幸福的日常 (1/4)
※性別勘違い主でバレ後
※わんこ注意
※ちょこっと名無しオリキャラ注意
※海軍への捏造有
「わん!」
「……なんじゃァ?」
自宅に帰ってすぐ、鼓膜をはじくような高い鳴き声を寄越されて、サカズキは玄関の前で怪訝そうな顔をした。
それから視線を向ければ、玄関横から抜ける庭先で、サカズキに気付いて手を振っている家人がいる。
今日も今日とて趣味の可愛らしい服を着込んだナマエは、普段と変わらない。
しかしその足元には小さな生き物が存在していて、それがぴょんぴょんと飛び跳ね、そしてそれから何かに怯えるようにナマエの後ろへと隠れてしまった。
「どうしたんじゃ、ナマエ」
尋ねつつ玄関を開けるのを止めて庭へと足を踏み込んだサカズキに、ナマエと呼ばれた相手が自分の手元のスケッチブックを開く。
恐らく最初から書いてあったのだろう、大きめのそれが開いて見せたのは、今までサカズキが見たことのない文章だった。
『迷い犬が入ってきた』
なんとも端的な事情説明に、犬? と声を漏らした海軍大将赤犬が、軽く首を傾げる。
ゆるりとそれから視線をその足元へ戻すと、どうやらサカズキを窺っていたらしい小さな生き物が、びくりと震える。
「わう……」
小さく漏れた鳴き声は、なるほど確かに犬の物だ。
しかしながらその尻尾は足の間に回っていて、ちらりと見える耳も伏せられてしまっている。短い毛皮は薄汚れていて、飼い犬ではなさそうだ。
明らかに怯えを見せる小さな犬の、どこかで見たようなその眼差しと古傷に塗れた体に、サカズキは眉間の皺を深くした。
下を見たナマエが犬へ向けて何かを話しかけようとしているが、残念ながらその声は相手へは届かない。
サカズキのもとにいるナマエと言う名の彼は、どうしてかその声を失ってしまっているからだ。
やがて、耐えきれないように細い鳴き声を零した犬は、ばっとナマエの足元から縁の下へと駆けこんでいってしまった。
慌てたように屈み込んだナマエが縁の下を覗き込むが、当然相手は出てこない。
「……、」
困ったように眉を下げつつ、置かれてあった小さな皿を引き寄せたナマエがそれを揺らす。
皿の上には噛みちぎられた肉の塊が乗っていて、少し待っても迷い犬とやらからの反応がなかったからか、仕方なさそうに皿を置いたナマエが姿勢を戻した。
『怖がってるみたい』
スケッチブックを開き、相変わらずの不慣れな様子でいびつな文字が刻まれる。
そのようだとサカズキは一つ頷いて、それからナマエへ向けて言葉を投げた。
「こういう連中の保護をしちょる部署がある。そこで預かるか」
明日になるが、と続けたのは、今の時刻が夕方だからだ。
サカズキが呼びつければその部署の人間も出動するだろうが、わざわざ暗くなる時刻に家まで呼びつけて床下に潜り込ませては面倒だろう。
これが海賊相手なら話は別だが、保護対象は迷い犬である。
サカズキの提案に、ほっとしたようにナマエが頷いた。
そうしてそれから、明日? と記したスケッチブックをサカズキへ見せて、サカズキもゆるりと頷く。
数枚のページをめくり、今度は前に記した『よろしくお願いします』の文字をサカズキへ見せてから、ナマエは縁側に置いてあった箱を両手で持ち上げた。
片側の壁がはがされたそれの中には、何やら古着が入っている。
温かそうなそれを縁の下へと押し込み、一仕事を終えたらしいナマエは、それから慌ててスケッチブックをめくり直した。
『お帰りなさい』
そうして、ほぼ毎日見せられる文字をサカズキの方へと向けて、その顔に笑みが浮かんだ。
サカズキがただいまを言えば、更に嬉しそうな顔になる。
そのことにサカズキも気分をよくして、その足がそのまま縁側から家へと上がり込んだ。
脱いだ靴もそのままに、着替えるために私室へ向かうサカズキに気付いて、ナマエも家の中へと上がり込む。
差し出されたその手にコートを手渡し、着替えたサカズキが所用を済ませて戻れば、ナマエは既にいつもと同じく夕食を用意していた。
食卓の上の、初めの頃に比べれば格段に上達した料理を見下ろし、サカズキの眉がわずかに動く。
「……量がちィっと違いすぎよるのォ」
いつものサカズキの席に置かれた皿の上のものは普段と何も変わらないが、その向かいにあるナマエのための夕食は、明らかに一品少ない。
そしてそれが肉料理であることで、サカズキは先ほどナマエが迷い犬に与えていた食事を思い出した。
サカズキの家には当然ながら、動物が食べるための特殊な飼料はない。
他にもいくらか食事はあるが、人と同じ食べ物を食べさせても問題のないものなのかは、サカズキには判断がつきにくいところだ。
恐らくナマエも似たようなもので、これならいいだろう、と判断したのがどうやらあの肉の塊だったらしい。
少し考えて、サカズキの足が茶の用意をしているナマエのいる台所へと向かう。
「?」
現れたサカズキにナマエが少し不思議そうな顔をしたが、それには構わず適当な皿を手にしてサカズキが食卓へ戻ると、その後を追いかけたナマエもついてきた。
普段と変わらぬ位置に腰を下ろし、最初はまず手を合わせるのが通常だが、そうはせずに動いたサカズキの手が、自分の料理を持ち込んだ皿へと取り分ける。
そうしてそれをそのまま向かいへ置くと、驚いた顔をしたナマエが慌てて皿を押しやった。
「ええから食わんか」
それを改めて押し戻し、サカズキは向かいを見やった。
困った顔をしたナマエが、持ち込んできたスケッチブックを開き、何かを書こうとする。
「ナマエの分じゃろうが」
けれどもそれを遮るように言葉を押し出して、サカズキはさっさと食事を始めることにした。
ナマエは自分の分をあの犬に分け与えたつもりなのだろう。
だとすれば、そんなナマエの分はサカズキが分け与えるに決まっているのだ。
言わずともそのことに気付いたのか、やはり困ったように眉を下げたまま、それでも少しだけ嬉しそうな顔をしたナマエが、音も無く唇を動かす。
ありがとうと綴ったそれに、ふん、とサカズキは軽く鼻を鳴らした。
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