほど艶めかしく身じろいだ。

『ナマエ……』

「…………っだー!」

 妄想しかないその状況に思い切り頭を身近にあった壁にぶつけると、がん、と派手な音が鳴った。
 その割に痛くないのでもう一発、と首を後ろに傾がせたところで、俺の頭が後ろからがしりと掴まれる。

「だーかーら、その『発作』はどうにかしろって言ってんだろ!」

 ぎりぎりと俺の頭を掴んだ手に力を込めながら、そんな風に唸った『家族』が俺の頭を後ろに引っ張った。
 いたい、と悲鳴をあげつつ身を捩って、どうにかその手から抜け出す。

「頭が潰れるかと思った……なんてことするんだ」

「うるせェ馬鹿たれ、さっさと船を降りろ」

 お迎えが来てんだよ、と言葉を投げられて、俺は慌てて背中を伸ばし、モビーディック号の上からもう一度島を見下ろす。
 先ほどまではそこにいなかったのに、いつの間にやら港の一か所に見覚えのある人魚がいる。少し離れたところに居る見張りも含めて、よく知っている顔だ。
 シャボンを身にまとって浮いた相手が、俺に気付いたのか会釈をしたので、俺も慌てて手を振った。

「行ってくる!」

 すぐに身づくろいをして、おう、と答える家族を置いてその場から駆けだし、タラップを降りた。
 ゆるゆると移動してきたらしい相手が近づいてくるのに合わせて、俺もそちらへと近寄る。

「悪いな、待たせた」

「いえ、私も今、お迎えに伺ったところで……」

 俺の言葉に微笑んで、そんな風に言い放つ相手は、この島の王子様だ。
 比喩でも何でもなく、オヤジの友人である王様の息子なのだから、間違いなく人魚王子である。

「そうか、あんまり待ってねェならいいんだ。元気そうだな、そっちも」

 すくすくと育っているフカボシ王子の前でそう言いつつ、俺は相手より少し後方に立っている護衛の方にも軽く手を振った。
 会釈の一つもしてくれない不愛想さも相変わらずだ。
 魚人島を訪れると、こうしてこの王子様が会いに来てくれるようになって、もうどれだけ経つだろう。
 いつだってフカボシ王子は好意的で、小さな頃から今日まで、相変わらず慕ってくれている。
 その信頼にはいつだって応えたいと思っているのに、ちらりと過る俺の煩悩ときたら、どれだけ自分のことを恥知らずの変態だと罵っても足りはしない。
 この人魚王子を自分のものにしたいだなんて、フカボシ王子が小さな頃からのひっそりとした欲望を抱えたままで生きているのだから筋金入りだ。
 今日こそは馬鹿なことを考えたりしないようにせねばと、少しばかりの気合いを入れて息を零した俺は、そこでふと、正面に浮かぶフカボシ王子が何やら固まっていることに気が付いた。

「ん?」

 どうしたんだと見上げれば、こちらを見下ろすフカボシ王子が、切れ長の目を見開いて一点を凝視している。
 戸惑いつつその視線を追いかけた俺は、その目が自分の左手に向かっていることに気付いて、あ、と声を漏らした。
 包帯が取れたからと晒して歩いている片腕には、しっかりと治ったばかりの傷跡が刻まれている。

「見た目は派手だけど、もう治ってるから、そんなに驚かないでくれよ」

 やっぱり王子様には刺激が強かったのか、と考えて笑いながら、左手を軽く振った。
 ついでにその目に晒すように掌を握って開き、動きに問題ないことも証明する。
 俺のそんな動きを見ていたフカボシ王子が、ふるり、とどうしてかその身を震わせた。
 こちらを見つめていた目がゆるりと眇められ、眉間に皺が寄って、放たれた気配が明らかな怒気だったことに目を瞬かせる。

「フカボシ王子?」

「……申し訳、ありませんが……失礼します」

 どうしたんだ、と尋ねながら伸ばした手を身を引くことで避けられて、思わず動きを止めてしまった俺なんかに一つ頭を下げたフカボシ王子は、くるりとその身を翻した。
 思いもしなかった反応に動けないでいる俺をよそに、広くなった背中が遠ざかり、伴に声を掛けてそのまま離れていく。
 護衛の魚人も少し戸惑った顔をして、それから怪訝そうにこちらを見やったが、何も言わずに王子のあとをついて行った。

「…………え?」

 どうして突然去られたのか、まるで意味が分からない。
 けれども、触れようとしたところで身を引かれたのは、間違いない拒絶だったという事は分かった。
 追いかけて理由を聞きたいのに、足がすくんで動かない。

「………………何してんだ? ナマエ」

 後ろから『家族』にそんな風に声を掛けられるまで、俺は馬鹿みたいにそこで突っ立っていた。







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