隠し味は愛 (1/2)
※主人公はこっそり転生主でクロコダイルの恋人
「何をしていやがる」
「あー……こんばんは?」
低い声で唸られて、俺はひとまずスプーン片手にそう声を掛けた。
眉間の皺を深くして、こちらを見やっているのはクロコダイル。王下七武海であり、俺の恋人殿だ。
数時間前に『おやすみ』を言い合って部屋に引き上げた筈の相手に首を傾げて、こんな時間にどうしたんだ、と俺は言葉を投げた。
「そいつはおれの台詞だ、ナマエ」
唸るように言葉を零して、相手がするりとキッチンへと侵入してくる。
壁に掛けられた時計を見やり、それもそうか、と一人で納得した。
今の時刻は深夜の手前。
大体俺とクロコダイルは就寝前の挨拶を交わして別れたのだから、俺が自室ではなくキッチンにいることもおかしいだろう。
「もしかしてうるさかったか?」
手早く済ませたつもりだったのだが、そのせいで少し動きが乱暴になってしまったか。
そんなことを考えて、ごめんな、と謝りながら片手のスプーンを目の前の皿の上へとおいた。
白く丁寧に磨かれた皿の上に乗っているのは、俺が先ほど作り終えた俺の夕食だ。
ここのところ、この時間が俺の食事の時間なのだ。
俺を忙しくしてくれているのは俺の恋人殿で、仕事を任されるというのはそれだけ俺が『あのクロコダイル』に信頼されているという事なのだから、文句はなかった。
それでも、しばらく前まではクロコダイルの食事の『毒見』という名目で一緒に軽い食事をとれていたのだが、実際に軽い毒を食らってからはお役御免にされてしまった。喉をやられて血反吐を吐く無様を晒してしまったから仕方ない。
恋人との食事という素敵な逢瀬を台無しにしてくれた犯人は、クロコダイルがどうにかしたらしい。
そして、そんな素晴らしい時間が無くなった今でも腹は減るので、自分の為に食事を用意したというわけだった。
「ここ最近、夜中にこそこそしていると思ったが」
低く唸り、威嚇するようなまなざしをクロコダイルがこちらへ向ける。
言葉の意味を考えて、ああ、と俺は声を漏らした。
「不安にさせちゃったか? ごめんな」
疑り深いクロコダイルのことだ。自分の恋人が自分を裏切る算段をつけているのではないか、と考えてしまったのかもしれない。
俺は男同士だとか相手があの『王下七武海』だとかそういうもろもろをひっくるめてこの恋人を愛しているが、ほんの数年の付き合いだ。まだ信用には足らないんだろう。
もしも俺がこの場所でそんな馬鹿みたいなことをしていたら、きっと今頃俺は砂にされていたに違いない。
安心させるように微笑みを向けると、更に数歩近付いてきたクロコダイルが、椅子に座った俺の目の前の皿を覗き込む。
「随分貧相な食事だな」
「一人分にそう豪華な飯は作らないだろ」
簡単に作ったピラフを罵られて、軽く笑う。
手放していたスプーンを捕まえて、俺は一口分を掬い上げた。
「味は悪くないと思ってるんだが、食べてみるか?」
豪華な料理には間違いなく劣るだろうが、まあ食べられなくはない。
言葉と共に相手の方へスプーンを差し出すと、クロコダイルの眉間の皺が深くなった。
不愉快そうなそれに冗談だよと笑い、スプーンを自分の方へと戻す。
そうしてそのままぱくりと頂きかけたのを、横から伸びた手によって止められた。
万物に渇きを与える掌が、ぐ、と掴んで俺の手を引っ張る。
「え?」
驚いて目を丸くしている間に、無理やり向きを変えられたスプーンの先に、先ほどと同じ仏頂面が咬みついた。
粗野なふるまいで俺からピラフを一口分奪い取り、咀嚼して飲み込んだクロコダイルが、ふん、と鼻で笑う。
「……まあ、味は悪くねェな」
どうやらお眼鏡に適ったらしい。
それは良かった、と笑った俺の手が逃がされたので、俺はまた一口分をスプーンで掬いあげた。
今度はそれを自分の口へ運ぼうとしたのだが、なんだかとても横から視線が突き刺さっている気がする。
少し考えて、目の前の皿へスプーンを戻した俺は、とても行儀が悪いがスプーンで一盛のピラフを半分に割った。
皿を少しだけ左に寄せて、自分の左側にある椅子を軽く引く。
「一緒に食べるか?」
隣を示しながら傍らを見上げると、クロコダイルがその目をわずかに眇めた。
しかしながら、俺の恋人殿はその場からは立ち去らなかった。
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